倉木一次その9
ウルグアイが強いことは大会が始まる前からわかっていたのだ。
彼らは南米予選でブラジルを撃破し予選敗退に追いこんでいる。
ウルグアイのシュートはPKを決めたガレアーノの1本のみ、対してブラジルチームの放ったシュートは22本。ボールポゼッションもブラジルが実に80パーセントを確保している。つまり圧倒的にブラジルのペースで試合は進められたのだ。
それでもウルグアイは耐えきった。耐えきって強豪ブラジルから白星を奪ってみせたのだ。
大会の数カ月前、ジャイアントキリングを成し遂げた連中にしてみれば、日本と戦うことになんのプレッシャーも感じられなかっただろう。
後半7分、疲れの見えた木之本が下がり金井が入る。
後半9分、日本の左サイドからの攻撃。
左足でサイドラインを踏んだ志賀が右斜め後ろの近衛にバックパス。
同時に前方へ走り始めた。もうサイドバックの動きが様になっている。
一つ前のポディションの俺はやや中央寄り、相手ボランチの前に漂う。
日本ボールの時間になった。貴重な休み時間だが奪われたらカウンターが怖すぎる。ウルグアイは前線に3人選手を残している。
有村が下がってボールを受ける。中央の俺に縦パスを送るか?
有村がルックアップし右前方に鮎川を見つけた。鮎川を見ながら、
(MF2人が鮎川へのパスコースを消しに動いた)。
ノールックパスで俺の足元にボールを。
志賀がゴール前に走りだしている。不在のFWの役割をサイドバックがこなそうというのだ。
俺はセンターバックの間に浮き球のラストパスを送る。
ウルグアイの2番が志賀のユニフォームをつかんでいる。妨害された志賀は間に合わない。
これを見て相手は油断したようだ。センターバック2人がボールを見送る。GKにキャッチさせようとしている。
俺の狙いは最初から志賀ではない。
俺のパスに反応するのは俺自身。1人スルーパスだ。
並んだセンターバックの間をすり抜ける。
4番のチャージは左腕で制し、6番はスピードでちぎる。
GKと1対1になる!
そう思った次の瞬間俺は倒されていた。
倒したのは左サイドバック。2人の味方が抜かれることを警戒し、死角からボールに行くスライディングタックルだった。こいつはかなりやる奴だ。
激痛に顔を歪める。足は……まだ動く。
立ち上がった。まだ走れる。志賀とともに全力で自陣に引き返す。相手の速攻は逢瀬が食い止めている。
怪我にならなかったことは幸運だ。
おそらく……次はない。相手はディフェンスラインの裏をとられることを警戒し、不必要にラインを上げなくなるはず。そして俺に対するマークがより一層高まる。自分たちがボールを支配していても、日本のエースによる逆襲を恐れるはずだ。
俺がやっているのは攻撃というより時間稼ぎ。少しでも相手の攻勢を弱めたい。DFやボランチの攻め上がりを少しでも躊躇させたい。
仮にここで俺がゴールを奪ったとしても(日本1-1ウルグアイ)、連中はたやすく勝ち越し点を奪える(日本1-2ウルグアイ)。後半戦もまだ始まったばかりだ。
後半13分、ウルグアイの攻撃。
俺のいるサイドにボールが走る。エースの体力を守備で消費させたいのだろう。当然の作戦だ。
ゴールラインの3メートル手前でウィングがロングクロスを上げてきた。
狙いはガレアーノ。だが近衛がのしかかるような体勢で先に跳び頭で先に触れる。
こぼれ球を押しこもうとウルグアイ選手が殺到する。佐伯が蹴ったボールが敵にぶつかる。シュートとブロックが繰り返される。ペナルティエリア内で混戦になった。
一度外に出したボールをウルグアイのボランチが入れなおす。ゴールエリアにゆるいクロス。しかし味方と敵が邪魔しマルコーニは飛びだせない。
10番がふりむきざまにボレーする気だ。決められる!
左足を高く上げ体の軸をひねる。近衛のブロックも間に合わな……。
逢瀬はためらわなかった。
頭から10番のキックにぶつかっていく。いや、そこにぶつかったのはボールだ。その後相手の足が肩にめりこむ。
ボールがゴールラインを割るのと同時に主審が笛を鳴らす。10番のプレーだ。密集地帯で足をふりあげたことが危険であると見做された。日本ボールで試合が再開される。まともなジャッジが時々交じるお茶目な仕様だ。
逢瀬は肩を振り回しなんの問題もないと審判にアピールする。ベンチから飛びだしたドクターを睨みつけフィールドの外に追い出す。……逢瀬がいなければとっくの昔にゲームオーヴァーになっていただろう。
「キャプテンは成るものなんだな」と俺。
金井がそばを走りながらつぶやく。「あいつが……」
「俺たちのおやびんだ」
「おやびん……」