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倉木一次その7

試合が再開する。前半残り時間は5分だが、相手のゴールおよび2度におよぶ日本の抗議によってかなりアディショナルタイムがとられるだろう。ウルグアイにとっては短く日本にとっては長い。

 ウルグアイは早期に試合を決着させたいはずだ。前半で2点差にさせれば日本に精神的なダメージがある。


 青野監督が予言したようにウルグアイは攻勢に出る。ウィングが高い位置に張る。中盤、サイドバックの手厚いサポート。ガレアーノは佐伯、近衛の周りで動き回りパスをもらおうとしている。

 ここから数分以内に決着をつけようとしている。人数差を考えれば2点差は追いつけない。もちろんそうなっても俺たちはあきらめない。しかし……点差と人数差と残り時間がそれを許さないだろう。


 攻めるウルグアイから見て左サイドからの攻撃。

 長いクロスを佐伯がクリアした。そのボールをペナルティエリアでガレアーノが拾う。

 シュートの直前に近衛がスライディングでブロック。樋口が大きくクリアする。

 そう、日本は繋ぐことができない。自陣ゴール付近でボールを奪っても、すぐ近くに戻らないウルグアイ選手がいる以上、近くにいる味方へのパスコースは殺されている。

 そして現在いるはずのFWは前線に残っていない。樋口の大きく蹴ったボールはウルグアイのセンターバックが拾う。そのままドリブルで前へ。

 日本のMFはせいぜい5メートル前にポディションを上げるに留まる。ずっとウルグアイのターンが続くことは認識していた。しかしここまで状況が変化するとは……。

 これは9人対11人の戦い。ウルグアイがミスをしなければ日本のチャンスは訪れない。


 34秒後。

ボールを奪った木之本だったが低い位置で奪い返されウルグアイのショートカウンター。

斜めにゴールむかい、ガレアーノとのワンツーでフリーになりシュート。ここは佐伯が上手くカヴァーに入りCKへ逃げる。


 38秒後。

 ウルグアイがこのターン3度目のCK。

 短いボールにマルコーニが飛び出すが中途半端なクリア。位置を確認したウルグアイ選手がループシュートを放つ。マルコーニが頭上を飛び越したボールに振り向きざまに触れポストに当たる! これを逢瀬がかきだしどうにかゴールインは防ぐ。


 1分14秒後。

 日本の陣形は元に戻っている。中盤ダブルボランチを務めるのは有村と逢瀬。

 本職の有村はともかく逢瀬がボランチを務めるのはなぜか。それは。

 カヴァーできる領域が広いことだ。

 日本の最終ラインがペナルティエリアライン上まで追いこまれている。

 ウルグアイの10番がゴールに背をむけてボールをキープ。マークするのは佐伯だ。当然狙われている。

 10番がヒールでスルーパス! ガレアーノが斜めに走りシュートを狙っている。

 しかし逢瀬が相手FWと同時に反応。逢瀬のほうがずっと速い。キャプテンは俺にパスして倒れた。

 逢瀬は状況に応じDFにもボランチにもはいる。MFかつDFというわかりにくい役割を課されていた。奪いにいくか、スペースを埋めにいくか、その判断はベンチと近衛がする。初心者であってもボランチに置きたかったのは、その圧倒的な脚力を中盤の中央に活かしたかったからだ。正面からの攻撃という選択肢を奪いさえすれば相手の攻撃は単調にならざるをえない。

 逢瀬のボランチ起用はもちろん万能の策ではない。この作戦の弱点はこれから徐々に露呈してくだろう。


 1秒後。

 俺はパスを受けた。まだ味方のゴールが近い。しかけるドリブルを使うだなんて問題外だ。

 タッチライン際に走る樋口へバックパス。(二人の選手に囲まれる前に)樋口は俺にリターン。

 俺は横と見せかけ縦にドリブル。もちろん完全には抜ききれていない。前にFWがいればいい縦パスを送れるところなのに……。

 前線に走る日本人選手などいない。もとより狭い縦を選んだのだ。

 右サイドバックが追いついてきた。ここでようやくセンターラインを越える。

 ここからだ。

 後ろからMFが奪いにくる。これは足裏でいなす。

 ウルグアイの2番と正対。

 左右にゆさぶり、右足かかとでちょこんと触れ、左足のつまさきで触れる。

 2番の前をとった。

 だが距離は近いままだ。2番が背中を押し倒そうとする。しかし俺は後ろ手でそいつを押し逆に前へゲイン。

 加速を開始する。

 残り3人。

 両腕をちぎれるような速さでふりきり、ゴールへ襲いかかる。

 飛びこんでくる4番へ二度三度とシザース。

 俺には強烈な左足がある。そのことはアルゼンチン戦で見せつけているから。

 だから狭い左へ逃がすことを躊躇する。

 4番がバランスを崩す。俺は右へ。このままカットインでシュートだ。

 強く蹴ってしまったボールがもう一人のセンターバックへ転がっていく。慌ててクリアするため足を伸ばすが、

 それはあえて晒したボール。反応した6番の横を通過した。

 しかし左サイドバックがいい位置にいる。シュートコースが消されている。

 俺はさらにその選手を抜きにかかる!

(遠いサイドにまいたシュート? こいつなら決めかねない!)

 俺の意図はさらに上をいく。

 最高速のドリブルから一瞬で完全に停止。3番を引き離す。しかし6番がスライディングでブロックに。

 俺の狙いは近いサイド。

 自分の左真横にむかってミドルシュート。6番のブロックは股抜きで無効化した。

 GKは横に跳躍したがボールに触れることはできない。

 転がしたシュートは結局枠を捉えなかった。6人を抜き、シュートフェイントを入れ、何度も相手にファウルで倒されかけた。これほどの超個人技を発動させてようやく1本のおしいシュートを放つことができる。

 これが9人対11人のゲーム。非対称性のゲームだ。


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