青野健太郎その7
ベンチの前に監督が選手を集めた。現在試合に出れる9人を。
「聞いてくれ。主審はジャッジを覆さないだろう。鹿野は退場する。それがあの主審の判断なんだ。君たちは不条理に思うだろう。不公平に思うだろう。主審のフョードルさんを疑うかい? ウルグアイを恨むかい? それとも退場した水上や鹿野に怒るか? でも今はそれをする時ではない。我々は過去に戻れない。スコアは0対1でビハインド、人数の上では9対11で2人少ない。そんなシチュエーションを経験した人はこのなかにないだろう。非対称性のゲームだ。日本は圧倒的に不利な立場にある。そのことを自覚すべきだ。我々は何故ここにいる? ウルグアイを倒し決勝の舞台に立つためだったね。僕はまだその可能性が残っていると信じている。……『勝たなければ愛されないんだ』。別の競技の人が口にしたセリフだ。日本においてサッカーはとてつもなくメジャーになった。そして日本で1番有名なチームは間違いなく日本代表。君たちはそのユニフォームをまとっている。君たちにはそのユニフォームの重みを感じてもらいたい……たとえ、たとえ負けたとしても、それは主審の判定で試合を壊され、勝つことを放棄し、ベストを尽くせず負けるっていうのはなしだ。勝とう」
「はい」とマルコーニが言った。
「そうだ、勝とう。だから試合が再開してからすることを話そう。リードしているウルグアイが攻勢にでる。彼らはわずか1点のリードでは安心できない。人数差で勝り試合を支配してもこちらのミドルシュート、DFやGKのミス、誤審などなど事故のような形の失点をする可能性はある。PK戦になれば追いつかれた側が不利だからね。だからウルグアイは2点差3点差にして試合を決めにくるだろう。だからこの大会で初めて専守防衛の布陣を引く」
コーチの佐久間がホワイトボードを手渡した。ボードにはフォーメーションがマグネットで示されている。使われているマグネットはわずかに9つ。
「4-4-0だ。DFラインは左から樋口、近衛、佐伯、木之本。中盤は左から倉木、有村、逢瀬、鮎川。4-4でブロックをつくって守ることになる」
「攻撃は?」と鮎川が訊ねる。
「攻撃はプランBだ。一次が攻撃を担当する。他のみんなは一次を頼れ、一次は誰も頼るな。サイドバックは少し動きが変わるからよく聞いてくれ。……もう試合再開だ。ったく……よく冷静に聞いてくれた。君たちは私の誇りだ」
前半40分。
ウルグアイの4番が手でセットしたボールを蹴ろうとしている。観客席からブーイング。しかしこの程度のことを気に留めるほど連中の神経は繊細にできていない。
主審が後ろむきにこちらに走ってきた。すぐ近くの逢瀬が慌てて横を向く。抑えられない怒りを隠すために。
キャプテンは冷静だ。急造のMF起用。しかしあいつが中盤にいなければ日本に勝機はない。
ガレアーノが話しかけてきた。「なんなんだよこの展開はよ……クソつまんねえ試合になったぜ。もう客が帰りだしてるぜ……まぁ俺らにとってはいい休憩になる。おかげで決勝に集中できるぅ、ありがとうよぉ日本人は親切だな。俺にとってはボーナスステージだ。あと2点か3点足せば大会得点王だしよ。おい聞いてんのかよ10番。クラキ。エースなんだろう? こっからドリブルで5人抜きしたり40メートルのロングシュート決めたりするんだろ怖え(笑)」
「? お前どっちも決めたことないの?」