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倉木一次その6

 前半23分。


 攻めるウルグアイが日本のゴール前でのセットプレー。

 今度こそ俺も水上とともに最前線に残る。俺がやや前、水上は味方のクリアを拾える位置取りだ。


 ……相手の10番が味方にあわせるFK。

 逢瀬がペナルティエリアから飛びだしてヘディングでクリアした。

 水上のもとへ飛んでいく。しかしウルグアイの3番が追いかける。

 水上は自分にむかってくるボールを追いかけ、3番は逃げるボールを追いかける形。

 佐伯がペナルティエリアから誰よりも早く抜け出してきた。ここはあいつにバックパスか?

 いや、水上は難しい高さのボールを完璧にコントロールしてみせた。地面に転がし前をむく。ドリブル開始。

 バックパスをカットしようと足を止めた3番は離される。

 2人の距離は5メートルあるかないか。俊足の3番はすぐに追いつくと思っている。

 だが水上のランウィズザボール。奴のドリブルは単純に速い。チーム内では俺や志賀に匹敵するスピードだ。

 3番はなかなか追いつけない。前を塞ぐ者のいない水上は前へまえへ突き進む。

 最速のカウンターになる。味方が間に合わないのなら日本が使える駒は俺と水上だけ。

 3番はなかなか回りこめない。ならばウルグアイの使える駒は2人のフィールドプレイヤーとGKだけ。

 ボールがセンターラインを越えたところで2番が俺から離れ水上につく。これで1対1が2組できた。(3番がもうすぐ追いつきそうだ)。

 俺はやや右に流れて走る。

 その俺にむかって水上がドリブルの進路を変えた。

 眼で意思を伝えあう。

 俺の足がペナルティエリアのラインをまたぐ。水上が俺にゆるいパス。

 左足でトラップ。

 ゴール右寄り。ここからのシュートはない。(俺をマークする2人は水上とのパスコースを消している)。

 ボールが足元に収まりすぎている。これでは強いキックが蹴れない。

 俺は足をふるキックフェイント。DFが硬直。

 トゥーキックでボールをすくう。GKの前にいるはずの水上へ。

 キックには成功した。水上は? DFが影になりどうなったかわからない。

 水上がいるであろう場所へ俺は駆け寄る。

 センターサークル付近にいた主審が笛を鳴らす。

 ロシア人で名前はフョードルといったか。その彼が試合を止めた。

 水上が倒れている。PKだ。すぐそばで手を腰にあて不貞腐れた表情の3番が立っている。

 こいつが背中から水上を押したのだろう。PKはまず確定。まず同点は確保。

そしてウルグアイの3番が一発レッドで退場となれば、これからのゲームを支配するのは白いユニフォームの日本のはずだ。

 水上が起き上がった。シュートには成功しなかったが、こいつがここまで独走できたから生まれたプレーだ。




 以下の文章には不条理な内容が含まれる。




 主審が赤いカードをとりだす。

 差し出したのは水色のユニフォームを着たウルグアイの3番ではない。

 白いユニフォームを着た日本の19番だ。

 俺は電光掲示板でスロー再生された今のプレーを観る。

『俺のトゥーキックがペナルティエリア左寄りに通る。水上はダイヴィングヘッドを選択。頭から突っこもうと体を倒し加速させる。それにあわせ3番が背中で押す。完全にPKを覚悟したプレーのはずだ。だがこのあと、水上は怒りに身を任せきたボールを手で叩いた。ボールがそのままゴールに吸いこまれていく……』。

 そのボールはまだネットにからまっていた。GKがしきりに指をさし、審判たちに主張してみせる。

 俺はそいつにスペイン語で話しかける。「あれが『神の手』だっていうのか? 3番が水上を倒した時点で試合は止まっていただろう?」


「……喋れるのは4番だけじゃなかったのか」


 近衛なら喋れてもおかしくない。「水上はゴールインなんて狙ってなかった。キレてとっさにボールを叩いただけなんだ」


「どう判断するかは審判次第だ。もうジャッジはくつがえらないよ」


 フョードルはスペイン語を解さないようだ。英語は通じる。言語力という意味では同等のはず。

 両チームの監督が飛びだしてきた。そばで観ていた副審が主審と確認をする。しきりに手を叩くウルグアイ選手たち。試合は完全に中断した。俺はミスジャッジを認めることを期待し、ボールを抱えた。PKなら俺が蹴る。

 ……水上は下をむいている。

 鹿野が主審にむかって大きな声を出している。間に鮎川と逢瀬が間にはいり印象が悪くならないよう苦心する。

 ベンチメンバーも立ち上がり行く末を見守る。



 2分間。



 判定に変更はない。水上は審判に追われるようにフィールドから追い出される。

 抗議を諦め嫌々ベンチに座り直した青野監督。1点差、1人退場。どこが相手だとしても厳しい条件になってしまった。監督は感情的にならずただ前を見据え、『次』を捉えようと頭脳を高速で働かせている。

 キックオフ直前に歩いたスタンド内の通路にむかって歩いていく水上。

 振り返って10人にむかって叫ぶ。

「どうか勝ってください……俺には……頼むことしかできない……」

 直後、俺の抱えたボールが手で叩き落とされた。

 ウルグアイの9番。数分前に先制点を叩きだしたガレアーノだ。

「ウルグアイボールで試合再開だ。……隠してやがったな。お前も俺らの言葉話せる」


「誰だよてめえはよ」


「もっと前に敗退してたらこんな醜態さらさずに済んだのによ。所詮日本なんて俺たちとは格が違うんだよ。俺たちは優勝候補」


「万年優勝候補か?」


「お前らはグループリーグ突破して大喜びしてる格下(・・)なんだよ。お前ら日本人はそもそもサッカーにむいていない。違うか?」

 違うな。


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