水上道その5
(以下、水上道の視点)。
前半22分、ウルグアイ先制。
日本
0-1
ウルグアイ
1人敵陣に残った俺は、遠いところからその失点シーンを見ているしかなかった。
難しい角度から決められた。10番の蹴ったボールは短く、それゆえにかえって日本選手がいない空間にボールが落ちてきた。倉木さんと近衛さんが近くにいたが、ガレアーノにつききれなかった。
たとえフリーでもジャンプしながら角度を変えるヘディングシュート、しかもGKとゴールライン上に立っていた鹿野を避けなければいけない。ガレアーノはこの難題をクリアしてみせた。
青野監督が言っていたことを思い出す。ガレアーノはあらゆるシュートパターンを得意としている。
万能ストライカーとは特長がないFWに使われがちな呼称だが、ガレアーノはヘディング、ドリブル、マークを外す動き、直接FKなどなどサッカーにおけるすべての得点機からシュートを奪える、と。
160センチくらいしかない今の俺にあのゴールは奪えない。背が伸びたとしても将来ガレアーノのようなタイプの選手にはなれないだろう。今の俺にあるのは。
トラップ。
それが活きるのは最前線、難しいパスをコントロールし奪いにきたDFをかわしシュートを落ち着いて決めるときだ。
日本はここまで5試合で11ゴール。1試合2点以上ならチームとして十分攻撃が機能しているといえる。
つまりウルグアイは1点のリードでは足りないと考える。2点リードして初めて安全圏だと判断するはず。まだ攻撃の手を緩めはしないだろう。
日本が自陣でボールを奪い返し、カウンターになれば俺の力が使えるはずだ。
逢瀬さんや倉木さんが選手たちに声をかける。初めて先制されたくらいのことで慌てるメンバーはいない。青野さんは戦術について修正を加えない。
コーナーキックからの失点だ。守備を崩されてゴールされたわけではない。
鹿野さんが再開のキックオフ、俺がボールを下げる。
しかし1分後、次のチャンスをつくりだしたのはウルグアイだ。
左サイド、深い位置でウルグアイの左サイドバックがボールをキープ。俺が縦をふさぐ。
4時の方向に横パス。10番も横に流す。ボランチも。
トップスピードで上がってきた右サイドバックの足が転がるボールを射抜く!
俺はやられたと思った。しかし戻った鹿野さんが後ろから倒して止める。
鹿野さんにこの試合最初のイエローカード。しかし今のは追加点を防いだいい判断だ。
……ウルグアイがまたしてもセットプレーのチャンス。相手のターンは終わっていない。
今度は倉木さんも俺と一緒に残ってくれる。
「カウンターありますよ」と俺。
「そうだな、スタメンには左利きの選手はいないってよ」
右足では直接狙いにくい位置のセットプレーだった。
ペナルティエリアのなかで選手が撹拌されている。ウルグアイの9番が声をだした。腕をつかまれたと主審にアピールしているのだろう。
ホイッスル。
ウルグアイの10番がゆるいボールをあげる。
敵を追いこし逢瀬さんがヘディングでクリア。
俺を狙ってくれている。
『衛星』はもう起動している。半径およそ20メートル、俺には味方と敵の位置、速さ、体の向き、および体勢のすべてがわかる。
(佐伯さんがこちらに走ってくる)。
(相手選手がパスをカットしようとしていた。だがボールが速い。辛うじてとどかない)。
俺もボールをとりに全力でむかっている。
右足インサイド、ボールの衝撃を足首が吸収。腿の高さのボールをトラップでフィールドに転がす。
同時に反転。自分にむかってドリブルしてくると思ったマークを引き離す。
(倉木さんは右前方に流れている)。
前をむく。
ここは俺が距離を稼ぐ。
ウルグアイ選手はGKを含め3人。フィールドプレイヤーに限れば2対2だ。
(今かわした選手が速い、このままではペナルティエリアにはいる前に追いつかれる)。
前方に右サイドバックの選手。簡単にはかわせない。
だが相手もとりにこないだろう。
背後に荒い息遣い、強い足音。俺がかわした選手だ。
前後からサンドするつもり。
(味方はまだ追いつかない。使える駒は倉木さん1枚だけ)。
ゴールが見えてきた。
前方のマーカーが足を止める。
右に進路を変える。ゴールからは離れるが、味方の倉木さんが10メートル先にいる。そこへむかって進撃。
(倉木さんは足を止める)。理解してくれた。
倉木さんのマークと俺のマークが並ぶ。(相手は俺よりエースを警戒する、エースに眼をやった)。
足の止まったマークの左横に流れる。
リターンがくる! オフサイドラインの手前で足を止め、
ラストパスを見てから走りだす! 倉木さんのライナー性のボール。
線を点であわせる! GKが飛びだしてきた。
体を投げ出すための最初の一歩を踏んだとき、
背中に強い衝撃を受けた。地面に胸から叩きつけられ、
それから俺の記憶は曖昧になっている……。