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暗転

『水上道その4』


「もう大会も4試合しかないんですね。準決勝の2試合と決勝と3位決定戦。……これまでの試合のなかで1番いいゴールってなんでしょうね? いや、なんとなく思ったんですよ」水上はくすぐったそうに笑って。「俺はまだノーゴールなんですけど。倉木さんのアルゼンチン戦のゴールも良かった。難易度ならテスラのループシュートかもしれません。あとは……ウズベキスタン戦の鮎川さんのゴールは完全に崩して決められました。あれはすごかった。……何が言いたいって、大会が終わって1番有名なゴールはどれになるでしょうって話ですよ。でも決まってますよね。それは決勝戦の決勝ゴールですよ。大会のハイライトはそのゴールになる。それがどんな形のゴールだとしても、それが1番注目を集めることは間違いないでしょう。だって1番世界で強いチームを決める大会なんですから、もっとも価値があるのは当然決勝戦で、その試合で1番重要なのは決勝点です。日本のアタッカーでゴールを奪えていないのは俺や志賀さん、それにFW登録の選手が何人かいますけれど……これまでゴールを奪えていないことなんて問題になりません。決勝戦でのゴールには他の6試合以上の意味がある。日本が優勝すれば男子初の世界一なんですからね。……俺がヒーローになったってかまわないでしょう?」




『志賀劉生その5』


「お前に教わることなんて何もないよ。今さら何言ってんだよもう次は準決勝だっつうのに……。それにスタメンを決めるのは監督の仕事だろう。監督が俺と水上を比べて水上を選んだだけの話だろ。2年間代表に選ばれ続けて大会中に中学生にポディション奪われたんだ。全然想像してなかったことだ」引きつった笑みを志賀は浮かべる。「だがそれはいい。日本が勝てばそれでいい。俺の出自なんて関係ない。日本が勝てば俺は選ばれないでテレビで観ててもうれしかったよ。素直に応援してたと思う。……ただゴールがないっていうのはFWとして失格だな。左の鹿野が3点奪ってるのに、俺も水上も今のところ不発だ。……水上はそんなこと言ってたか。そうか、決勝か。もちろん準決勝も大事だ。どこかで試合に出て1点獲れれば……俺にとって全然違う大会になるんだろうな。オセロで端から端までひっくり返るようなさ、今までの苦労が報われる……。全部の試合に出て2点獲ってるお前からしてみればわからないかもしれないがよ。サブに回ったキーパー2人も、試合にほぼ出てない齋藤とか沖とか、そういう奴らも俺と同じ気持ちだろう。ベンチでは真面目に応援しているけれど、本当は試合に出たくて仕方ないはずだ。俺は……俺が日本を勝たせてやるつもりだった。それくらいの気持ちでこの大会に臨んでいた。お前も鮎川もいいアタッカーだとわかっていたよ。でも俺のドリブルが1番相手に通じるもんだと思っていた。現実にはお前や鹿野の決定力が1番効いている。大会終わったらオファーくるんじゃねえのか。……俺はまだなんの貢献もできてねぇ。アルゼンチン戦の途中で怪我してでていった選手だくらいにしか思われてないだろう。俺だって活躍したいさ。でもお前たちに置いていかれてるって印象が強い。……何? とれないシュート? なんの冗談だよ。……わかった、俺がキーパーの役だな。構えればいいんだな。やったことないけどよ。リストバンドがボールな。体のすぐ近くに投げるから止めればいいんだな。顔に投げつけてくるっていうのはつまんねえからやめろよ……じゃあこい……くっ、そこかよ! 肩のすぐ上は腕が動かしにくいのか……確かに実戦で使えるかもしれない。角度がないときに使ってみるか……」




『青野健太郎その6』


「……パントキックはもういいや。3人ともすごく上手いってことはよくわかった……。じゃあ最後! キーパー3人にも参加してもらおう。フィールドプレイヤーからは……倉木有村はもちろんだけど3人目は……誰か希望する人いるかな? PKなんだけど。近衛が早かった。じゃあ近衛ね。PK戦対策じゃないよ。高校サッカーじゃないんだから。僕はPK戦なんてサッカーじゃないと思ってる。あんなのスケープゴートをつくりたいだけなんだ。僕は全部外して負けたって怒らないよ。ただ試合中のPKはしっかり決めてもらいたい。明日そんな展開があるかもしれないからね。今言った3人に蹴ってもらう。じゃあ最初は倉木対マルコーニ、次に丹羽対有村、その次が近衛対古賀っていうことで。回数は5回。佐久間さんが餅つきのこねる人みたいにボールを次々セットするから、キッカーも次々蹴ってもらう。全部決めてよ。倉木とマルコーニスタンバイ。……じゃあ」笛。「はい次! 次! 次! ラスト! 最後チップキックって……本番でもやる気……そうなの、決めるなら文句は言わないよ。マルコーニも1本くらい止めて欲しかったんだけど。じゃあ有村丹羽準備して。はい」笛。「はい次! 次! 次! 最後……キーパーしっかり最後まで見て逆に蹴る。なかなか真似できないレヴェルだよ。本当に1年生なの? じゃあ3組目は近衛と古賀ね。キッカー近衛だから」左利きだから。「佐久間さん反対に動いて。古賀1本止めてよ」笛。「はい! はい! はい! 最後ぉ……近衛はボールに集中するほうだね。確かにそのスピードでそのコースいくと誰も止められない。でもサイドネットは冷や冷やしない? ポストぶつけそうだった。狙ってるの……3人とも本当にいいキッカーだ。でも次の試合でも出場してるなら倉木に任せておくよ。いいね?」




『考察その4』


 苦戦がない。


 日本代表はここまで5試合1失点。この競技ではありえないほど失点が少ない。

 相手に勝ち越されることがなければ少なくとも日本に『負け』はない。

 少なくともPK戦にはもちこめるということだ。

 センターバックの2人はもちろん、4人で回しているサイドバックもいい守備を見せている。アンカーの佐伯は判断力に長けた選手だ。アンカーというポディションは試合中、守備に限っても『パスカットを狙う』、『スライディングで奪いにいく』、『味方のつくったスペースを埋める』、『前からプレスをかける』、『相手に時間をかけさせ味方がもどってくるのを待つ』など多数の選択肢からプレーを選ばされることになる。

 佐伯はそのなかから最適な解答を選べる。

 有村と一緒で良さがわかりにくい選手だが、ベンチの大人たちは理解している。だからこそ全試合フル出場できているのだ。


 攻撃についてはいうまでもないだろう。

連携でも個人技でもゴールを奪えている。いくつかの悪運と微妙な審判の判定で数字には現れていないが、つくったチャンスの数なら残りの3チーム(ウルグアイ、アルゼンチン、オランダ)よりもはるかに多い。

 俺と有村、それに佐伯で構成される中盤は大会最強だろう。それは断言できる。

 FWはそこまでではない。鮎川は長身を活かしたポストプレーで、鹿野はともかくがむしゃらなプレーで評価を高めている。

 一方ドリブラーとして志賀はまだ活躍していない。水上も試合に出ながらいくつかチャンスを外している。しかし2人はこの現状に満足していない。これから2試合で評価はいくらでも変わるだろう。ゴール以上の説得力をFWはもたない。


 日本は強い。

 そう俺は確信している。だが大会が進むにつれ1つの懸念をもつようになった。

 青野監督は気づいているのだろうか……。日本が決勝トーナメント以降、まるで保護されているかのように易々と次のラウンドに進んでいっていることを。

 準決勝であたるのは古豪ウルグアイ。日本と対照的に苦戦しながらしぶとくベスト4に残ってきたチーム。

 コーチ陣は選手たちの精神面を上手くコントロールしようとしている。

 だがこのチームは今停滞(・・)しているのではないか? メンバーは固定化されベンチのモチヴェーションは下がっている。スタメンの座をつかんだ水上はまだ中学生だ。そして俺はボランチで使われ続けている。

 そして大会を経たことで日本のサッカーが研究されはしないだろうか。これまでの相手もビデオは観ていただろう。しかしこちらに弱点があったとしても、それを突ける戦力が相手にはなかっただけじゃないのか? ウルグアイには日本の攻略法があるのではないか?


 いくらでもネガティヴになれる。

 準決勝にまで勝ち進んだことは次の試合の勝利を保証するものではない。対戦相手のウルグアイも日本と同じく2つのチームを打倒している。

 ウルグアイの試合はもちろん俺たち選手も観ていた。

 正直ぱっとしなかった。ほとんどの時間を守りに費やし、1試合で4度か5度カウンターでチャンスをつくる非生産的なサッカーだ。

 しか0しこの得られた情報が先入観になりはしないだろうか。ウルグアイは日本戦で最高の試合を展開する。日本は一方的に攻めたてられ早い時間から失点する……。


 そんな展開は現実的ではない。

 ウルグアイの攻撃陣では逢瀬と近衛を攻略できない。連中にはコンビネーションがない。アイディアがない。個人技ではテスラやボルヘスに大きく劣る。彼らがみんなそろって猫をかぶっているのでなければ得点は不可能だ。ここまで5試合実力を出しきっていたどうにか生き延びてきた彼らにそれはありえない。

 日本が格上で相手が格下。これまでの5試合と同様、支配するのは日本、支配されるのが対戦相手だ。


 しかし世界選手権、こんな程度で終わってしまうものなのか?

 ……俺たちは強くなりすぎた。


 そんな試合前に抱いた余裕はあの瞬間消え失せてしまったのだが。




『ウルグアイ・ラウンド』


 4万5千人収容の観客席の半分ほど埋まっている。

 こちらのほうがいいサッカーをしているという自負があった。予想通り地元の観客は日本のパス回しに声援を送ってくれた。ウルグアイのサッカーは手堅すぎる。

 夜に行われている試合のため、メインスタンドとバックスタンドの屋根の部分にある照明がきれいに並んで輝いている。

 シドニー市内のスタジアムだ。代表戦で使われるご当地有数の入れ物。準決勝からはすべてここで試合が行われるため、アデレードで拠点として使っていたホテルは引き払った。



 前半19分、日本のおしいチャンス。

 木之本が遠い位置から早いタイミングで速いクロスボール。飛びこんだ鹿野が触れさえすればゴールにはいる好パスだった。

 あと0.5秒早く反応できていれば日本は先制できていたところだ。

 相手の守備には隙がある。早い時間に先制しなければ。



 その3分後、前半22分。


 ウルグアイはこの試合初めてコーナーキックのチャンスを得た。

 チャンスといえばおおげさになるかもしれない。ある統計ではコーナーキックの流れからゴールが決まる確率はわずかに4パーセント。

 しかも日本は長身選手を自陣に集めている。鮎川、逢瀬、木之本と180センチを優に超えるプレイヤーが守る。

 ベンチの監督は相変わらず2本の指を立てる。水上と俺が前に残れと。

 しかし俺は自陣に戻って守備をすることを選択する。

 頭ではカウンターにそなえ前に残るべきだとわかっている。だが、

 なぜか厄い。

 失点の匂いがする。

 日本の守りに不安はない。ウルグアイのサイズのあるセンターバックが攻め上がってきたが、逢瀬の高さにはかなわないはずなのだ。

「どうして?」と近衛。


「直感だよ。ここは守るときだ」

 俺はゴールエリアのすぐ前、ボールがセットされたコーナーに近い位置で守る。

 そこにはウルグアイのエースがいる。身長180センチ。ユニフォームをつかんで飛べなくしてやる。

 攻めるウルグアイから見て左サイドからのCK。背番号10が助走……踏みこんだ軸足が滑った!

 そのまま蹴ったボールは短い。

 近衛と俺のいる位置へ。簡単にクリアできるいや先に触れたのは俺がマークを外してしまった敵だゴールから離れながら体を一直線に倒しバックヘッドでファーにそらした中空から緩やかな軌道を描き空爆される鹿野とマルコーニはゴールライン上から一歩も動けずボールはサイドネットに飲みこまれていった。


 ウルグアイ先制。

 これで約360分続いた連続無失点記録は止まり、

 アジア選手権から続いていた14試合連続先制記録も潰えた。

 そんな記録よりも、この失点は日本にとって特別な意味をもつ。

 決勝ラウンド、しかもウルグアイは日本の攻撃を恐れている。相手はこの1点を徹底的に守りにくるはずだ。これまでもそういう戦い方で勝ち上がってきた。

 日本は前半22分にして早くも苦しい展開になった。だがその事実さえも、準決勝で発生した数々の「試練(・・)」の1つにすぎない。

 日本サッカー史上最大の挑戦がこれから(・・・・)始まる。


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