有村コウスケのサッカー講座上級編
ウズベキスタン戦で日本代表が2つの快挙(××通信の記事より抜粋)
現在オーストラリアで行われている第1×回U-17サッカーワールドカップ、4強まで勝ち進んだ日本代表が準々決勝ウズベキスタン戦で2つの快挙を成し遂げた。
1つはチームとして90分間相手にシュートを1本も撃たせなかったことだ。無失点で試合を終わらせる『完封』のさらに上をいく『完全試合』だった。ゴール前の守りだけではなく、選手全員の高い守備意識がなければ達成することはできなかった好記録である。この試合では特に4バックが90分間集中を保ち、ウズベキスタンにチャンスらしいチャンスを1つもつくらせなかった。
もう1つは先発出場したMF有村コウスケがこの試合で74本ものパスを出し、そのすべてを成功させたことだ。この試合有村選手が比較的低い位置でプレーしていたとはいえ、驚異的な記録であることに変わりはない。現在16歳の有村は約1年前から飛び級で代表チームに選出され、高い技術力で今やチームにとって欠かせない選手になっている。
前述したかもしれないが、練習時間は日に日に短くなっている。
出場している選手にとってはありがたいことだ。なるべく体を休めていたいし、今更猛練習したって大した上積みは得られそうにないのだから。
しかし出場していない選手にしてみれば心苦しい。監督の前でアピールするチャンスが消失してしまうことを意味するのだから。
それにサッカーでは『勝っているチームはいじるな』という格言もある。青野監督は準決勝で大きくメンバーを変えたりはしないだろう。俺や有村の体調も今は悪くはないようだから。
準決勝、ウルグアイ戦までは中2日。
ウズベキスタン戦の翌日の午後のことだった。
俺たちはサッカー選手だのになぜか土のグラウンドでハンドボールなどをやっている。
トレーニング開始前の青野さんいわく。
「選手のレヴェルが上昇すれば足でも手と遜色ないほどボールを上手く使えることになるんだ。ハンドボールの素早く確実なパス回しを経験して、それをサッカーにも活かしてもらいたい」
だそうな。
本来のハンドボールよりもかなり広いフィールド。しかもドリブルが禁止ということもあって最初はなかなか攻撃が上手くいかなかった。
時間が経過するにつれ少しずつコツがつかめてきた。
確かに面白いほどパスがつながる。サッカーとは違いパスカットしにくい。手だからトラップミスもない。立て続けにシュートが放たれ面白いようにゴールが決まる。
攻撃側に余裕があるスポーツだ。1試合で何十点もはいるだけはある。
みんな本職のサッカーと同じ役割でプレーしている。俺はセンターバック、ハンドボールではゲームメイカーのようなポディションだ。パスを回しミドルシュートを狙う。
とはいってもマイボールになればポディションチェンジを繰り返し、両サイドに流れる横の動き、あるいは最後尾から最前線に駆け上がる縦の動きを使って相手のマークをはがそうとする。本来のハンドボールとは意味合いが違うのだろう。あくまで今やっているのはサッカーのトレーニングメニューとしての『ハンドボール』だ。
右サイドに流れた鮎川が横の鹿野へパス。
鹿野は振り下ろすシュートフェイントをいれてからパス(サッカーではフェイントなんて見せたことないのに!)。鹿野から齋藤、齋藤から木之本へとつながりボールが左に横断する。
守る近衛が飛びだしたが、高さで勝る木之本がジャンプシュート、上からボールを叩きつけた。GKの足先をかすめシュートが決まる。
ファインゴールに湧く選手たち。ここで青野さんが笛を鳴らしこのメニューのトレーニングは終了。
最初はハンドボールなんてやりたがらなかった選手たちだったのに、今はもっと続けていたかったのか不満たらたらだった。
5分間休憩。
スポーツドリンクを飲みながら俺は座った有村に近づく。
「はい有村。導入つくってやったから」
「なんですか『導入』って」
「ボランチ講座だよ。講義だっけ? ああ講義だった」
「けっこう時間空いちゃいましたね」
「ボランチとはなんぞや」
「『なんぞや』ってどこの方言ですか……」
「ワンレッグで跳ぶための特訓するのも飽きちゃったし」
「またよくわからないことを……。ボランチですか……ボランチってポディションじゃなくて選手にあたえられた役割のことですよね」
俺は一瞬記憶の宮殿にはいる。「ポルトガル語で『ハンドル』って意味だったよな」
有村はうなずく。「決してDFの1つ前にいるMFという意味ではないんです。英語圏ならゲームメイカー、イタリアならレジスタが近いかもしれない」
「レジスタは演出家って意味だったか」
「そうです。いずれにせよパスが上手い選手、試合をつくることができる選手のことをボランチと呼ぶわけです。……ボランチっていうのは、なんていうか、1人だけじゃ活躍できない仕事だと思います」
それは俺もわかる。「運ぶドリブル、つなぐパスが多くなる。守るときも相手からボール奪うだけじゃない。スペースを埋めて、ディレイで味方がくるのを待つこともあるわけだ」
「ボランチは基本的に地味なんですよ。他のポディションほど『わあこの選手凄い』って人はいないと思います。玄人受けっていうんですか……」もちろん例外はいますけど、と有村。
俺のことか、と俺。「ボールに1番触れることの多いポディションだよな。FWのときはあんなにパスを受けたことがなかった」
「そうです。ボールをもらえる回数が多いということは、それだけ勝敗の趨勢を左右できる役割だといえます。責任重大だったんですね僕たちは」
ここまでの5試合、8割近い時間ボランチとして出場している2人である。
「ちょっと話変わるけどさ、俺はときどきこんなこと考えるんだ。もしサッカーをしている仙人みたいな奴がいたとして」
「全然違う話じゃないですか……」
「そのサッカー仙人が」
「『サッカー仙人』……」
「そりゃもうとてつもない修行を積んでいて、身体能力もすごくってサッカーのテクニックも超一流って選手なんだ。普段は山で1人トレーニングしてるわけよ」
「どういうわけですか」
「世俗とは縁を切ってるわけよ。でもプロ選手になろうと思えばなれる。どこのクラブでもレギュラーになれちゃうような実力があるわけよ。でもそのサッカー仙人でもきっとボランチだけはやれない。ボランチは味方との『関係』で成り立っている。サッカー仙人がいくらすごい選手でも、1人でサッカーをしている奴はボランチでプレーできない」
「……正直言っていいですか?」
「うん」
「意味わかりません」
「大丈夫俺もだ」
「話を戻しましょう。倉木さんが言うように、ボランチっていうのは味方との『関係』で成り立っていると思います」そこは汲みとってもらえたか。「つまり、ボランチって存在は足し算じゃなくて掛け算みたいなものなんです」
「1足す1は2じゃない、俺たちは1足す1で200だ。10倍だぞ10倍」
「だから、ボランチ的な選手はチームにいくらいてもいいことになるんです。中盤の後ろだけじゃなくて、DFだっていい、トップ下やFWにいたっていい」
「ボランチの 法則が 乱れる!」
「現にこのチームにはボールがつなげる鮎川さんや、ボールテクニックがある近衛さんがいます。あの2人はボランチとしてプレーできるでしょう」
「確かにな。木之本と左沢も本職はボランチなわけだし」指を折って数える。「マックスで11人中7人がボランチ的な選手がそろえられるわけだな。佐伯も守備だけの選手じゃない」
「もちろん他の役割の選手も必要です。鹿野さんや水上のようなストライカーも必要ですし」
ゴールにボールを叩きこむスポーツなのだから、そういう専門職もいるわけだ。
リスクは分散させなければならない。
ボランチ的な選手(造語)が1人2人なら、マンマークをしてボールをつながせないことはできる。
しかし司令塔が3人以上いるチームの場合、守る側はマークしきれなくなる。味方がトラップしやすいパスが続けざまに出て、ボールは敵陣前にまでつながり、結果シュートチャンスが量産されることになる。
これはこれまでの日本代表のすべての試合の内容に共通する。
有村は続ける。「ボランチ的な選手っていうのはつまり空気が読める選手なわけです。速攻でいくか遅い攻撃でいくかとか、その手の細かい選択を共有することができれば……」
「指示じゃ間に合わないときもあるからな」
「今のところ上手くいってます。僕らは結局選手で、青野さんの手のひらの上なんですけどね」
それはそうだ。プレイヤーをセレクトしたのは青野監督。あの人1人の意思でこの21人は選ばれた。
「ボランチ的な選手っつうと、俺とお前と鮎川佐伯近衛ああ大槌も上手いよな。左沢古谷。志賀はちょっと違うか……。沖もそうだし織部金井もか。18人のフィールドプレイヤーのうち11人。これって確信犯じゃないか?」
「その『確信犯』は間違った意味でも誤用になっちゃうんですけど……確かに青野さんはボランチ的な選手を多く使ってますね。本大会のメンバーだけじゃなくて、合宿のときからメンバーもボランチ的な選手を多く呼んでいました。木之本や左沢さんみたいに他のポディションにコンヴァートすることもありますし」
俺は口元を手で覆い。「ふふ、そんな全国津々浦々のボランチどもの頂点に立つのがこの倉木一次、そしてお前有村コウスケということか!」
「うるさいですよ」




