試合中の会話
『倉木一次と鮎川かなえ』
前半5分。
ロングカウンターのチャンス。
佐伯から長いパスが敵陣に残った鮎川にとおった。
鮎川がドリブルで距離を進める。
ウズベキスタンのDFは奪いにいかず退く守り。
ゴールまで30メートル。シュートもある位置だが。
鮎川は追いついてきた水上にバックパス。水上は追いこした俺にパス。
すぐさまウズベキスタンの選手に囲まれてしまった。(もう速攻じゃない)。
仕方なく攻め上がってきた右サイドバック大槌を使う。
大槌の上げた速いクロスボールは誰にも触れられず、ゴールラインを割った。
倉木「かなえ、今どうしてパスをした!」
鮎川「どうしてって……そのほうが確実だったから」
倉木「あっちは奪いにこなかったし今は1人でしかけて良かっただろ? 『1人で行け』ってベンチの指示が聞こえなかったのか? 味方に頼りすぎるな!」
鮎川「私の役割は囮で……」
倉木「役割なんて知ったことかよお前はセンターフォワードでゴールに1番近かったんだ。判断ミスだろ?」
鮎川「わかった認めるわ……」
倉木「何度もやったら交代してもらうからな……今のが最後のチャンスじゃなきゃいいがよ」
『近衛類と左沢成通』
前半25分。
日本の遅い攻撃。
今度は鮎川をフォローする選手が大勢いる。
鮎川は俺の指示にこだわりすぎることはなかった。(ここは味方を使う)。
ウズベキスタンのDF2人をひきつけ俺にヒールパス。
俺は2時の方向の大槌に。大槌は水上にパスを出す。ダイレクトパスが2本続いた。
ボールをキープする水上を鮎川が全速力で追いこす。
水上から鮎川へ。鮎川は右足でゴール前の俺にグラウンダーのクロス!(こうなることを読みニアサイドに飛びこんでいた)。
DFはクリアできない。
俺はすべりこみ爪先でボールに触れ、
その蹴ったボールがGKの胸に当たる。
その転がったボールをDFとぶつかりながら鹿野が泥臭く押しこむ。これで先制!
安堵と祝祭の気分に包まれる前線の5人とは対照的に、
日本の自陣では叱咤の声が響いていた。
近衛「ナリ!」
左沢「なんだよ」
近衛「なんだその腑抜けた守備はさっき足止めてただろ」
左沢「いつのことだよ……」
近衛「9番がバックパスしたときだよ。あそっからボランチが裏に浮かすパスをいれたら(2列目の選手が走っていた)お前は反応できなかっただろう? 相手にそのアイディアはなかったが……」
左沢「悪かった、それは気づかなかったよ……でも現にピンチにすらなっていないんだ……」
近衛「その低レヴェルな守備がお前の習慣だったら今すぐここからいなくなってくれないか?」
左沢「なんだと……?」
近衛「パスが売りだとか思いきったプレーが売りだとか知らないがよ。相手があいてじゃなきゃ何点分も決められてるぞ」
左沢「……なんで俺が選ばれてると思うんだよ。多少守備に難があってもよ」
近衛「『多少』?」
左沢「日本がずっとボールを支配できれば俺の守備の弱点なんて隠し通せるからだろう。だから監督は俺を選んだ」
近衛「違うな。あの人のことなど信じるな。いいか、1度試合に出ている以上最高意思決定の権利は常に選手にある。監督になど試合の現実はわからないんだ。僕にはそれがわかる。だから僕を信じろ」
左沢「そうは言ってもよ……あの青野監督だぜ」
近衛「僕がいたからベスト8までこれたんだ。試合再開だ。いいですか、僕の言うことだけに耳を貸せばいいんです。僕がチームを勝たせてあげますから」
『佐伯藤政と有村コウスケ』
後半17分。
鮎川が相手選手を背負いながらキープする。屈強を具現化させたような選手だ。
鮎川はそのまま反転しながら左横の佐伯にパス。
佐伯は左寄り、30メートルの距離からミドルシュートを選択。
ニアサイドにシュートが襲いかかったがこれはGKがパンチングで逃れた。日本は追加点ならず。
有村「どうして鹿野にパスをださなかったんです?」
佐伯「どうしてって……」
有村「鹿野はすぐ前で裏をとっていたでしょう。楽々パスはとおったはずです」
佐伯「俺のシュートはおしかっただろう。速いし枠もいってた。なんの文句があるんだ?」
有村「ありますよ。間違いがあったら年上でも指摘しますよ」
佐伯「なんの問題があるんだよ? お前よりああいうプレーが得意だからポディション代えてあそこまで上がったんだろ?」
有村「今みたいなことするんでしたらもう上がらないでもらいたいです」
佐伯「……どうしてそんなことになるんだ?」
有村「『シュートで終わらせたかったって』やつですか?」
佐伯「悪いか? シュートで終わらせればカウンター喰らわないだろう?」
有村「相手は『あんなシュートなら何本でも撃ってもらいたい』くらいにしか感じてませんよ。ちっとも相手の脅威になっていない。どうして崩しにいかないんです?」
佐伯「はあ」
有村「リードしているのはこっちです。いくらでも攻撃はつくりなおせます。攻撃に時間をかけて構わないでしょう。パスを回して攻撃のパターンを読ませないよう努力すべきです」
佐伯「俺はそうは思わんよ」
有村「……ちょうど断層ができる場所ですね」
佐伯「何がだ?」
有村「ディフェンスライン前のアンカー、FWの1つ下のポディションのボランチ。佐伯さんはルイか逢瀬に忠実なだけでしょう。攻撃に参加するなら……わかってくださいよ。あんないい攻撃サッカーしてる広島ユースでプレーしてるんでしょう?」
佐伯「今は代表だし違いが生じるのは仕方ないだろう?」
有村「現実路線ですか? 守備に徹して攻撃は前任せ、たまに出てきても無謀なシュートを撃って満足する」
佐伯「ああそうだ、悪いか?」
有村「……佐伯がこれから決勝点を奪えるか奪えないかってシチュエーションがあるかもしれません。そんなときに、今みたいな大雑把なプレーをされたら困るんですよ。佐伯もどってきてください、佐伯!」
『近衛類と逢瀬博務』
後半23分。
サイドバックの大槌がタッチラインを背にしかける。
左足にもちかえペナルティエリアの長い辺にむかってカットイン。
DFが止めにかかる。しかし水上を壁にしてワンツー、ゴール中央まで移動してきた。
そこから前がかりになっていたディフェンスの裏に向けてスルーパス。
それを受けるのは前に上がった俺だ(オフサイドはない)。
背走しながらトラップ、すぐに時計回りにターン。
ゴールキーパーと1対1になる。
(ゴール右はキーパーが、左はDFが2人塞いでやがる)。
俺は左足でボールの下をすくうようなキック。
ゴールの枠は捉えない。ループパス。
狙いは大外から駆け上がる鮎川だ。
無防備なゴールにむけ鮎川は右足を緩くふる。
ゴールまでほぼゼロの距離からボレーを決め走りだす。
近衛「2点目だ。これでほぼ決着だろう」
逢瀬「ベスト4か」
近衛「ウズベキスタンはイングランドを破ったときに喜びすぎていたな。アジア選手権のときのほうが怖かったんじゃないか?」
逢瀬「そうかもしれない」
近衛「今日は守備で悪い点が見つかりすぎだ……逢瀬、俺たちが勝たせているんだ。そういう意識をもて……サッカーではゴールは褒め称えられるがディフェンスは評価されない。ゴールにならないプレーが当たり前だからだ。ボールは失って当たり前、シュートは外れて、セーヴされた当たり前だとされる。だがその確率を上げる努力は必要だ。僕たちは100パーセント阻止を目指さなければいけない」
逢瀬「ああ」
近衛「これから準決勝決勝と絶対に強者と戦うことになる。そのときチームに『安定』をもたらすのは守備だ。だが俺たちだけじゃ守りきれないよな。全員で守ってこそ普通の守備だ。それがまだこの大会ではできていない」
逢瀬「ああ」
近衛「失点しさえしなければ前の連中がどこかでゴールを奪ってくれる。監督はまだ攻撃についていくつか切り札を残している」
逢瀬「そうだ」
近衛「青野監督は攻撃に重きを置きすぎる。僕を使っていることは評価できるが」
逢瀬「もちろんそう思うよ」
近衛「これで5試合1失点だ。この大会で僕たちの『盾』を貫ける『矛』はもう存在しない。一昨日のミニゲームは攻撃が有利にすぎる。倉木がいる日本ですら僕たちなら封殺できる。矛盾なくディフェンスの僕たちが勝れるんだよ」