試合後の会話
サポーターへの挨拶を終え日本選手が屋内へ引き上げる。
ロッカールームの前に観葉植物が置いてあるなと思ったら立ってる大槌退だった。
「大槌邪魔」
「邪魔ってことはないだろ……なんか変じゃないか?」
「お前の髪か?」
「うっせー人のファッションにケチつけるなしよ……試合中のことだ」
「ついさっき終わったベスト8日本対ウズベキスタン、2対0で日本が勝利しアジア選手権の決勝と同じスコアで完勝してみせたあの試合のことか?」
「誰に説明してるんだ?」
「日本の至宝鹿野様が2試合連続で先制点をお決めになりましたな」
「そのネタつまんないからやめろしよ」
「2点目は完璧に崩して鮎川がゴール、俺がアシスト」
「あれはいい攻撃だった……でも俺が言いたいのは……」
「やたらぎすぎすしてるって?」
「そんな雰囲気だったろ? チームが勝ち上がっていってるのに口喧嘩してばっかりだ」
「今日勝って残り2試合……普通チームは盛り上がるもんだよな」
大槌は怒った口調で。「そうだ。あと2試合で世界一なんだ。なのに近衛も逢瀬も、あと佐伯もお前もチームメイトに要求が多すぎないか? ピリピリしすぎだろう」
俺は問いかける。「今日は楽勝だったよな? スコアこそ2対0だが全然負ける気はしなかった」
「ああ」
「だからこそなんだと思う」
だからこそチームメイトに罵声が飛んできたのだと思う。
「何が『だからこそ』なんだ。リードしていてしかも相手の反撃は怖くなかったんだ。途中から流したって何も問題ない……」
「それがあるんだ」
「どんな?」
「説明するとけっこう長くなるよ」
「してくれよ。じゃないと納得できない」
俺はベンチに座る。
「……じゃああるゲームを想像しよう。設定はこうだ。24チームが参加する大会がある。4チームずつ6つのグループにわかれ予選リーグが行われ……まぁ要するにこの大会のことだ。そいで16チームで勝ち抜きトーナメントをやって優勝チームを決める」
大槌もむかいのイスに腰かけた。
「うん」
「プレイヤーの目的はあるチームの優勝を止めることだ。面倒だからAチームとでも名づけよう。Aチームは24チームのなかで1番強い。どのチームと対戦しても7割8割は勝てるくらい強いとしよう。そのAチームを敗退させればプレイヤーの勝ちだ」
「……つまんないゲームだな」
「黙ってきいてろ。プレイヤーは他の23チームの実力を知らされていて、かつグループリーグやトーナメントの組み合わせを自由につくれる」
「Aチームと対戦するチームを選べるってことだな」
「そうだ。プレイヤーがいじれるのはその『組み合わせ』だけだ。競技はサッカーだからね。じゃあ大槌ならAチームをどうやって敗退させる? 1番負けさせる確率が高い攻略法があるんじゃないか?」
「なんか後出しで納得できない攻略法言ってきそうだしよ……そうだな。この大会と同じ形式なら、まずグループリーグで敗退させることは難しいだろう。3位でも可能性があるんだから……。選手は疲労するのか?」
「なるべくリアルに考えるからね。もちろん選手は試合に出れば疲れるよ」
「じゃあグループリーグは……5番手から7番手くらいの強さのチームと当てて、Aチームの選手を疲れさせるくらいのことしかできないな」
「決勝トーナメントは? 4試合ある」
「疲労度を考えるなら4番手3番手2番手1番手って順で当てることになるかな。あ、もちろんAチームと戦うチームは雑魚とあててなるべく疲れさせないよ」
「それが答えか? ブッブーだ」
「やっぱり」
「俺なら、Aチームに強者を当てるのは準決勝、決勝まで待つね。それまでは雑魚としか戦わせない」
「……なんでだ?」
大槌は納得していない。
「いいか、なるべくリアルに考えるんだよ。Aチームは準決勝までの5試合楽に勝ち進むことになる。点差をつけて、ほとんど相手の攻撃に脅威を覚えないで……わかるだろ?」
「経験値が足りなくなるってことか? それに油断もある」
「そうだ。そして準決勝、決勝で戦う相手にはそれまでに強いチームと戦ってもらう。というかそのブロックに強いチームを複数配置すればいいだけでどのチームがAチームと戦うことになってもかまわない。激戦というか死闘というか、そういう試合を経験したチームが腑抜けたAチームと戦ってもらう。2試合あればどっちかは負ける公算が高くなるんじゃないか……っつう答えだよ。異論は聞かん」
「聞けよ……大会を通しての経験値か」
「おわかりだろうけれど、そのAチームっていうのは日本代表のことで、ついでに俺の攻略法っていうのは今まさにこのチームが陥っている状況のことだ」
「確かに……ウズベキスタンは歯ごたえがなかった。攻撃型のチームだがろくにチャンスをつくれなかった。守備はちゃんと練習してるのかってレヴェルだったしな」
「ウズベキスタンもそうだがナイジェリアもそうだ」
「ナイジェリアは2カ月前に監督が更迭されたことも影響していたのでしょう」
と有村。
「そうだったのか知らんかった。雑魚認定するのもどうかと思うがトリニダード・トバコから3試合連続で実力があれなチームとぶつかっている。俺の攻略法そっくりな組み合わせになってると思わないか?」
「でも準決勝はウルグアイだ」と大槌。
「弱いはずがありません」と有村。
「そりゃもちろんトーナメントで勝ち上がってきたんだからこれまでで最強の敵に決まってらぁ」
「『らぁ』とか古」
「うるせえ大槌。大槌は代表ずっと選ばれてるからわかるよな。このチームはこれまでずっと順調すぎたんだ。まぁ俺をはじめいい選手がそろっていた」冗談ではなく。「公式非公式問わず試合で負けることはほとんどなかった。ドイツやメキシコ相手にも戦っているのに。青野監督は全国からいい選手をどんどん補強してきたし、アジア選手権でも苦戦なんてしてこなかった」
「チームとしてこの2年間停滞したことはなかった」
「そうだ。そしてU-17チーム最後の大会だ。このチーム最初の『壁』が準決勝、決勝に用意されているかもしれない。日本より格上といえるチームがまだ残っているかもしれない」
「……そうなったときに対応できるか……」
「お前は多分準決勝出番ないだろう。決勝のことだけ考えてればいい」
大槌は不安そうに。「つまり逢瀬や近衛が口やかましかったのは、お前と同じ考えに至っていたからなのか? 楽勝が続いたことでチームに苦戦した経験がないことがまずいって?」
「みんな口にはしてないけどわかってる奴はわかってる。みんな勝ち上がった喜びよりチームが停滞することを恐れていたんだろう。だから試合中味方のミスに厳しかったんだと思う。つうか喧嘩かっつーレヴェルだった……ところで有村いつからいたんだ?」
「大槌さん、準決勝は僕らに任せてください。一緒にファイナル戦いましょうね」
「なんか敗退するフラグっぽい台詞やめろ」