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近衛類の殺し方

 試合の前々日。


 午後の部の最後のメニューはミニゲームだった。

 青野監督からルールが伝えられる。



 人数/6対6。

 フィールド/縦35メートル、横30メートル。

 選手交代/コーチの指示で交代する(ミニゲーム中何度もフィールドをでたりはいったりすることになる)。出場する選手がAチーム(そのまま)、Bチーム(ビブス着用)どちらにはいるかは監督が決定する(1人の選手が両方のチームに出場することもありえる)。



 青野監督はトレーニングを始める前に選手たちにその練習の目的を話す人だった。


 このミニゲームの目的は。「狭い空間にフィールドプレイヤーが10人ひしめくことになる。状況判断が何より大事だ。ボールがくる前の動きだしで勝負が決まる。そしてドリブルで運ぶことは難しい。パスをつないでシュートで攻撃を終わらせたいね。この距離だとミスが即失点につながる。……たくさんゴールが生まれるゲームになることを期待しているよ」


 というのは建前で。「ウズベキスタン戦までの練習メニューのなかでこれが1番ハードで、それに実戦に近い内容のトレーニングになる。つまり、スターティングメンバーを決めるためのオーディションってわけだね。みんな気張っていいとこ見せてよ」


 とかいいつつも本当は別な思惑があったりする。「そうか、倉木は気づいちゃった? 攻撃についてばかり説明しちゃったもんね。このミニゲームは主に2人の選手のために行っている。逢瀬と近衛だ。これまで4試合でわずかに1失点というこのチームの堅守を支えてきたのはこの2人のセンターバックだろう。このミニゲームでこの2人からゴールを奪って欲しい。逢瀬と近衛から本気を引き出して、そのうえでシュートを決めて欲しい。君たち2人は強すぎる。世界大会だというのに守りに余裕がありすぎる。余裕があるということは」


 油断という最強最悪の敵を心中に生み出してしまうということだ。

 トリニダード・トバコ戦といいナイジェリア戦といい相手が正直弱すぎた。

 そんな試合を経験してしまえば、あの2人の勘も鈍ってしまうというもの。

 だからこそ青野さんは他のチームメイトを使ってあの2人の本気を呼び起こそうとしていた。

 もうわざわざ言葉に表す必要もないだろう。あの2人こそが日本の生命線。

あの2人が言ったように「相手の攻撃は完封してやるからお前らは90分で1点獲ればいい」、それはある意味で正しい。

 だからこそあの2人を最高の状態で試合に出したい。




 ……ミニゲーム開始から10分が経過。

 逢瀬と近衛が2つのチームにわかれている。

 逢瀬がビブス組、近衛がビブスをつけてない組だ。こうなるとなかなか点がはいらなくなる。縦30メートルのこの狭いフィールドでのミニゲームならば、ゴールが量産されてしかりだというのに、この2人のセンターバックは本当に良く守っている。

 俺は先発出場していたのだが、5分ほど前に志賀と交代し今は試合を観ている。

 志賀は苦戦しているようだ。ドリブルで1人かわしてもこの狭いフィールドでは次の選手が襲いかかってくる。それに今相手チームには逢瀬がいる。



 志賀がゴールまで真正面、15メートルの距離からシュートフェイント(キックをストップしドリブルにつなぎ)、逢瀬を抜こうする。だが逢瀬はお構いなしだった。相手がキックモーションにはいる前に懐に飛びこんでいた。ボールを奪い志賀をなぎ倒す。



 逢瀬が生来有していた瞬発力、反射神経。それに今は相手のプレーを読む予知能力が加わっている。志賀じゃ残念ながら相手にならない。

 一方近衛は。



 ビブス組の古谷が最前線に位置する水上にシュート性の縦パスを送る。このスピードならインターセプトされない、水上ならコントロールできるはず。……しかし水上の背後にいた近衛があっさり前に回りこむ。下がってきた木之本につないだ。



 近衛は眼の前の水上ではなく10メートル前方の古谷と勝負をしていた。マークしながらルックアップし水上へのパスをことごとく狙い撃ちにした。こいつがマークしている限りFWはボールに触れることすら難しい。

 ……俺の隣に立つ左沢が言った。

「ここまであの2人ばっかり目立ってる。こういうミニゲームじゃ逢瀬も近衛もはっきり実力見せつけてきてるじゃねえか」


「ああ」


「センターバックだからはっきり数字には現れにくいが……あいつらがいなかったら準々決勝に残れたかもわからなかったんじゃないか。このままじゃベストイレヴンどころか大会MVPもあいつらのどっちかになるんじゃねぇの?」

 お前じゃなくて、と余計なことをつけ加える左沢。


 逢瀬と近衛が俺たちと違うステージに立っていると?

 そう左沢は思っているようだ。あの2人は数少ないフル出場選手、ミスらしいミスをまだ見せていない。守備だけではなく攻撃でも能力を発揮している。



 非ビブス組の織部がこぼれ球をひろった。ドリブルで駆け上がり、GK丹羽の前のスペースにスルーパス。鹿野がスライディングであわせようとしたが、守る逢瀬が追いこし先に触れクリア。


「な、やるだろあいつ。鹿野が先に反応して、しかも近かったのにぶち抜きやがった。あんなDFプロにもいねぇ」と左沢。


「逢瀬に肩入れしてんのか?」


「あいつも俺もどっちかっつうと『雑草』だからな」


 逢瀬はまだ高校サッカーで全国大会未出場、左沢は2部クラブのユースチーム所属。

「あいつは試合でれてんじゃん」


「そこいうなよ……まだ時間はあるんだろうな」


「ああ……この試合でスタメン決まるんじゃねえの」俺はにやけながら言った。


「そうだろう。青野さんはあんまりハードなメニューは組まない。選手にとってアピールできる貴重な場面だ。みんな真剣な顔してんぜ」

 プレーしている選手も、周りで観ている選手も。

「倉木はどう思う、このメニュー……」


「俺だって馬鹿じゃない。ゴール周辺でパスがもらえないのは、フィールドプレイヤーにボールをもらうための動きを徹底させたいからだ。そいでこの狭いフィールドで10人なんだから攻守の切り替えも多くなる。2手3手先を読まないとボールがつなげない。そいでもって現状ゴール前で逢瀬と近衛が守ってんだ。攻略は楽じゃ……」



 ビブス組の攻撃。

 古谷が勢いよく下がっていく(4手ですぞ! 4手で仕留める……)。

 逢瀬から古谷へ。

 逢瀬をマークしていた選手が古谷に詰める。

 古谷から左横の逢瀬へリターンパス。

 逢瀬が左サイドを上がった。あわてて選手がドリブルを止めにいく。

 逢瀬はサイドラインをなぞるような縦パス。

 鮎川がここへ流れていた。(フリー! ここからカットインでミドルシュートを狙えるわ!)

 しかし近衛が読んでいた。鮎川の前に立ちはだかる。

 鮎川は体を倒しながらボールをこするように蹴る(ドリブルじゃ手詰まり。近衛がここまで上がってるなら)。

 ゴール前が空いている。

 水上が右後方からボールに追いつく! しかし後方から選手が迫ってきた。

 スリータッチならシュートコースを塞がれる。

 しかし水上なら。

 ツータッチで撃てるはず。

 水上は柔軟な足首でボールの勢いを完璧に殺した(GKがでてくる)。

 回りこまれる寸前、水上はGKにむかって右足をふりぬいた。

 GKは自分にむかってくるシュートを予想しただろう。身を固め体で弾こうとする。

 が、

 アウトサイドループシュート。

 こすりあげたボールが宙を舞いゴール右隅に決まる。

 憮然とした表情の近衛。

 水上が鮎川とハイタッチ。

 決められたマルコーニはゴールポストをド突いている。コーチに試合の再開を早くするよう怒られていた。



「倉木の発言フラグだったな」と左沢。


「いやー決まると思ってたね。水上はいつかやる奴だと思ってたよ本当」


 他の選手にもミスがなかったわけではなかったにせよ、近衛は鮎川→水上のパスを止められなかった。


 これでようやく近衛がDFとして敗北を覚えてくれた。

 敗北がなければ選手として人間として成長できない。


 次は逢瀬の番だ。





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