倉木一次その1
倉木一次(くらき・かずつぐ)
所属チーム/ガンズ大阪ユース
適性ポディション/センターフォワード・ウィング・トップ下・ボランチ
背番号/10
利き足/右
学年/高校2年
出身地/大阪
身長/175cm
体重/69kg
呼称/クラ・カズなど
前半4分。
現在日本ボール。
左サイドバックがハーフウェーライン上から相手ディフェンスラインの裏を狙うボール。
前をむいたFWに通れば、というパスだ。左のインフロントキックで精緻な弾道を描く。
だがアルゼンチンのDFがヘディングでクリア。完全に読まれていた。
高いボールをアルゼンチンのMFがコントロールできない。相手のトラップミスを日本のボランチがさばく。ワンタッチで右にいる味方へ横パス。さらにその選手から右サイドを走るサイドバックへ。右へ右へとボールが流れる。
アルゼンチンは日本のボール回しに難なくついていく。ドリブルを選択しかけた日本のサイドバックは、一端ボールを下げた。
サッカーとはゲームであり、ゲームに参加することとはプレーすること。プレーすることとは……。
ゲームで勝利を目指すことと同義だ。
勝利を目指す……つまり相手のやり方につきあうのではなく、自分の意志で、自分の選択で、先手を打って勝利を指向したサッカーをすることだ。
俺はボランチ。絶妙なパスで味方を動かし好機をつくる、それがボランチといわれる役割の仕事。本来シュートを放つ役割は課されていない。
だが俺の本職はFW、そのことは青野監督だってわかっているはずだ。
青野監督は俺のサッカーに二面性をあたえてくれた。
「中盤でプレーする以上普段はつなぎ役に徹し、究極の場面がきたらドリブルで、あるいは味方を追いこす動きで最前線へ走りこみ、ゴールを奪ってくれてもかまわない」
サッカーにおける究極の場面。それはシュートシーン。
1人の選手のテクニック、身体能力、判断力によって貴重な得点がチームに与えられるか否かが決まる。
決定力。これがサッカー選手のすべてとはいえないが、もちろんあるにこしたことはない。
この試合、日本がチャンスを量産することはきっとないだろう。中盤の俺にあたえられたチャンスは1度か2度。
そのすべてを相手ゴールに叩きこむ。
……右サイドバックからのバックパスをセンターバックが受けようとする。
アルゼンチンの長身FWがボールを追いかけてきた。
長い距離を走っている。日本にボールをつなげさせたくない。雑なパスをださせたい。
ボールを後方の味方が奪えばそのままDFの裏を狙いにいくはずだ。
FWがジャンプすると同時に大きく蹴りだす。
その直後に軽い接触があった。笛が鳴り日本のプレースキック。敵陣からボールがもどされる。
主審はアルゼンチンの9番に注意をあたえられた。まだ落ち着いている様子。悪意のあるプレーではなかった。ファウルを受けた日本のセンターバックも平常心のままだ。
……話には聞いていた。これがアルゼンチンの守り方なのだ。
アルゼンチンは『ボールを守る』。ボールを支配していれば失点を心配する必要はない。
だから日本ボールになれば速やかに奪い返しにいく。
アルゼンチンの選手はみんな走る。その走力でボールをもった選手にプレッシャーをかける。パスコースをふさぐとかそんなんじゃなくて、全力で潰しにいってくる。
タックルやチャージといったファウルぎりぎりのプレーが混ざることは予想していた。なんたって俺たちが今対戦している相手はアルゼンチン。連中にとって『マリーシア』は選択肢の1つにすぎない。
……蹴るのはファウルを受けたそのDF。このチームのキャプテンでもある。
ボールが置かれたのはフィールドのやや右寄り、センターサークルの約10メートル後方。
キャプテンが蹴る前に俺はポディションをあげる。首をふって味方の位置を確認。
前方に志賀の姿があった。
こいつは右ウィングのはず。
位置取りが中央すぎる。自分とポディションが被っている。どうしてもボールにタッチしたいようだ。
このままでは中央に人数が集まりすぎてしまう。そして指示している時間はない。
俺は志賀から離れ右寄りのポディションに移動する。
その時だった。ゴールの匂いを嗅いだのは。
キャプテンが改めてボールを縦に送る。左サイドのFWを狙ったキックだったが、やや後方で控えていたアルゼンチンDFが駆け寄って高くジャンプ。ヘディングでクリアした。
だがタッチを割ってはいない。
弾んだボールが上がっていた左サイドバックの前に。
センターフォワードがパスをもらいに近寄る。よりゴールに近い志賀という選択肢もある。
離れた位置にいるサイドバックと俺は思考をシンクロさせる。
((志賀はない。囲まれる。出すなら大きな展開。右に開いた倉木に)俺に)。
左サイドバックはなんとボレーでサイドチェンジ。
浮いた球をダイレクトで蹴る。相手の対応がワンテンポずれる。
(すべての味方がペナルティエリアから離れる動き。ドリブルするスペースができる)。
志賀が頭をさげてボールを避ける。俺の足元に。
(アルゼンチンのDFがパスを追いかけてきた)。右足でボールが飛んできた方向にトラップ。DFとすれ違いになるかっこうでかわす。
(『究極の場面』! いきなりすぎる)。
残る敵はただ1人。真っ向に勝負。「決めろ!」
決めるさ。左足にもちかえ右斜め45度から侵入する。
シュートを撃とうとするも粘ってくる。
まだエリア内じゃない。相手はファウルでもいい。カードでもいい。
(俺が決めるんだ)。
右腕を掴まれた。俺も右腕を使う。
使うのはシュートのため。相手の引っ張る力を利用し後ろに回りこむ。
3人目が視界の左に見えた。相手はお前じゃない。
キーパーだ。
左インフロントキック。軸足前に置いたボールを蹴り抜けた。破裂するような音を耳にする。
俺は倒されながら前方を睨んだ。ボールは横に跳んだキーパーの手に弾かれ転がる……。
「やっぱりそうだ」と俺は口に出す。
転がるボールはやがて勢いを失う……。
「最強は俺だった」
ボールは優しく、ゆっくりとゴールネットの内側に包まれた。アルゼンチン選手が棒立ちになる。
日本
1 - 0
アルゼンチン