青野健太郎その4
(前半28分)
解説「……ナイジェリアのダブルボランチを日本は上手くかわしてますね」
実況「はい」
解説「右中右とボールがよく動いています。今日も木之本がよく攻撃に顔をだしていて……ボランチの倉木が右に流れてサポートしています。代わりに右ウィングの志賀が中央なのかな」
実況「なるほど……青野監督の采配ですね」
解説「あえて右に攻撃を偏らせているようですね。ナイジェリアは守備に回ってしまって左サイドからカウンターがしかけられていませんね。前に残っているのはサロ=ウィアと10番だけになってる……」
実況「さあここは鹿野にボールがはいった。しかしボールを奪われます。クティにパス。クティは前を見て長いボールを選択、ですがこれはあっさり日本が奪い返します」
解説「近衛選手、簡単に奪ったように見えますが相手選手との駆け引きがあったようですね」
実況「どういうことでしょう」
解説「えー、あえて足を止めることでボランチに裏に入れるパスを狙わせたんですね。ボランチとは40メートルくらい離れた位置にいるんですけれど、近衛選手は相手にロングボールをいれさせてインターセプトを狙っていた感じです。サロ=ウィアからしたら『空気読めよ』ってプレーです。今も味方にめっちゃ怒ってますよ……」
前半43分。
可変システムは遅い攻撃の場合発動する。
複数のポディションをこなせる選手が多い日本だから採用できる戦術。俺が右ウィングにはいり志賀が中央トップ下の役割を果たすことになる。有村は中盤の下がり目でバランスをとっていた。
ゾーンで守るナイジェリアのボランチは守りにくそうにしている。だが中盤を突破しても実質5バックの最終ラインは硬い。同じ人海戦術でもトリニダード・トバコよりずっときつい。
日本が右から攻めている以上、せっかく深い位置にまで戻っているナイジェリアの左ウィングは守備にあまり参加できていない。青野さんのプランが相手を上回ったということだ。
サロ=ウィアはまだほとんどボールに触れていない。近衛がことごとくボールをカットしている。
ナイジェリアのカウンターは怖くない。
では相手にボールをつながれた場合は……。
FWが守ることになる。
直接ではないにしろ失点の要因になってしまうのが前線からの守備。守備ができるFWなんて「攻撃で貢献しろ」と一蹴するのが多勢の意見だが、ボランチをしている今の俺にはわかる。守りで走れないFWなんてベンチにもいらない。
ナイジェリアのDFが低い位置でボールを回す。
右サイドバックからセンターバックにバックパス。
鮎川がつっこんでいく。
鹿野がそれをフォロー。
プレッシャーを感じたDFは左にサイドを変える。
志賀がチャレンジしかけたが(インターセプトを狙いかけたが)ここは奪えない。左サイドバックにパスが渡った。志賀が対面。
(前線ではサロ=ウィアが左斜めに裏をとる動きを見せている)。だが志賀が前をむかせない守備、長いボールはいれさせない。
結局左サイドに張ったクティにパス。この選手には俺がつく。
クティの逃げるようなマイナス方向へのドリブル。こいつがボールをもっているならどこまでも喰いついてやる。
(中で4番のボランチと10番のトップ下がパスをもらいにきているが、それぞれ有村、佐伯がパスコースを消すポディショニング)。
結局またサイドを変えるナイジェリア。クティは右サイドバックに長いボール。そこには日本の選手がいなかった。
結局ナイジェリアは右サイドを使った攻撃。背番号13が深い位置からロングクロスをいれてきたが、もどっていた右サイドバックの木之本が長い足でクリア。まったくゴールの臭いのしない攻撃だった。
前半アディショナルタイム。
ボールをもった逢瀬が相手選手にファウルで止められた。
その判定にナイジェリアのスタッフが抗議する。試合が止まり主審ともみあいになっている。
そんな光景を横目に日本の選手が集まり話をする。
「想定通りだな」と佐伯が俺につぶやく。
ドリンクボトルを置いた俺はうなずく。「鹿野は守備のときは言うことを聞く奴だ」
鹿野はベンチ前で監督に呼び止められ指示を聞いていた。あんな粗暴な性格をしているのに青野監督に対しては馬鹿に素直なのだ。
「ナイジェリアボールのときは青野監督がコントローラーを握ってるようなもんだ。前からいくか、下がってスペースを埋めるか、パスコースを消しにいったり奪いにいったりも青野さんがすべて判断してる」
「樺地ばりの従順っぷり」と俺。
「今日の試合ではあえて日本の左サイドに攻撃を集中させているんだ。1対1に激強な樋口のいるサイドだし、木之本は今みたいにゴール前のスペース埋めるのが得意だから」
「だから鹿野にあえて隙をつくる守り方をさせてるんだな……本人は理解できてるかわからんけど……いやぁ青野さん可変システムといい左サイド誘導といい名将だね。先手先手でナイジェリアの動きを縛っている」
「あとはこっちが先制するだけだが」
「それができりゃ苦労はしない」
前半は0対0のまま終了。日本のほうがシュートは多かったが、もちろんそんなデータには記録に残らない。誰の記憶にも残らない。
必要なのはゴールという如実な結果だけだ。