情報漏洩
「まぁこっちにきてからずーっとサッカー漬けなわけじゃないよ。意外にも」
「意外にも」
「オーストラリアは観光強いからね。練習の合間をぬって動物園行ったり機関車乗ったり買い物行ったりしてるよ」
「……いったい何しに行ってるの?」
「サッカーだよ。他にもペンギン見に行ったりタスマニアンデヴィル捕まえに行ったり、あとは乗馬したりオージーフットボールしたりビーチ行ったりしてるよ」
「完全遊びじゃない」
「半分嘘なんだけどね」
「どれが嘘でどれが本当?」
「ところで栞さん」
「何?」
「こんにちは」
「こんにちは。調子はどう? ナイジェリア戦はフル出場できそう?」
「それは青野さんが総攬するところだよ。青野さんの管理、青野さんの構想、青野さんの政権なんだから」
「監督の人かぁ。どんな人?」
「とってもいい監督だ。国籍が違ったらビッグイヤーの1つや2つ獲っててもおかしくないよ」
「……『ビッグイヤー』ってすごいの?」
「とてつもなく。青野さんのことは一度も疑ったことがないよ。あの人はサッカーについて間違えない。ナイジェリアのこともとっくに分析済みだろう」
「弱点を見つけたり注意する選手を見つけたり?」
「注意する選手なら決まってるよ。サロ=ウィアっていうFWが3試合で6ゴール奪ってる」
「……1試合平均で2点」
「そいつ以外の選手も2点奪ってるからここまで3試合8得点。でも失点も6だ」
「わかりやすいくらい攻撃寄りのチームだね。どんな感じになるかな」次の試合は。
「そこをコントロールするのが青野さんだよ。試合をつくるのは選手だけど、試合が始まるまでに頭をひねるのは監督の仕事だ。有村が言ってたことだけど、日本は基本的にアフリカ勢に相性がいいそうだ」
「また有村さん?」
「あいつのほうがサッカー詳しいんだ。相手の身体能力は確かに脅威かもしれない。だけどそれだけじゃサッカーには勝てない。日本人の生真面目さ、集中力の高さ、協調性はサッカーによりむいているはずだって。それにこのチームの攻撃志向、走りまくるサッカーは相手にとって相性が悪い」
「なるほど……それに試合観ていても……相手がなかなかチャンスをつくれていないよね。守備が上手いの?」
「上手いなんてもんじゃないよ。練習で対戦するたびあの2人が敵じゃなくて良かったと思わされてる」
「あの2人っていうと……センターバックの2人か。確かキャプテンの逢瀬さんと金髪の近衛さん」
「練習と実際の試合じゃ違うけど……能力はうちの」ガンズ大阪の。「レギュラークラスと遜色しないよ。17歳にしてね。どっちもマジで10年に1人のDFだと思う。あの2人がいるから安心して他の選手も攻撃参加できるんだ。シオは……」
「何?」
「こんなこと聞いてて楽しいの?」
「楽しいよ。カズ君が話してて楽しそうだし」
「じゃあ続ける。スポーツっていうのはなんでも対戦相手があって成り立つものだろ。試合中は頭を使って相手を騙すことを考える。駆け引きといえば聞こえがいいけど、いくらでもルールにのっとっているなら卑怯な手は打てる。というか審判の眼のとどかないところでならなんだって起きるものなんだ。なんたって世界大会なんだから勝つためにはなんだってしてくるだろうしこっちだってなんだってするよ」
「なんでもって言ったって……」
「サッカーは特にそういうスポーツなんだ。青野さんの方針として日本はその手の卑劣な真似はしないことになってる。でもそれは、主審に『日本はそういうことをしないいいチームだ』と思わせたいからなんだ。主審を味方につければジャッジで救われるときがあると思う」
「なるほど……」
「日本はなるべく『ベビーフェイス』を演じたいわけ。あー、もっと話したいことがあったけど時間ないや」
「もう練習始まるの? それとも本当にどっかに出かけてる?」
「大会中は遠出したりはしてないよ。……あのさ、シオは勉強できるよね。教えてもらいたい教科あるんだけど」
「学年1つ下なんだけど……」
「成績が学校からクラブに伝わってるみたいでね。こっちにも参考書持ってきて時間見つけてやってるんだけど」
「誰かに教えてもらったら? 勉強できる人いるでしょう?」
「そこはプライドがあるから」普段偉そうに接してるチームメイトには聞けない。
栞は心底嫌そうな声で。「うわー面倒くさぁ。自分でなんとかしたら?」