逢瀬博務その5
後半31分。
なんでもないゴールキックだった。
相手ボールになったため日本の陣形が見て取れる。左沢が残った3バック。右サイドに志賀、左サイドには大槌に代わってはいった織部。中央に佐伯、有村。古谷は高い位置に残った鹿野、鮎川のすぐ後ろだ。
ゴールキーパーが大きく蹴りだす。
トリニダード・トバコのFWが前をむいて走り始めたとき、マークしていた逢瀬は一歩反応を遅らせた。
ベンチの俺は気づく。これはわざと……。
FWは長いストライドの走りから飛びだしたマルコーニの横を狙ったジャンピングシュート……。
だが追いついた逢瀬がシュートをブロック。湧きかけたスタンドはため息に包まれた。
逢瀬はわざとシュートを撃たせた? ベンチにいる何人かは気づいた。
逢瀬と近衛が口論をしている。『守り方』についてではなく、『判断』についてだ。
CK。
トリニダード・トバコの選手が集まってきた。
前に残るのは……青野さんが指示をだす。「1人!」志賀だけだ。
トリニダード・トバコのCKはこの試合初めて。それどころかさきほどのシュートが1本目のシュートだった。
トリニダード・トバコは勝利を諦めていない。ここで1点を奪いさえすれば……。
だが高いボールは日本の壁に阻まれる。
跳ね返ったボール、相手選手がトラップ、しかしこれが大きい。有村がすぐ前へ蹴る。
下がってきた志賀を狙っていた。志賀は右横に走っていた逢瀬へパス。
みるみる加速していく。ドリブルする逢瀬に相手は追いつけない。味方さえも。
2対2だ。だが足元からボールが離れないドリブルで逢瀬は後方の2人を引き離す。
1対1に。
これがセンターバックの攻め上がりか?
もうシュートレンジだ。GKがじりじりと前に。
ループを狙えるような器用さはない。逢瀬は。
(左横の志賀が両手でパスを要求)。
逢瀬は。(もう他の誰も信用しない。俺が決める)。
逢瀬は全身をひねり最速のミドルシュート! GKの頭上を狙っている!
見るより前に音で結果がわかった。ボールがクロスバーにあたり跳ね返された。
マジで呪いにでもかかっているのか? どうしてもシュートが決まらない。
自分にむかって飛んでくるボールをGKウィリアムズがつかもうとする。
(すごいシュートだ。決められたと思ったが、幸運はまだこちらにあったようだ)。
(……まだ奴はあきらめていないのか? 俺はボールを見失ってなどいない)。
(ジャンプの邪魔をするでもない。しっかり助走して跳んでいる)。
(わかっていないのか?)
(わかっていないのか? 俺は唯一手が使える『ゴールキーパー』で)。
(お前は『フィールドプレイヤー』なんだ。そのお前がなんで?)
(なんで俺より先に頭でボールに触れてやがる……!)
決勝点となったシュートを放った瞬間、逢瀬は確かに空中で静止し、ボールをゴールライン上に叩きつけていた。
日本
1-0
トリニダード・トバコ
(試合終了)