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最強プレイヤーが代表チームを率いて世界一を目指す話(旧題/日本サッカー架空戦記)  作者: 三輪和也(みわ・なごや)
グループリーグ第3戦/臥龍
50/112

倉木一次その4

 俺にあたえられた時間はわずかに45分。

 何事もなければ青野さんは俺をハーフタイムにベンチに下げるそうだ。



 45分間ならペース配分も何もない。全力で飛ばしても前半だけなら体力はもつ。消化不良のまま交代されることは避けておきたい。



 俺はこの限られた時間で何をしよう。これまでの2試合とは意味合いが異なる。

 トリニダード・トバコは比較的組みしやすい相手だ。前半のうちにリードを奪い有村にバトンを渡したい。

 6対0、3対0というこれまでのスコアが物語るようにトリニダード・トバコは強くない。人数をかけて守ってもあの2チームの攻撃には耐えきれなかった。日本戦も同じような展開になるのではないか。


 ……あれこれ試合前に考えても仕方がない。青野監督が前半だけだというのならば受け入れよう。いつものように勝つことだけを考えるべきだ。


 日本のグループBの首位通過はほぼ決定的である。だからといってこの第3戦が無意味なものではない。この試合の内容は決勝トーナメント以降に間違いなくつながっていくはず。

 この試合がチームにとって良い流れをつくるのか悪い流れをつくるのか。青野監督は選手の内面を観察してくる。弱い相手だからといって手を抜くような輩はベンチに追いやられるだろう。

 人数をかけて攻めこむ日本、それに対し9人10人で守るトリニダード・トバコ、そんなイメージができている。シュートを撃たせまいとペナルティエリアに相手選手が集まる。それでもワンタッチ、あるいはダイレクトでパスを回せれば引いた守りを崩せるはずだ。


 あるいは現実は想像を覆すのかもしれない。

 敗退濃厚なトリニダード・トバコは格上の日本に対し守りにはいろうとせず、人数をかけて攻めあがってくる、そんなパターンもありえるわけだ。



 試合前に有村が言っていたことを思い出す。

「『模倣衝動』ですよ。これまで対戦してきたセルビアとアルゼンチンはパス回しでトリニダード・トバコからゴールを奪ってきた。やられた側のトリニダード・トバコも考えるわけです。あっちがパスを回して攻撃してくるなら自分たちも同じことをやれるはずだって。けれど……」


「そう簡単にパスサッカーは実装できない」


「あちらの監督はイギリス人です。もちろんそういうサッカーを教えようとはしていますが、就任2年でどこまで選手たちに身につくかは疑問です。大陸予選では現実的なサッカーで勝ち上がってきましたし」


「現実的なサッカーっつうと?」


「FWとトップ下を走らせるロングカウンターです。俊足の2人に任せきりのサッカーになってしまいますが、速攻ならDFの背後に広大なスペースがありそのスピードが活きるんです。ゴールを奪うにはいたっていませんでしたが、アルゼンチン戦もセルビア戦もそういう流れのなかでチャンスはつくっているんです。逆にいえば遅い攻撃じゃそのスピードが活きませんから」


「スペースがなければドリブルをしかけられないってことだな」


「そうです。でもアルゼンチン戦の終盤などには、FWの選手が不自然に攻撃を遅らせて味方の上りを待つシーンが多かった。でもチームメイトとの連携が上手くいかない。悪い形でボールを奪われてアルゼンチンにチャンスをあたえるばかりだった。トリニダード・トバコの監督もベンチで怒ってましたよ」


「生半可な真似事をするよりは、自分たちのサッカーを貫いたほうが良かったってことだな」


「『模倣衝動』は日本戦でも再発するかもしれません。そうなったときはむしろ日本のチャンスになると思います」

 以上説明終わり。


 そうなったとしてもうちの2人のセンターバックが難なく守りきるだろう。アタッカーのクォリティはあきらかにこれまで戦った2チームのほうが上だったから。




 で、試合開始。

 有村の言うとおり『模倣衝動』の面影はあった。

 1トップとトップ下の2人だけでは単純な攻撃しかできない。3人4人が連携をとらなければ日本の固い守りは崩せないのだ。だから後方の選手が攻め上がる。

 トリニダード・トバコは攻撃意識が高い。だがその志向は日本にとって隙でしかない。

 日本のFW、それにボランチはボールを奪われても自陣にすぐに引き返さない。守備意識が低いというわけではない。

 相手の攻撃が上手くいかないことを知っているから。

 日本の守備陣がすぐにボールを奪い返すことを知っているからだ。



 前半3分。

 トリニダード・トバコの選手がタッチの大きくなった逢瀬からボールを奪う。


(相手陣内で前をむいた、だが今は前に味方が1人もいない。チームメイトが上がる時間をつくらなければ……!)


 だが横に逃げるその選手のドリブルを逢瀬と俺が倒れながら止める(逢瀬の穴は佐伯がふさいでいた)。相手は2秒もキープできない。

 中央に転がったボールを古谷が拾いそのまま1時の方向にスルーパス。

 残っていた鹿野が反応。だがシュートはDFにあたり外れてしまった。



 トリニダード・トバコは日本からボールを奪ってもアイディアがない。前の選手がボールをもてない以上、MFが日本陣地にむかって走っても無駄になってしまうのだ。

 時間が経つにつれ相手の攻め上がりは少なくなってきた。


(どうせ奪い返されるならポディションを上げても意味がない)。


 相手にしてみれば負の連鎖が続いている。

 前半戦、日本は圧倒的に攻め入っている。セルビアよりもアルゼンチンよりも連携のとれたいい攻撃をみせていた。



 日本の攻撃パターンは多種多様だ。

 1つの攻撃パターンにこだわらず、相手の守りに的を絞らせるようなことはしない。

 立ち上げ当初から青野さんがこのチームに課していた『あらゆる手段でゴールを奪える攻撃』という目標をすでにこのチームは叶えている。




 たとえば外からゴール前にボールをいれる『サイドアタック』。両サイドから上げられるクロスにあわせるのは高さを武器にする鹿野や鮎川だけではない。


 前半6分。右サイドバック大槌のクロスが決定機をつくった。

 ゴール左で170センチの古谷がマークを外している。正確な胸トラップから右足をふりぬいた。

 豪快なボレーシュート! がネットを揺らした。しかし審判は古谷のハンドをとりゴールを取り消す。トラップの際左腕にあたったとみなされた。




 たとえばドリブルやシュートテクニックで違いをつくる『個人技』。独力で局面を打開できるのは俺だけではない。このチームには志賀劉生がいる。


 前半18分。俺の長いパスがフィールドを斜めに切り裂く。

 右サイド深い位置にはっていた志賀がしかける。ペナルティエリアに左斜めにはいる、とみせかけ右にきりかえす。2人目のDFに追いつかれる前に強いシュート! は志賀が狙った通りGKのファンブルを誘う。だが鮎川が押しこむ前にDFがクリアする。




 たとえば引いて守る相手に有効な『ミドルシュート』。もちろん俺だって得意にはしているがこのチームには俺以外にもシューターはいる。


 前半21分。トリニダード・トバコのゴールキックから逆に日本のチャンスが生まれた。

 GKの低い弾道のフィード。これを志賀が狙っていた。まったく油断も隙もない奴だ。

 相手MFの前で懸命に飛び上がりカットする。

 左横にいた鮎川の前にはかったように転がってくる。鮎川はゴールに背をむけていたが、トラップしながらこの距離で反転シュート! もGKが辛うじて右手で触れた。トリニダード・トバコの守護神は自分から招いたピンチをどうにか逃れた。




 たとえばDFの背後をとってシュートを放つ『裏抜け』。オフサイドラインを気にしながら味方のスルーパスに反応できれば、もう前にはGKしかいない。サッカーというゲームにとってこれ以上ない得点機会だ。


 前半27分。俺はペナルティエリアのかなり前でドリブル。

 ゴールを見た。

 DFはゴールまで30メートルのここからでもシュートがあることを知っている。


(2試合連続でゴールを奪っている10番! この距離からでも狙ってくるはず)。


 俺は全身を使った力強いフォームから(当然フェイントだ)、繊細なスルーパスをゴール前に送る。狙いは前をむく鹿野。鹿野をマークしていたDFは俺のミドルシュートに反応しようと足を止めてしまっている。

 鹿野はワントラップから確実にゴール隅へ流しこむ! が相手キーパーの動きが鹿野を上回る。長い腕がコースを狙ったシュートを弾いた。

 試合は途切れる。ガッツポーズを味方に見せ吠えるGK、眼を閉じて歯噛みするストライカー。




 と、ここまで冷静に客観的に日本のシュートシーンを続けて描写してきたが、俺は決して心中穏やかではなかった。これだけ攻めたてながら呪いにでもかかっているかのようにゴールを奪えない。

 俺は前半だというのに時間をしきりに気にしている。これまでなかったことだ。監督は口にしたことは必ず守る人だ。ハーフタイムで交代するという前言を撤回したりはしないはず。

 俺にはあと数分の時間しかない。



 前半43分。ゴール正面で強引なドリブルをしかけ相手のファウルを誘った。背番号6にカードがでる。

 これがこの試合の最初のカード。トリニダード・トバコはファウルで止めるような守りかたをこれまでしてこなかった。

 セットしたボールの前に俺と古谷が並ぶ。「倉木殿が蹴って良いですぞ」


「後半も出られる余裕か?」


「そんなことはない。至極単純に倉木殿のほうがプレースキックが上手いからですぞ。ピッチに感情をもちこむほどそれがしは甘くない……」


「『それがし』? お前『小生』じゃなかったっけ?」


「……そこは気にせず……それより試合中ですぞ!」

 そしてカメラにも映っている。観ている誰かが読唇術を使われなければいいが。

 俺が蹴る。ペナルティエリアに相手選手の不安そうな顔が並んでいた。大丈夫、ぶつけやしないから。

 狙いは俺から見て左側。

 壁を越すボールでゴールを奪う。

 カーヴをかけてGKからもっとも離れた位置を狙う。

 やや斜めの位置からの

 助走。

 左足が踏みこみ。

 右足がこする。

 俺は先制を確信し、

 現実はそれを裏切る。GKが入神のパンチング!

 スピードがわずかに足りなかった。丁寧に狙いすぎたのだ。『セットプレー』でも日本はゴールを奪えない。




 それから2分間。俺は走って次のチャンスを、次のチャンスをつくりだそうとはしたのだ。味方と話しあいどんな形で守備を崩すかイメージの共有をはかったのだ。

 だが『努力した』だの、『工夫を凝らした』だのといった表現はここではふさわしくない。

 俺はただ結果だけが欲しかった。

 少なくとも1点を奪って前半を終わらせたかったのだ。俺が関わらなかったゴールでも良かった。

 良かったのに。

 前半45分。

 左サイドのタッチライン際、ドリブルから鮎川の上げたアーリークロスは味方にあわない。抜けたボールがゴールラインを割ると同時に主審が笛を長く鳴らす。前半終了の合図だ。




日本

    0-0

        トリニダード・トバコ

(前半終了)



 あれだけシュートを撃ちながら日本はゴールを奪えなかった。

 この大会初めて無得点でハーフタイムをむかえる。

 そして俺はゴールなしでベンチに引き揚げることになる。

 

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