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有村コウスケのサッカー講座 初級編

 トリニダード・トバコ戦の前日。

 もちろん大会は始まっているのでハードな練習メニューは組まれない。選手の体調を何よりも気にする青野さんだ。試合ならともかく練習で怪我人がでたらつまらない。練習の種類や時間、強度には細心の注意をはらっている。


 その日最初の練習メニューはサッカーテニスだった。カラーコーンとバーでネットを代用する。

 遊びをとりいれることで選手たちをリラックスさせることも目的に含まれているだろう。

 けれどもみんな本気の眼になる。勝負事となればなんでも大マジになる奴らばかりなのだ。


 クジをひいてダブルスをつくる。俺はGKの丹羽とペアになった。

 GK……丹羽は決して下手な選手ではないのだが、フィールドプレイヤーと比べたらやはり足元の技術はそれほどではない。

 トーナメント表が描かれたホワイトボードを青野さんがもっている。ただランダムに試合をするのではなく優勝するチームを決めるのだ。俺と丹羽のペアは初戦で近衛と左沢のペアと戦う。




 15分後、そこには体育座りになって決勝戦を観戦している俺の姿があった。

 勝ち残ったのは近衛・左沢のペアと古谷・鮎川のペア。

 声援と野次が飛ぶなか最後の試合が始まる。近衛が左沢に細かく指示を出していた。

 コンディショニングコーチの槇さんとピッチの周りを走っていた志賀も今は試合を観ている。


 背中をつつかれたので振り返る。

 有村だ。有村は逢瀬と組んで2回戦で敗退している。


「どかした?」


「こんなときですがボランチについて講義しましょうか。倉木さんは本来FWで、僕は」普段活動する「チームでもボランチです。一日の長があることは確かですし、チームにも僕以上のボランチはいないと思いますよ」


 大きな口を叩くではないか有村。

 聞いてやらないでもない。しかし、

「言いたいことがあるんならもっと早くから言やあ良かったんだよ」

 こいつとは1年前から代表で一緒にプレーしている。なのになぜ本大会で2試合も消化した今俺にアドヴァイスなんてしてくれるんだ。遅すぎる。


「倉木さんがボランチで固定されるとは思っていなかったんです。本職のFWで起用されるかと思ってたんですよ。でも2試合ボランチで使われたってことはこのあともそうなんでしょう」


「だろうね」


「遅くはなってしまいましたが僕なりの意見を伝えておきたくて。大変さしでがましいですけれど」


「どんなことを?」


「……考えてませんでした」


 ぶっつけ本番だったのか。「たとえばセルビア戦はどうだった? なんか駄目出しすることがあったか?」


「先制点を奪った選手に駄目出しなんてできないですよ」(得点以外のシーンも合格点だった)。「あの試合は……そうですね、木之本さんが目立っていたでしょう。たくさん走ってたくさんプレーにからんでいた。でもあんなに走ったらいくら木之本さんに持久力があっても後半のどこかでガス欠になっていたでしょう」


「……だからあえて木之本をはぶった?」


「そう。右サイドにあえてパスをふらなかった時間をつくりました。ゲームコントロールは『ポディションチェンジ』と『パス』、それに『指示』と3つの方法でできます。監督は比較的僕の自由にさせてくれてますし……」


「その3つで木之本をあえて温存させる時間帯をつくったってことだな。ずっとあいつが走りまくる展開が続けばどこかであいつは走れなくなった」


「木之本さんは攻撃でも守備でも走れる選手です。倉木さんや僕のようなパスの上手い選手がいるチームでは、代わりにサイドバックやFWがたくさん走ることになります。1人の選手がその役割を負いすぎると、後半の途中にはもう足が潰れてしまいますから、あえて『パス』を左サイドに偏らせて右サイドバックの木之本さんを休ませる必要があった」


「『ポディションチェンジ』」


「センターフォワードはセンターバックをマークするのが普通です。センターバックが攻め上がらない以上真ん中のFWの守備は基本楽なんです。だから鮎川さんだけじゃなくて鹿野さんも倉木さんも水上にもセンターフォワードにはいって休んでもらった。セルビアは右サイドバックがあがらない傾向でしたから同様に」近いポディションの。「日本の左ウィングも守備の負担が軽かった。なので同様に変わりばんこで選手をいれかえました」


「あとは『指示』……確かに試合中よく声出してたな」


「僕1人でできることは限られていますから。声をださなければタクトを振れないんです」詩的表現。「たとえばカウンターのチャンスが連続したとしましょう。相手のポディショニングが前がかりでFWに長いパスが面白いくらいばんばん通るような展開です。でもいくらチャンスがつくれたってFWが何度も全力疾走を繰り返したら体力が底をついてしまいます。だからそういうときはゴールの確率が下がってもいいから遅い攻撃にきりかえるのもありなんです。そういうときは味方にバックパス横パスを要求すればペースダウンできる。常にゴールを奪うための最善手を打つことが試合に勝つために最適とは限らないわけです」

 サッカーのこととなると饒舌になる有村だった。


 俺はうなずく。「体力が切れたらリードしていても相手の反撃が怖いからな」


「疲れたら頭も回らなくなってしまいますからね。サッカーは頭を使うスポーツです」もし走れなくなった選手がでてきたら。「交代枠を使えばいいとは監督は考えないでしょう。いいサッカー、常にペースをにぎるサッカーができていれば交代枠なんてぎりぎりまで使う必要がない。言ったら悪いですけれど途中交代ででてくる選手がちゃんと機能するとは限らないですし」

 そういうところはリアリストだな有村。

 そして思ったよりずっと頭を使っている選手だ。これまでこんなに話したことはなかったからわからなかった。

「ボランチがチームの頭脳なんです。ボールに多く触れられる。もっとも重要な中盤で試合の流れを読む必要がある。漫然とプレーするんじゃなくて、客観的な視点をもってプレーして欲しい。このチームは……なんていうんでしょう、自信家な人が多いでしょう。だから僕はあえてブレーキをかけるくらいの役回りになりたい」


「学年1つ下なのに?」


「なのにです。これからもっと強いチームと戦うとなると、現実路線な戦い方に変わっていく必要があるかもしれない」

 現実路線。つまり相手に攻められる時間が長くなるような試合がこれからあるかもしれない、ということか。主導権を握られても勝てるサッカー。

だがうちには優れたセンターバックが2人いる。分厚い壁を具現化させたような超DFが。

「思うんですけれどここまでの2試合は」


有村の台詞を奪って。「上手くいきすぎた?」

でもこの2連勝はフロックではない。日本は実力であの2チームを倒したのだ。


「僕がゴールを奪えなかったのは想定外でしたけど」


「冗談?」


 有村は流して。「僕はこのチームが好きです。逢瀬さんと近衛さんには安心して後ろを任せられます。佐伯さんはいつもいて欲しいところにいます。倉木さんの個人技、志賀さんの突破力。鮎川さんには安心してボールを預けられますし、それに鹿野さんは面白い」

 なんか今サッカーと関係のないことで褒められた奴がいたような。

「面白いプレーをします」

 サッカーだったんだ。でも『面白いプレー』って褒め言葉か?

「ともかくこのメンバーで優勝できなかったらおかしいですよ。まだマスコミには大々的にはとりあげてられませんし、選手のみなさんも口にはしませんけれど、日本サッカーの過去のどの世代より僕らの世代は強い。2つの黄金よりも上に立てる。そうでしょう? どう思います」


 俺は即答できる。「ああ、最強は俺たちだ」


 有村はその反応に少し表情を崩す。「それにそうなって欲しいと思っています。そのためにはまずこの大会を獲って、世界に宣戦布告をしましょう」大きく出たな。「世界に伍するじゃ足りないんです。1番にならなきゃ。『世界なんて敵じゃない』んでしょう?」


 最後のセリフは俺が散々チームメイトにぶつけていた言葉でもある。



 有村は俺の思いを散々代弁してくれた。このチームは俺抜きでも大会の優勝候補。それに俺という『槍』が加わったらもう言うことはない。

 第3戦はグループリーグ最弱のチームが相手、それにこの試合の結果を問わずトーナメント1位通過はほぼ決まっている。それでも手加減するなんてありえない。

 チームトリニダード・トバコ、悪いけれど俺は全力で行く。




 翌日、試合前のミーティング。

 青野監督が選手たちの前に立ってこう述べた。「今日のスタメンはGKマルコーニ。センターバックキャプテン逢瀬、近衛、右サイドバック大槌左サイドバック左沢、アンカー佐伯、右ボランチ倉木、左ボランチ古谷、右ウィング志賀。センターフォワード鮎川。左ウィング鹿野だ」


「!?」

 有村の名前がはいっていなかったような。体調不良か?


「試合終わったあと血液検査しているよね。倉木と有村の血液中の赤血球の数やコレステロールの値が少なかったとドクターの秩父さんから指摘されたんだ。前の2試合で2人とも攻守によく走って消耗しすぎてしまった。だからといってチームにとって必要な2人は同時に下げられない。前半は倉木、ハーフタイムに倉木と交代で後半有村の予定だから2人ともそのつもりでいてね」


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