反省会と祝勝会
テスラはあまり上手くないらしいスピーキングの英語で俺に話しかけた。「次に戦うことになったら負けはしない」と俺のあまり上手くはないらしいリスニングでは聞きとれた。
テスラはその一言を伝え終わると一瞬で握手を済ませチームメイトとともに建物のなかへ足早に入っていった。ほとんど誰も喋らない。ついでにいうと顔色も良くない。大勝のあとの大敗。精神面でのコントロールは難しいだろう。セルビアにとって第3戦は決戦となる。
一方連勝し勝ち点6を得た日本はグループBの2位以上が確定。この試合大量得点を奪えたおかげで第3戦よほどのことがなければ首位で決勝トーナメント進出が決まる。
日本国旗がひらめくメインスタンドで挨拶をする。奥のほうから「優勝! 優勝!」と気の早いコールが聞こえてきた。
まぁわからないでもない。初戦で倒したアルゼンチンは南米選手権優勝チーム。
そしてこの試合で負かしたセルビアは欧州選手権優勝チーム。
世界の2強足る南米・欧州の王者をこのグループリーグの2試合で平らげてしまった。
とは言いつつも、数カ月前のコンベンションで優勝したことは今現在の強さを保証していない。
チームは生き物で試合を経ることで刻々と成長する。
だからアルゼンチンとセルビアはこの大会の『最強候補』、『優勝候補』にすぎない。
1人だけふやけているのはGKのマルコーニだ。「早くロッカーに戻ってドルチェが食べたいよぉ」
ドルチェ……イタリア語でデザートか。試合の後はデザートが選手にふるまわれるのだ。
「何が『ドルチェ』だ甘シャリって呼びゃいんだよ」と俺。
「えー『甘シャリ』ってどういう意味?」
近くにいた近衛が口を開く。「わかるけどマリオには教えないです。甘いものは確かに欲しいですね。ストレスが緩和されるって言いますから」
「ストレスぅ? でも2連勝でグループリーグ突破したし『ストレス』なんてもう何もないよね」
「大会中気を抜いていいタイミングなんてありません。それに……テスラにループシュート喰らった時なんてひどかったですよね」
「えーせっかく試合終わったのにもう反省会なのぉ? 明日にしようよ明日にぃ」
それが失点したGKの正しい態度なのだろうか。
「倉木はどう思います?」
「テッテ的に糾弾すべきかと」
俺がそう答えるとマルコーニは大きい体を縮め近衛からゆっくりと遠ざかる。
「安心してくださいマリオ。今日は手ぇださないですから。いいですかマリオ、よく聞いてください。たとえばある試合でハットトリックを決めたFWがいるとしましょう。その選手はその試合について反省することがあるでしょうか?」
「うーん、ないんじゃないかな。なんたってハットトリックした試合なんでしょ。大活躍じゃん」軽薄に答えるマルコーニ。
「そうです。前のポディションの選手は攻撃について上手くいけば」つまり点が獲れれば。「それがイコール成果なんですから、ゴールを奪った時以外の細かいミスについては頓着しない場合が多いんです。FWだろうとディフェンスにも参加して欲しいですし変なボールの失い方はして欲しくないんですけどね」
「そうだよねぇ」とマルコーニ。
イラつく近衛。「一方後ろのポディション。DFとかGKは内容が問われるんです。相手にチャンスをつくられた時点で失格の烙印を押されても文句はいえない」
「失点しなかったらいいじゃん」
「よくありません。たまたま先制されなかった、逆転されなかったですよ。前の試合も今の試合もそうだった。たまたまそういうことになったってだけです」
「……でもさ」
「でもじゃありません」
「ある意味じゃさ」
「守備は結果論では語れないんです。失点する可能性は低ければ低いほどいい。シュートを1本も撃たれない。ペナルティエリアに侵入されない。そういうのが理想です。現実には僕も逢瀬もリスキィな守り方を選ばざるを得ない状況に追いこまれている」
「セルビアもアルゼンチンも強かったよ」
これは俺。
「どんな相手にも通じるやり方でなければ、それは間に合わせでしかありません。ドイツだろうがオランダだろうがウルグアイだろうがメキシコだろうがスペインだろうが、僕たちは完封しなければいけないんです。確実に」
「できると思うけど」
「『確実に』って言ったんです。DFが完璧に実力を発揮してもキーパーのマリオがあんなんじゃ元も子もないですよ」
マルコーニは困った顔。「うーんルイは話長いなぁ。もっと簡単にさぁ、話まとめられないの。僕になんて言いたいの?」
「……もっと頭使え」
スタンドのなか。屋内にはいった日本選手たちがぞろぞろとロッカーへ進んでいく。
鹿野の姿が見えないと思ったら廊下の途中でチームのスタッフに捕まっていた。2得点を奪ったこともありインタヴューを受けることになったようだ。アルゼンチン戦では逢瀬が呼び止められていた。
俺は胸の前で手をあわせ。「きゃー鹿野様サインちょうだーい」
「うぜえ帰れよ倉木」
「どうしてお前なんだよトモナのが活躍してんだろうが」
「なこと知ったことか俺だって受けたかねえよ」
カメラマンとアナウンサーがやってきてインタヴューが始まった。鹿野は無難な受け答えに終始する。
俺はカメラマンの後ろに立ち腕を組み、鹿野の言葉にいちいち頷いたり首を傾げたりしている。それを見て廊下を移動する樋口と大槌が笑った。
セルビアのユニフォームを着た有村が背中を押されながらやってくる。背中を押しているのは西田、西田を押しているのは木之本、木之本を押しているのはマルコーニ。少し離れて鮎川。変な掛け声をだし飛び跳ねながら鹿野の背後を移動する。この辺はカットされるだろう。
志賀が金井と一緒にこちらにきた。足は引きずっていない。志賀は俺と視線をあわせると手をさしだした。無言でハイタッチ。インタヴュー中の鹿野とも同じように。言葉をかわさずにそのままとおりすぎていく。
青野監督がゆっくりとした歩調でロッカールームへむかう。ベンチ組が追い越していく。選手たちはもう大人しくなんてしていられない。左沢などは大声で叫びながら青野監督の脇を駆け抜けていった。青野監督。「まぁ勝ったんだから多少は無礼講だよね」
逢瀬と近衛、それに佐伯が会話をしながら歩いていく。この3人は真面目組。守り方について近衛が提案をしている。
……やたら周りが騒がしかったインタヴューも終わる。鹿野とともに俺はロッカーへひきあげる。
前を見て鹿野が言った。「畜生まだ全っ然喰い足りねえ」
「まったく」と俺。