ダイジェスト
ハーフタイムを終え選手がピッチに現れる。
両チームともに選手が1人ずつ交代する。
日本は最年少の水上に代わり古谷がはいる。アルゼンチン戦に続いて途中交代での出場となった。
アルゼンチンはFWをさげMFの選手がはいってきた。
試合が始まるとこの選手は有村をマンマークしてきた。中盤の選手を増やし、日本ボールになっても俺と有村に前をむかせない。
予想通りセルビアのベンチは失点を恐れた采配をとる。
すでにこの試合の大勢は決まってしまった。後半戦は際立ったシーンのみをダイジェストで紹介しよう。
後半1分、セルビアの攻撃。
テスラの蹴ったボールが右のクロスバーを直撃する。
日本のGKは一歩も動けずにボールを見送るしかない。ゴール左寄りからの直接FKはかろうじて外れてくれた。
後半9分。このプレー。
木之本が中盤でボールを失う。
この場合サイドバックならすぐに引き返し自分のポディションを守る。それが基本なのだが……。
だが木之本はそういった約束事にしばられない。前に残って敵にプレッシャーをかけ続ける。
相手ボールになったら自陣に引き返す、それはDFの本能だ。磁力に導かれるように自分の守るべき位置に戻りたがるものだ。
だが木之本は帰陣せず『たが』が外れたようにボールを追いまわす。決してこいつが無責任な性格なのではない。(自分のポディションには佐伯さんがカヴァーにはいっている。ならFWやボランチと前からボールを追いまわすほうが効率的で、よりチームに貢献していることになる)。
焦るセルビアのDF。木之本はペナルティエリア10メートル前でパスカット。そのままドリブル。DFにつっかけていく。
セルビアのサイドバックはたまらず木之本を倒す。カードの出るファウルとなる。
木之本は前半にも同じようなプレーでボランチにカードを提示させていた。この試合1ゴール1アシスト、それにカードがでるファウルを2度相手に誘発させている(目立ちすぎだ)。木之本は上手くピッチに転がり怪我を負わない。
後半19分。セルビアの攻撃。
味方の強いパスに佐伯がトラップを乱した。ボランチに倒されながら奪われる。
主審は流す(日本国内の基準なら笛を鳴らしていただろう)。ボールをもったのはセルビアの7番。
最終ラインの前に残っているのは俺1人。まずい状況になった。
30メートル走られた。たまらず俺が距離をつめると右横に上がっていた6番とパス交換。フリーにしてしまう。
10メートル離れた位置に逢瀬、近衛、樋口の3人のDF。その両脇にテスラとFW。
つまり3対3。
ルックアップした7番(今だ、裏をとったFWにスルーパスを……)。
だが逢瀬に襲いかかられた。スライディングでボールがはじかれる。
ドリブラーが眼を離したとき、逢瀬は加速していた。
7番の視点に立てば逢瀬が瞬間移動してきたとしか思えないだろう。警戒すべき間合いにいなかったDFが、わずか1秒眼を離した隙にボールを足ごとはらっていたのだ。
後半26分。日本の攻撃。
日本の右からのCK。有村が蹴ったボールをニアサイド、ポストにぶつかる勢いで鹿野があわせる。誰もが決まったと思ったボールをキーパーがファインセーヴ。追加点はならず。
後半27分。セルビアのFWが倒れた。右足を痙攣させてうずくまっている。
ここまでピッチを縦横に動き回り味方から起点になるパスを引き出そうとしていた。3点差を追いかけるセルビアだがなかなかチャンスがつくれない。前線で孤軍奮闘していた背番号15はフィールドの外でドクターから治療を受けている。
追いかける立場のセルビアはカウンターからしかチャンスをつくれない。逆にリードする日本がゆったりとしたパス回しからチャンスをつくっていた。不思議な展開だ。
テスラは優れたパサーだ。だがその能力を活かすためには味方のサポートが絶対に必要なのだ。フィジカルコンタクトに弱いテスラは長い時間ボールをキープできない。
だがセルビアのベンチはボランチやサイドバックの攻撃参加を控えさせている。その理由は考察その3を参考にしてもらいたい。
テスラ以外の選手はパスが上手くない。厳密にいえば味方の足元にはいるパスばかりで日本選手からすれば読みやすく奪いやすい。3点差になっているのは日本チームがセルビア陣内でボールを狩り続けることができたからだ。
セルビアのスタッフはFWの出場続行をあきらめた。別の選手が交代ででてくる。日本ベンチもそろそろ2枚目のカードを切ってくるだろう。
有村がやってきた。またポディションチェンジか。こいつは前半水上と鮎川のポディションをいれかえ、俺にテスラのマンマークを命じた。結果試合は日本の流れになったわけだが……後半にはいっても各人のポディションをいれかえさせることをやめない。FW、MFはおろかDFすら巻きこんでいるのだ。フォーメーションこそ4-3-3のままだが、たとえば俺はボランチからセンターフォワードになったりウィングになったりと役割が次々変わる。
有村は長くても5分、短かったらワンプレイでチームメイトのポディションをチェンジさせる。自分も例外ではない。「僕はウィングからボランチにもどります。鹿野を真ん中にして鮎川をまた右ウィングにしましょう」
「いいけどよ……」
俺が疑問に思ったと感じたらしい。「ポディションを次々変えることで常に新しい相手をマークしなければいけないのでやりにくいです。このメンバーは複数のポディションでプレーできる人が多いのでこのやり方は正しいはずです」
「そうなんだろうけどよ」
いまいち解せない。有村は何か別な狙いをもっているのではないか。
「そろそろ試合再開です。僕が左ボランチで倉木は右ですよ」試合中なので『さん』はなしだ。
後半38分。日本の攻撃。
遠い位置からでもわかる。
セルビアのDFの意識がかなり前へむかっている。
センターフォワードになっている鹿野をマークするセルビアのセンターバック、こいつはともかく。
もう1人のセンターバックが前がかりになっている。これを狙わない手はない。
そう気づくと同時に古谷が同じ内容の指示が飛んだ。「鹿野がそこを狙ってもマークが受け渡されるだけですぞ! 遠い位置から走りこめば5番の」前がかりになっているセンターバックの。「背後を突けますぞ!」
俺はハーフウェーライン上からスプリントを始める。
俺は走る。(有村から縦パスがはいり鮎川が相手サイドバックを背負いキープ)。
俺は走る。(鮎川は外を走る木之本を使わず近寄ってきた有村へバックパス)。
俺は走る。(有村は俺と入れかわり下がっていた古谷へ。古谷はセンターサークル内から)、
俺へスルーパス!
センターバックは鋭いパスを見送るしかない(倉木を追いかけるしかない!)。
予定通りDFの背後でボールに追いついたが、やや角度がない。逆サイド鹿野へのパスコースは消されている。
左足でファーストタッチ。
ペナルティエリアに侵入した。GKがゴールエリアを飛びだす。
俺は自分の直感直観にしたがう。このパスはニアに決めるのが美しい。
GKがわかっていても止められないコース。
うわずる軌道ゆえコントロールは難しいが、俺の右足ならそれが叶う。
ふりぬいた。
そのスピードはキーパーの反応を許さない。
ゴールの上辺をぶち抜く天井ゴール!
観客のどよめきに聞き入ろうと耳を澄ます。それも一瞬のこと。
俺の耳にはいったのはボールがポストをたたく金属音だった。
ボールは垂直に落下し、ふりかえったGKが抱きかかえる。ゴールラインはどうやら割っていない。
俺が長い距離を走ってつくったチャンスだったが俺が費やしてしまった。鹿野はともかく鮎川まで俺を白い眼でみる。「カズちゃんチームの約束事は忘れたの?」
ぬっく。「だってイケそうな気ぃしたんだもの」
「監督に怒られるわよ」
……鮎川が言った『チームの約束事』についてはこれから説明できる。
それはともかく後半41分、セルビアの最後のチャンス。
センターバックが速く正確なロングフィード。
右サイド寄り、アタッキングサードでテスラがボールをもつ。
木之本が横からボールを奪いにいったが、テスラはルーレットで上手くかわした。
すぐさま左サイドに長いパス。
サイドバックから7番へ。7番がドリブルでチャンスをつくりかけたが逢瀬がストップ。
しかしこぼれ球が中央テスラのもとへ。
飛びだした近衛さえかわせばシュートが撃てる。
シザース、2度ボールをまたぐが近衛は幻惑されない。
テスラは右へ微動。木之本へむかっていくようなドリブルコース。
近衛(もとよりそこにシュートコースはない、左にきりかえす)。
テスラがきりかえすと同時に近衛がジャンプ。
近衛(これで左のシュートコースをきった。もう1度きりかえすというのなら)。
後方で見守っていた俺にもわかる。((うちのキャプテンが黙ってはいない))。
テスラが右足でたたきこむ直前、逢瀬がその足元に出現する。ボールにアウトサイドで辛うじて触れるスライディング。
どんなアタッカーもシュートを撃つ瞬間は無防備になる。そのほんのわずかな虚を優れたDFは突ける。
名手テスラをしても日本のゴール前は鬼門だ。3秒以上ボールをもてばまず逢瀬に捕まってしまう。
俺はお役御免。代わって西田というFWの選手がはいる。
後半44分。日本の攻撃。
樋口が高い位置に。
左サイドから思いきってミドルシュート? いや上体を使ったフェイントだ。
DFをひきつけてから1時の方向に珍しいスルーパス。走る西田へ。
反応が鈍いセルビアDF。縦に走り西田はゴールの遠いポストにむかって左足で強いシュート。
GKが弾いた。
そのボールを鹿野が詰める。これで5点目。
日本
5-1
セルビア
これが『チームの約束事』を守った結果だ。
ゴールに対し角度のないところから侵入した場合、シューターから見て遠いサイドを狙ってシュートを撃つという約束事がこのチームにはある。
遠いサイドを狙った場合、GKがシュートをパンチングし味方の前にこぼす確率が高いからだ。
近いサイドを狙った場合、GKに弾かれてもそのままゴールラインを割りCKに逃れられてしまうケースが多い。当たり前といえば当たり前のことだけれど。
日本の5点目から1分と経たずに試合終了のホイッスル。グループリーグB第2節、日本対セルビアは5-1で日本が大勝という結果に終わった。
主審が長い笛を鳴らした途端、木之本はその場でへたりこんでしまう。敗れたセルビア選手と同じような反応だ。
木之本にとって慣れないサイドバックだが、このレヴェルでも十分通用した。代表でこれだけのプレーができているのだ。もうサイドバックとして評価すれば高校年代の3指にはいってしまうくらいの選手なのではないのか、こいつ。
「マンオブザマッチあるよ伴ぅ。2ゴールの鹿野かもしれんけどぉ」
木之本は疲れきったのか、直前までの精悍な顔つきをどこかに捨て去ってしまっている。さっきまでは10辛だったのに今は甘口って感じ。
「どうした木之本? 作監が変わったのか?」
「サッカンってなんですか? ……ともかくお疲れ様です」
「はぁ? 『お疲れ様』は目上の人が目下の人に使う言葉、それを年下のお前に言われる筋合いないんですけどぉ」
背後から現れた佐伯が呆れた顔で。「急に掌返していじめんなよ倉木」