鮎川かなえその1
鮎川かなえ(あゆかわ・かなえ)
所属チーム/ガンズ大阪ユース
適性ポディション/センターフォワード・ウィング・トップ下
背番号/9
利き足/左
学年/高校2年
出身地/大阪
身長/190センチ
体重/88kg
呼称/アユ・カナエなど
しかし次のチャンスをつくりだしたのはセルビアだった。
前半27分。
テスラを経由した攻撃ではない。
フィールド中央を漂うテスラは俺がマークしている。俺がマークしている以上戦局に有効なパスはいれられない。
左サイドに流れてきたセルビアのFW。サイドバックがその背後を走り有村のマークが外れる。
カヴァーした佐伯は間合いが緩い。(もう1人のFWが逢瀬をひきつけスペースをつくる)ゴールに対し斜めに遠ざかりグラウンダーの速いパス。
狙いは立ち止まったFWではない(その選手はスルー)。その後方のスペースへタイミングを計って突撃してきたセルビアの7番。
7番は樋口の前にはいり半身になって右足のアウトサイドで狙う。
空手の横蹴りのようなキック。
だがゴール左に大きく外した。
このシュートが外れたのは偶然ではない。
追いついた近衛がシュート直前、7番の背中を押し体の軸を揺さぶったことで外させたのだ。
さすが欧州王者といったところか。テスラがゲームからいなくなってもチャンスをつくりだせる。
ゲームからいなくなったのはテスラをマンマークする俺も同じだ。テスラが日本ゴール付近でプレーする以上、俺は攻めるべきセルビアゴールから遥か離れた位置にいることになる。
俺は決してゴールに固執しない。ゴールがゼロだろうとシュートがゼロだろうとチームが勝てるならそれでいい。そもそも青野さんにあたえられたポディションはボランチだ。FWよりたくさんゴールを奪うボランチなんて不自然だろう。
水上は前線でしきりに動きマークを外そうとしている。
長身の鮎川と違い、肉弾戦ではセルビアのDFには勝てないはずだ。
だがスピードでDFの裏をつけば相手には追いつけない。ボールへのファーストタッチで違いをつくりだせることはさきほどのプレーで確認済みのはずだ。
鮎川はその巨体でボールをキープする。だが直接ゴールに絡めるのはこの小柄な水上のほうだ。
日本ボール。
2点のリードがある日本は慌てる必要がない。
逢瀬からパスをもらい佐伯がゆっくりとしたドリブル。(有村は残ってリスク管理)。
センターサークルのなかからだ。
前方に鮎川、鹿野、俺の3つの選択肢。どこへ出す?
いや自分だ。殺気のない動きからゆっくりと加速。パスを何度もキャンセルしている。
セルビア選手は1秒フリーズした。|(土足で正面を踏み破られた!)、佐伯は慌てて潰しにきたボランチをかわし、DFをひっぱりだす。こういうこともできる。
右前方の水上へ。左の細かいタッチでゴールへ迫る。
センターバックと1対1に。(もう1人のDFのカヴァーが間に合わない)。
(左足で巻いたシュート?)右アウトサイドでタッチし左をふさぎにきたDFの背後にボールを置く。
右足でとどめを。GKのとどかないシュートを放つも枠の外へ転がった。頭を押さえる水上。
パッと見、佐伯と水上の2人だけでつくりだしたチャンスに見える。
だがわかる人にはわかる。
今のチャンスはボールにタッチしていない鮎川がつくりだした。
佐伯がドリブルを開始したとき、やや右寄りの高い位置にいた鮎川。
中央からするすると上がってきた佐伯に近づくようなポディション。
鮎川はパスをもらいにいったのではない。
自分をマークしていたサイドバックに追いかけさせるために佐伯に近づいたのだ。
案の定鮎川をマークしていたサイドバックは鮎川を捨てドリブルする佐伯に襲いかかる。
ドリブル突破する佐伯にあえてマークを集中させるため、鮎川は自分のマークを佐伯に張りつけた。
佐伯は元より自分のシュートで終わらせるつもりはなかった。そこまでセルビアの守備も甘くはない。自分はラストパスを出したあと『死に駒』になるだろう。
そしてゴールから遠ざかった鮎川も『死に駒』になったわけだ。
おかげで水上は1対1でしかけることができたわけだ。
そして鮎川が元々いた位置で水上はシュートを放っている。すべては計算されたプレー。
鮎川はこの流れのなかで、あえて消えることでチャンスを生み出した。
溢れる才能を有している鮎川が目立たないプレーでチームの一助になる。
鮎川かなえという選手をこれから話さなければならない。