有村コウスケその1
有村コウスケ(ありむら・こうすけ)
所属チーム/静岡誠心高
適性ポディション/ボランチ・トップ下
背番号/7
利き足/右
学年/高校1年
出身地/愛知
身長/179センチ
体重/75kg
呼称/アリ・コウなど
試合の前日。
昼からの練習が始まる前のことだった。
選手たちはホテルから練習場へ徒歩で移動している。
俺の隣を歩いているのは金井侑一だ。こいつは有村コウスケの所属する藤枝誠心高校サッカー部のキャプテンでもある。同じ学校から2人も代表選手がでてくるだなんて珍しいことだ。
「俺が思うに、お前と有村の2人は、ともかく対照的な選手なんだ」
「……同じポディションなのに?」
「そうだ。監督がいうようにこのチームでもっとも大事なポディションは」4-3-3のうちの。「中盤の3人。もっと限定するのなら前の2人のボランチがチームの中心だ。いわば後輪駆動といったところか。有村とお前は監督に信頼されている。この先もずっとスタメンで試合に出場することになるだろう」
「なろうだろうね」
「同じくボランチでプレーしているというのにお前と有村ではやり方が異なる。お前はともかく目立っているな。アルゼンチン戦でのゴールといい、最後にあったドリブル突破といい」
「ボランチが目立ってもいいじゃねぇかよぅ」
「有村は試合中目立つことを好としない選手だ。チームが勝てるのなら11番目の選手になってもかまわないと公言している」
俺→目立つ。
有村→目立たない。
「俺はもともとFWの選手なんだ。ボランチでプレーしたってシュート意識は高いよ」
「その点有村は」後輩を自慢する口調になってきた金井。「小学校のときからボランチでプレーしてきた。ボランチとしてのキャリアはずっとあいつのほうが長い」
俺→急造ボランチ。
有村→ベテランボランチ。
「有村は味方に頼りすぎるきらいがあるよ。いい選手なんだからもっと『我』をだしていいのに」
「……代表チームでプレーしているんだ。周りにいる優れたチームメイトの良さをだせれば、有村本人が試合から消えてしまっても問題はない」
そういう考え方もありだとは思うけれど。
「あいつは社交的な性格はしていないだろう? 自分から人に話しかけるようなことは滅多にない。だが、サッカーに関わる話ならあいつは何時間でも話せる。普段から本当に頭を使ってサッカーをしているからだ。細かい技術についてもストックは豊富。話し方も論理的でわかりやすい。一方お前は」
何が『一方』だ。「そうだよ。俺は有村のようにサッカーについて上手く語れない。俺は俺自身のサッカーについて上手く人に説明できない。どうしてあんなに曲がるシュートを撃てるの? とか、どうしてあそこでパスを選ばずドリブルでしかけていったの? とか聞かれても答えられない。『ただ体が反応したんだ』としか答えられん」
俺→直感的。
有村→論理的。
「何もかもが対照的な2人だな」と金井は言った。
「そういうことにしたいだけじゃないか?」
「……有村からは大人しい、礼儀正しいという印象を受けるだろう? ここではほとんどのチームメイトが1学年上だということもあるが」
「儒教だなぁ」
「だが奴は学校でも同級生に対しても丁寧な態度で接している」
まあ有村ならそれでも不自然ではない。
「しかし有村は決して引っ込み思案な男ではない。能動的に自分の意志で集団を変えることだってできる。たとえばこんなことがあった。……1カ月ほど前のインターハイ県予選のことだ。1年生ながら有村はスターティングメンバーですべての試合に出場しチームの全国出場に貢献していたわけだが」
「わけだが?」
「2回戦のことだった。チームは相手から8点ものリードを奪った。あとは上手く試合を終わらせれば良かったんだ。しかしチームメイトのなかに明らかに集中力を切らした選手がいた。パスをもらってもトラップが大きくなる。不自然にキープしてボールを失うようなプレーが続いた。あからさまに手を抜いている。すると試合が止まった時有村が真っ先にキレたんだ。『大差がついたとしても真面目にやれ』、『対戦相手に失礼だろう』みたいなことを言った。キレた相手は2年生のチームのエースだった」
「主張するじゃないか」
「11人目を公言しながらもチームのリーダーシップをとるという、いわば矛盾した存在感が有村にはある」
「あるんですか僕に?」
俺と金井は同時に振り返る。5メートルも離れていないところに有村が立っていた。この会話を聞かれてしまったか。
「……いつから聞いていた?」
有村はいつもの早口で平坦な話し方で。「倉木さんの『有村は本当にすごい才能をもった選手だ。俺なんてとても叶わない』からです」
「んなこと言ってねえよ!」