倉木一次その3
俺にはわかる。テスラが何をしているのか。
テスラは佐伯を見ていない。
俺を見ているのでもない。
走りながら見ていたのはキーパーのマルコーニ。
俺は足をだす。間に合うか?
間に合わない。
テスラはバウンドしたボールを足の甲で捉える。
ボールは低いループを描き、1歩、ただ1歩前に出ていたマルコーニの上空をいく。前に体重を乗せていたマルコーニは最高に至るジャンプができない。
腕を上げながら見送るしかない。
ボールはネットをくぐる。
フェイントをいれたダイレクトボレーループシュート。
全力疾走のエネルギーを乗せた『ズドン』なシュートだと俺すら錯覚していた。ビッグクラブを相手に決めたあのミドルを再現してみせると。
現実にはシュートの直前にブレーキをかけ、正確さを重視した技巧的なショットを決めてみせた。
もし強いシュートを放っていれば、(1)逢瀬がシュートコースを限定してたし、(2)タイミングがまるわかりだったこともありマルコーニが止める確率は高かった。
だからこそテスラは浮かせたシュートを選択したのだ。
倒された近衛が主審に抗議している。しかしファウルにはならない。セルビアの同点ゴールは認められる。
テスラは心臓を叩きながらチームメイトの元に駆け寄る。
日本
1-1
セルビア
(前半7分)
早くもセルビアが追いついた。
両チームの守りがばたつきチャンスをつくりだせる『流れ』は止まっていなかった。
テスラはその『流れ』を読んでいた。サイドバックにロングパスをいれさせたのはテスラの指示。テスラはその数秒前にペナルティエリアの前まで走っていた。
FWと日本のセンターバックが競りあう。中途半端なクリアをゲームメイカーのテスラがひろう。
佐伯と俺の対応は確かにまずかった。それをぬきにしてもテスラのシュートはできすぎだ。
日本のゴールは人数をかけたカウンターアタック。ゴール前で6対3の状況をつくりだした時点で日本はセルビアを詰ませていた。
セルビアのゴールはテスラの超個人技。ゴールまで約18メートルの位置から2人の選手に囲まれながらGKの位置を見て美事ループシュートを決めた。
日本は走りで相手を圧倒するサッカーを目標に掲げ、ボールを奪えばポディション関係なく全員でゴールを奪いにいく。今日の先制点ではまさにそんなゴールだった。
セルビアのサッカーはキャプテンのテスラを中心としたパスサッカー。初戦のトリニダード・トバコ戦はまさにそんなサッカーだった。だが今のプレーは単にテスラの個人技が作動したというゴールにすぎない。
だから。
俺は試合が再開する前にチームメイトに呼びかける。「まだ俺たちのペースだ。今のは100回に1回のプレーだ。同じことはまず起きない。佐伯! 同じことはさせないよな?」
「ああ。次はやらせん」
「何本もパスをつながれて崩されたんじゃない。相手もそれはわかってる」
近衛が手を挙げる。「追いつかれたからって弱気になる必要はないです。まず上手く守って試合を落ち着かせましょう」(オープンな展開は嫌いだ)。
「ともかくマイボールの時間を長くしよう。ボールを走らせて相手に疲れさせよう。それだけでも勝利に近づく。うーんとさ、そろそろ俺以外の奴がゴール決めてもいいと思うんだ。できればFWの誰かがね」
鹿野が激昂する。「何お前がしきってんだよ。言われなくたって俺が決めるっつってんだろ!」
カチンときた鮎川。「私もFWなんだけど」
「俺もです」と水上。
鹿野がキレ芸を見せてくれたおかげでチームの緊張は解けた。これからが本当の勝負だ。
もちろん鹿野は本当に怒っている。だがこいつの実力なら宣言通りゴールを奪いかねない。
サッカーは得点の少ないスポーツ。だからこそ主役はゴールを奪える選手。
得点能力に関してならば、鹿野はこのチームのなかで1番になれるかもしれない。
鹿野は俺の立場を、主人公という立場を喰いかねない存在なのだ。