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ディナー

 ダイニングルームに俺は入ってきた。

 壁には文字が書きこまれた大きなカレンダー、時計、それに家族の写真が3枚。

 縦長のテーブルに3つのイス。台所のほうから少女がやってきてその1つに座る。

「本当に久しぶりだねカズ君」


「ああ……変わったね」


「カズ君は変わってないよ。今もサッカーに夢中そう」


「そうじゃなきゃとてもここまでこれなかった」


 カーテンは閉めきられている。外は星の見えない夜だ。室外から洗濯機の注水する音がする。電子レンジで料理が温まると2人で運ぶ。俺はテレビをつけリモコンをいじる。

「本当におめでとう!」


「……どういたしまして」と俺は答える。


「まさか代表にまで選ばれるなんて思ってなかったよ」


「俺は思ってたけどね」


「すごい自信だね」と栞は言った。「私はそういうのないな」


「そんなことないよ……シオは学校どこなの?」


「公立だよ」栞は学校の名前を口にする。


「いいとこじゃん。勉強頑張ってるんでしょ?」


「カズ君ほどじゃないよ。だって日本代表でこれからワールドカップに出るんだよ」


「出るのは17歳以下の大会ね。勉強で頑張るのもスポーツで頑張るのも一緒だよ。特別なんかじゃない」


「謙遜するね」


「本当にそう思ってるよ」俺は切りそろえた前髪、鋭い眼つき。灰色のタンクトップに短パン。手元にスマホを置いて足を組んで座っている。


「なんだか置いてかれちゃった気分」松永栞は俺より少し長いくらいのショートカット。笑顔に子供のころの面影がある。Tシャツに制服の長めのスカート。テーブルに体を近づけ右肘をついていた。


「ごちそうなんだから食べてたべて」と俺。


「うん……」栞は紅色の箸をとり食べ始める。「でもこんなにいっぱい食べきれる?」


「サッカー選手もたくさん食べるよ」


「もう選手なんだ」栞は椀を傾ける。


「そうだよ。もうプロ契約してる。試合にはでてないけど」


「本当に驚かされてばっかり……」


 食べながらテレビを見ている。「美味しい?」


「わざわざ用意してもらってありがとう」


「気にしなくていいよ。もうすぐ帰ってくる」


 栞は壁の時計をみる。「いつもこんなに遅いの?」


「うん。親には迷惑ばっかかけてるよ。もうすぐしたら楽させてあげるんだけどね」


「プロだからね。試合見に行っていい?」


「もちろん」


 食事を終わらせた。皿を流しに運ぶ。

「冷蔵庫勝手に使わせてもらったんだけど……」と栞は言う。

 テーブルにケーキが2つ並ぶ。

「せっかくのお祝い事だから。おばさんたちのもあるから」


「お金もらったんでしょ?」


「違うよ。自分のお金。持たされたお菓子は別にあるもん。選ばれておめでとうの」


「選ばれるのは前提だよ」


「でもこんな偶然ないでしょ? 選ばれたその日にお泊りだなんて」


「偶然お葬式になったからね。紅茶も淹れよう」


「お湯は準備してあるよ」


「……何か観たいのある?」


「いいよなんでも」

 栞がそう言うと俺はテレビを消す。

 ティーカップに紅茶を淹れた。栞は砂糖をいれ飲み始める。


「どっかでやってるかと思ったんだ。でもしょせん年代別の代表だからね。A代表みたくニュースになったりしない」俺はスマホをいじりだす。


「優勝したらきっとなるよ」


「だろうね」


「試合はテレビでやるよね」


「どうせ録画だ」ケーキを口に含む。「あ、甘い」


「あわなかった?」


「普段あんまり食べないから……」


「スポーツマンだもんね。食べちゃいけなかった?」


「気にしないで……」俺は下を見ながら紅茶を飲んでいた。「ほら見つかった」彼はスマホを栞に渡す。


「倉木一次。背番号10だって……」栞は目線を上げて言った。


「背番号なんて関係ないよ」


「知ってる人ばかりでしょうね」


「うん。変な奴ばっかり選ばれてるな。頼りになる奴らだけど」


「今は中盤なの? MFってあるけど」


 ガンズユースではずっとFWだった。

「中盤3枚のうちの1人だよ。前に3人も味方がいる。いろいろ事情があってね」


「どういうサッカーで勝ち上がってきたの?」


「ともかく走るサッカーだよ。詳しく説明すると長くなるけど……」


「もうすぐ帰ってきちゃうね」


「電話でいいなら教えられるよ。試合も観るの?」


「もちろん観るよ! これまでもずっとしてきた……」


「でも会えなかったね」


「なんとなく気まずくって……すぐ隣に住んでるのに」


「帰ってきたらまた会おう」


「いいの?」


「嫉妬するような子なんていないよ。いやいるのか?」


「えっ、いるの?」


「うーん話すと長くなるんだけど……ともかくサッカーのことなら俺が解説するよ。現場の選手が話すんだから情報漏洩だね」俺は笑った。「応援してくれるでしょ?」


「もちろん!」


「シオが最初に認めてくれたんだよ。憶えてる?」


「そんなこと……」


「シオの応援が他の誰よりもうれしいんだ。シオは兄貴(・・)のこと知ってるでしょう」


 栞は眼に力を失う。「うん」


「俺は兄貴(・・)のためにサッカーをしていたんだ。俺がここまでこれたのは兄貴(・・)がいたからなんだ。それは間違いない」


「そうかな。カズ君がすごいのはカズ君自身ががんばってるからだと思うよ。変なこと言っちゃうけどいい?」


「いいよ」


「いつまでも亡くなったお兄さんのことを口にしたりしちゃいけないんだと思う。……だって、もうずっといない人なんだよ。カズ君はお兄さんのことをサッカーをする動機にしたいのかもしれない。でも結局、楽しいからやってるんでしょう?」


「……うん」


「小さいころ一緒にサッカーしてて楽しかったよ。そんなとき頭のなかでお兄さんのこと考えてた? 違うでしょう……」


「そうだね。俺は……もう兄貴(・・)のことは忘れるべきなのかもしれない。勝つことだけに没頭するべきなのかも……」


 栞がテーブルに身を乗り出し顔を近づけてきた。「さっきからさ、カズ君表情固いよ」


 俺は視線を外して言った。「これがデフォルトになったんだよ。昔の俺とは違う……本大会では優勝以外の結果だったら褒めてもらいたくなんてない」

 家の外から車のエンジン音がする。

「そうなったときはシオに話したいことがあるんだ。とっても大事なことが」立ちあがる。「ママンの車だ。風呂先に入ったら?」


「あいさつしてからにする」


 玄関の引き戸が開いた。ダイニングの外に出る栞に俺は言った。「ほら敬語にしなきゃ」


「わかってる。お帰りなさいおばさん。……はい、はい。お世話になりますぅ」


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