ラストワンミニット
シュートが金井の顔面をとらえる。
アドレナリンが痛みを脳に伝えない。
金井はボールを蹴りだす。これで先ほどのミスは帳消しといったところか。
蹴ったボールは右サイドのアルゼンチン選手に。1番近い有村は間に合わない。
ボールがゴール前に。
混戦のなかアルゼンチンのFWが倒れるが笛はない。大槌がボルヘスの前でカット。
連続攻撃はさせたくない。ボールをともかくゴールから離したい。
大槌の蹴ったボールはアルゼンチンのセンターバックへのパスとなる。
センターバックはすぐさま前線へ。
マルコーニが飛び出しかけたがここは逢瀬。ふりむきざまに蹴る。
高いボールが攻めるアルゼンチンの左サイドへ。
アルゼンチンの5番と俺が競る。こぼれ球がDFから中央の14番へ。
今度はどこへパスをだす? もう時間がない。一瞬の空白。
日本は足を止めてしまった。
14番は最初から狙っていた。
ミドルシュート! 右足をふりぬかれた。
マルコーニが今日初めて仕事をする。
頭上を抜かれかけたがパンチング、軌道の変わったシュートはポストにあたり外れた。
味方に囲まれるマルコーニ。だが試合は続いている。次のCKが最後。
蹴るのはボルヘスではない。10番は不気味にゴールから離れて待つ。俺がマークする。
キッカーの14番がコーナーへ急ぐ。
主審が時計を見る。ベンチのコーチがアピールする。
CKが蹴られる直前ボルヘスが走りだす。味方のマークを剥がすための動き。
俺はついていく。
勘が外れた。14番の蹴ったボールはボルヘスと俺がいた位置に。
後ろの選手がミドルシュートを撃ってくる! マルコーニが大きく弾く。
アルゼンチンはおしこめない。ゴールの左に流れた。
そこからボルヘスがクロスをあげる。
マルコーニが味方を制しハイボールにジャンプ。
迂闊! キャッチしきれない。
無人のゴール。
アルゼンチンが丁寧に流しこむ。
逢瀬がシュートコースを読む。
スライディングでライン上のボールを止め、
近衛がキープ。眼の前にアルゼンチン選手。
蹴ったボールにぶつかりにいきゴールインを狙っている。
近衛の判断は……。
敵が左足からボールを奪いにくる。(主審にはきっと見えない。足ごとゴールに叩きこんでやる)。
近衛は左足で右足にあてるタッチ。ゴールライン上で右からぬく。
相手をかわし右足で大きく蹴りだした。ダブルタッチからのクリア!
と同時に主審が3度ホイッスル。片腕を挙げる。
試合終了。日本は勝ち点3を手にいれた。ベンチの奴らがこちらに駆け寄ってくる。
日本
1-0
アルゼンチン
俺の前でマルコーニがガッツポーズ。
最後に見せ場をつくってしまったGKに近衛が喰らいつく。「何してくれてるんだこのクソキーパー」
「勝ったからいいじゃないっすか!」
うるさい口を近衛の右手がつかむ。「そんなの結果論だ。今度足をひっぱってみろ……」
マルコーニは顔を青くして。「ぐ、だ、誰か助けて……」
「疲れたから無理です」と有村。無慈悲。
「どんな判断だマルコーニ」と佐伯。
「ふふんふ勝ったぜ。ウェーイ。いやぁやばかったねボルヘス。アルゼンチンのエースといったらディアスだよね。シュナイダーよりやべぇもん」
「それ漫画の話ですね」と織部。
そのボルヘスは肩を落とすチームメイトに声をかけている。敗戦からすぐさま立ち直り、次の試合へ気持ちをいれかえているようだ。エースがチームのまとめ役。
マルコーニを離した近衛。アルゼンチン選手の1人に近づいた。スペイン語で会話ができるようだ。
「何話してんだ?」と俺が訊ねる。
「日本は強いチームだったって。次は絶対勝つと」と近衛。
「なんだまだ戦いたいのか。もっとゴール奪っとけば良かった」
「ユニフォーム交換したいそうです」
「ユニフォームぅ? これってあげちゃっていいものなの?」
「とかいいながら高速で脱いでますけど」
「これって国際交流?」
「会話の1つもこなせないで何が国際交流ですか」
俺は不自然な笑みを浮かべユニフォームを渡す。「え、えっとー、ゲバラ、エルニーニョ、ラニーニャ、ガウチョ、ブエノスアイレス」そしてがっちり握手。「これこれ! これですよ! これがイメージ通りの国際交流!」
「まあ倉木が満足ならそれでけっこうだけど」と近衛。「なんか違う気がします」
俺もする。
観客席に近づきサポーターに挨拶。
ロッカーにもどる途中コーチが教えてくれた。
今から3時間前に終わっていたグループリーグBの別の試合の結果だ(アルゼンチンとのゲームに集中させたいから伝えていなかった)。日本が次に対戦するセルビアがトリニダード・トバコを6対0で破っている。