織部古太その1
俺はまだ走れる。
アルゼンチンが右サイドを崩しにいく。サイドバックが前方のFWにスペースを突かせる。
味方の動きにあわせて走らせるパスがつながらない。
ゲームが止まった。日本ベンチは時間稼ぎの選手交代。
主審が選手交代を認める。アルゼンチンは3分前に最後の交代枠を使っていた。これでもうこの試合に新しい選手は現れない。
アップを済ませた最後の選手がビブスを脱ぐ。代えられるのは俺じゃない、先ほどから危険なプレーを繰り返しているFWの鹿野だ。
審判がボードを掲げる。はいってくるのは21番の織部、下げられるのは20番の鹿野。
鹿野はラインをまたがない。ベンチの前で監督を非難し始めた。
こいつは俺の言うことを聞いてなかったようだ。ついさきほどボールをもった6番に危険なスライディングをかましたばかりだ。退場したら次の試合に出場できなくなる。
早くベンチにひっこまない選手に主審が眉をひそめる。このままじゃまずい。カードがでる。
と、近衛が演説し続ける鹿野に近づき、腹に拳をめりこませる。頭をさげた鹿野を佐伯と2人がかりで試合の外へ追いだす。
織部はうなだれる鹿野の肩に触れてから試合に登場する。叩きつけるような声量で。
「監督からです。古谷は前に残ってDFを牽制してください」なるべく遠い位置に縛りつけて。
「了解ですぞ!」と古谷。
「僕はアリ」有村。「のポディションにはいります。アリと倉木はカヴァー。ボールを奪ったらサイドでつないでください。無理に攻める時間じゃないし確実に奪えないんならシュートも駄目です。前半みたいに『鳥籠』で時間を使って」
俺はうなずく。「鹿野みたいな馬鹿もいるが前の奴らもよく走ってくれた。ともかく最後まで集中しよう」
「わかりました」と有村。こいつはまだ疲れていない。こんなに走れる奴だとはこれまで知らなかった。大事な時しか本気をださない奴なのだ。
後半45分。アディショナルタイムは3分だ。
アルゼンチンは前線に選手を集める。3人、いや4人だ。
長身のセンターバックをあげパワープレー。その選手には逢瀬がつく。
サイドから長いボールをいれてくる。日本は最終ラインに佐伯を加え対抗する。
ボルヘスがボールに触れない。足元にはいるパスは得意でも、走らされるパスや足でコントロールできない高いパスは得意としていない。
アルゼンチンの14番が低い位置で配球する。こいつは中長距離のパスが得意な選手だった。日本のボランチの前でプレーし両サイド深い位置へのパス、あるいは裏を狙うFWへのパス。だがなかなかシュートにはいたらない。
日本自陣の左サイド、織部とアルゼンチンの選手が接触し倒れる。こぼれ球を相手にひろわれた。
はいったばかりのアタッカーと俺が勝負。こねずにいれてくる。俺は動きを読んでボールを足にあてた。ゴールラインを背にキープ。
奪い返しにきた相手の足にボールをあて外にだす。
主審は今度こそちゃんと見てくれた。
日本のゴールキック。
マルコーニの蹴ったボールを古谷がキープ。俺、織部がボールを動かし時間を使う。
混戦のなか相手の肘が古谷の顔にあたった。一々抗議などしていられない。
10秒もつかもたないか。
俺のパスが長すぎた。織部がスライディングで触れようとするも間に合わない。
今度はアルゼンチンのゴールキック。
俺、古屋、織部の3人が自陣に引き返す。ベンチのコーチ、選手たちが正確な残り時間を教えてくれる。(不貞腐れた鹿野は参加していないが)。「残り1分」と。