逢瀬博務その4
後半31分。
アルゼンチンが2人目の交代枠を使う。運動量の落ちた中盤の選手を代えた。
青野監督とコーチが話をする。日本はまだ交代枠を2つ残している。俺を代えないでくれと心のなかで祈った。この試合ではまだやれることがあるから。
有村と金井、誠心高校のコンビがアルゼンチン選手をはさみボールを奪う。
金井が風通しの良い中盤を駆ける。
2人のFWが20メートル前方で加速。右サイドの俺にだせばチャンスになる。有村と左沢も左を走る。
だが金井がありえないミス。俺の前にいた敵にパスを送ってしまった。
アルゼンチンの5番が見えていなかったのか? 金井は眉をあげ驚愕している。
カウンターのカウンター。これはまずい。
俺も金井も追いつけない。5番はそのままドリブル。
佐伯を十分にひきつけてから2時の方向にパス。選択肢はボルヘス。
3人のDFは中央を固める。ボルヘスがつっこむ直前に9番が左に。近衛がつく。
ひきつった顔の大槌が奪いにいくが腕でバランスを崩されスピードで離される。
ボルヘス対逢瀬。
ボールが足元から離れない。
ボルヘスは相手を見ながらドリブル。この選手は相手の出方を見てからもっとも確率の高いプレーをチョイスできる。
ボルヘス(左アウトサイドでぶちこむ)。
逢瀬(左のシュートコースをふさぐ)。
ボルヘス(一瞬静止し、オウセに飛びこませる)。
逢瀬。
ボルヘス(きりかえし右でまいたシュート)。
逢瀬(反転しシュートコースをふさぐ)。
ボルヘス(オウセの背後にはいりこむ。左でショット)。
逢瀬(左ならもどった大槌に任せる。左がフェイクなら……)。
ボルヘス(とみせかけ転がしインステップキック、右足でふりぬく。これで決まり……)。
強烈な右のシュートは逢瀬のあげた太腿にあたり転がる。大槌がクリア。
(完璧に見透かされている。出方を見ながら変化させた攻撃がことごとく阻まれた。……ゴールを奪えるイメージがまったくない)。
ボルヘスは立ち止まり地面を2秒見た。
「逢瀬の勝ちです」と近衛は言った。同時にこうも思う。(このピッチで1番才能があるのは俺でもない、倉木でもない、ましてやボルヘスでもない。こいつだ)。
スピードにはスピードで、高さには高さで、技術には技術で対応する。
逢瀬は相手の特性を試合中にラーニングできる。
後半33分。ボルヘス1人の攻撃には限界がある。
ボルヘスは単独でゴールを奪うことのできる大会最強のドリブラー。
だが相手が悪すぎる。日本のオウセというDF。こいつもまた単独でゴールを守りきれる大会最強のDF。1対1で前をむいたボルヘスのドリブルを抑えきった。
アルゼンチンの監督はボルヘスを諦めた。正確には彼に頼ることを諦めた。同点ゴールは誰のプレーから生まれても良い。