志賀劉生その2
試合前夜。
食堂でビュッフェ形式の夕食を摂る。コンディショニングコーチの指示通り肉類は控えめ、ご飯は多めに。
それからほぼ全員の選手とコーチが残り大型テレビでグループAの試合を観る。スペイン対ナイジェリアの試合はスペインが3対1で勝利。試合前予想したとおりの結果になった。
試合観戦で就寝前の休み時間をほぼ使い果たしてしまった。雑談もそこそこに選手たちは自分たちの部屋に引き上げる。
俺と相部屋の志賀は心なしか嬉しそうだった。部屋にはいると俺はなんで? と問いかける。
ベッドに腰掛けた志賀は表情を引き締める。「どうせいつか知られることだから話すよ。俺にはスペイン人の血がはいってる」
「そうなのぉ?」
「慶長遣欧使節って知ってるか? 知らないだろ」
「ああ、江戸時代初期に仙台藩がスペインと貿易するために支倉常長を中心とした使節団を送ったってやつだろう。幕府がキリスト教を取り締まったせいで失敗に終わった……ひょっとして現地に残った日本人……日本を意味する『ハポン』という姓を名乗る日系スペイン人、お前はその血を引いてるってことか?」
「理解超速いな。つうか知ってたのか?」
「いや察した」
「大体お前が言ったとおりだよ。スペイン人の親父はセルビアの出身で日系人だ。帰国子女で小学校に入るまではスペインで暮らしていた。だからスペインには思い入れもある。サッカーを始めたのもあっちでだ。よくリーガも観ているし、将来はプレーしたとも思っている。だからさっきの試合でもスペインを応援してたんだ。決勝トーナメントで対戦するかもしれないのにな」
「そんなにスペインが好きならスペインの子になっちゃいなさい!」
「ならないよ。日本代表で公式戦にでたからもうスペイン代表にはなれない」真面目かよ志賀。「俺はさ、純粋な日本人じゃない。だから他の奴等より努力して、試合で実績をつくって認められないといけない」
「それはお前個人の考えだろ?」
そして危険な考え方ですらある。
「そうだけどよ。よその血がはいってるぶん日本代表であることにこだわりをもちたい。だから明日も出番があれば全開でいく」
「……なんか主人公気取りだな」俺は慎重に言葉を選ぶ。「そんなのはお前のなかの物語にすぎねえ」
「物語?」
「ああ物語さ。代表選手なんだからみんなサッカー馬鹿に決まってるだろ。なら面白い話の1つや2つできるに決まってる。たまたまお前の話が珍しい部類になるってだけだ。そうだな、俺についての物語は……」