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夢の終わり、現実の始まり

「よしわかった! 呑もう!」


「だから飲めねえって」と佐伯。


「MVPは最後にあんなプレーしたこと反省しておくこと」


逢瀬。「MVP獲ったからってMVPって呼ぶなよ……」


「じゃあオウンゴール。オウンゴールキャプテン」


「酔ってるんですか?」と有村。


「酒なんて摂取しないでも酔っぱらえるんだよ俺くらいになると。んっんー。近衛変な髪形止めたの? サイドテール」


近衛は髪を結んでいなかった。「髪形? ああ、あれは注目浴びたかったから」


「注目? おしゃれのつもりだったの?」


「変な格好してミスしたら恥ずかしいから、自分にプレッシャーになる」


「何その発想……普段からあんな格好してるのかと思った。近衛の渾名はなんにしようか」


「圓楽でいいだろ腹黒だし」と鹿野。


「じゃあ圓楽で。お前はゴリラ野郎で確定だし水上は……」


「水上道なんだからいつも上水道って呼ばれてましたよ」と本人。


「そうだね。志賀はノーゴールでいいよな?」


「ああいいよノーゴールで」と苦虫をかみつぶしたような顔で本人が答える。


「どうして渾名決める流れになってんだよ」と佐伯。


「佐伯は……うーん……」

 腕を組んで悩む。


「空気?」と鮎川。


「空気! 他になんかあるだろ!」と本人。「ずっとレギュラーだったのに」


「じゃあノーマルで。じゃあ次は有村」


「いらないです」と有村。


「有村はあれだね。こいつ最後ロングシュート撃って追いつこうとするし本当は自分が1番上手いくらいに思ってるよ」


「思ってませんよ」


「そういう有村の実力を高く評価したうえで渾名はスーパー有村で。織部はオリベッティとかオリベイラとか」


「人の名前をいじるのは下品ですよ」と本人。


「うるせえな優等生金井はだんまりか?」


「どうしてこのタイミングで渾名なんて決めなければならないんだ?」


「そうしないと次会ったとき名前がでてこないかもしれないだろ? お前ら程度の奴らに次の機会なんてあるかわからないからな。怒ったか? 次の監督がお前ら程度の選手を必要とするかなんてわからない。俺以外は」


「……そうだな。倉木が言っていることはまったくの正論だと思う。俺たちは今ほんの鼻先だけリードしているが、横に何十人も選手が並んでいることは確かだと思う。長所を伸ばすのか短所を補うのかそれは人それぞれだろうが、成長しなければ2年後はない」

 つまり20歳以下の大会か。


「お前は先生な。マルコーニは森崎。あとはそう、左沢は下の名前が成通だから蹴聖成通な。木之本は見た目があれだからナード」


「なんで僕だけそんな渾名なんですか!」と本人。


「メガネだし」


「もう1人いますよ」木之本は織部を指す。


「織部はこじゃれてるから。あとは樋口。うーん、この流れで渾名なんてつけられたい?」


「別につけられたくないよ」と本人。


「じゃあお前はいいか」


「かといって俺だけつけられないっていのはどういう……」


「大槌はまかるんって立派な渾名があるしもういいか」


「いやちっともよくねえしよ」と本人。


「もう渾名なんてどうでもいいか。このメンバーで話できるのも最後だしね。……最後だね!」


「ん……そうだけどよ」と佐伯。


「いろいろなことがあった。うん。なんかサッカーばっかしてた気がするけどいろいろなことあったよな。先制されたり先制したり。勝ったり勝ったり勝ったり勝ったり勝ったり勝ったり負けたりしたよな。悲しい別れも」退場処分。「あったりしたっけ。勝って終われば何よりだったけど、ちゃんと最大7試合ゲームをやって得るものもあった。負けて得るものはちゃんとあるんだよ。……ここからが大事なんだよ本当に……トップレヴェルの連中とやりあうんならもっと強くなって、いい試合を経験して、もっと走って、もっといい準備してさ……だからまだ何も始まってない。立ち止まってなんていられない。なぁ、最後に……最後に1人1人握手をしよう。まずは有村から」


有村は手をさしだしながら。「まだ機内ですから解散しませんよ」


まあそうなんだけど。「お前は何を思ってる?」


「すごく眠いです」俺もそうだった。




 ……俺はテーブルに突っ伏している。

 目尻から涙をぬぐいながら頭を横に傾け、栞の姿を探した。

「大丈夫?」


「うん……栞のほうこそ。ありがとう」ここまでつきあってくれて。


「あんまり深く考えないほうがいいよ……試合観ようって言い出したのが悪かったのかも」


「悪くないゲームだったんだよ。俺さえ出てなければ最高のゲームだった……」


「カズ君……もう眠ったらいいよ。お休み」


「うん……お休み。こんなことするつもりはなかったのに……あのとき……」


「どうしたの?」


「どうして人に頼ろうとしたんだろう、パスを出したんだろうって……大会中あいつらを信頼するようになって、まるで罠にかかったみたいに俺はパスを選ぶようになった」


「それは……自分で決めにいけなかったのは……心が弱かったからじゃ……」


「わかってるよ。結局ここなんだ」俺は胸を押さえる。あいつらもそう、俺もそうだった。「栞……俺はこれからどうしたらいいんだろ……」


「早く怪我を治さないと」


「それから?」


「それから…


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