宴の始末・上
(決勝終了後、帰国時の旅客機、代表チームの面々が固まって座るビジネスクラスの客室内、離陸後数時間が経過しほとんどのメンバーが眠っている)。
「……辛いのが食べたかったんだ」と俺。
「急に何を言いだすんですか」と有村。
「あんまり辛い物を食べるとドーピングでひっかかるっていうから食べさせてもらえなかったんだよ。でも昨日試合終わったあとの夕食にでなかっただろう」
「日本に帰ってから食べてくださいよ。好きなんですか辛いの」
「辛いもの辛いもの……あれだな、初めてココ○チ行って最大10辛ってなってたから5辛くらいが普通だと思って頼んで完食するのが大変だったなぁという思い出が」
「その程度なんですね」
「うっせえな今真夜中だろう?」鹿野が腕時計で時間を確かめ眼を開ける。
「話かけんなよゴリラ野郎」と俺。
「口悪すぎますよ」と有村。
「お前のほうが1試合多いし疲れてんだろ」と鹿野。「ちゃんと休んどけ」
「何普通のこと言ってんだ気持ち悪い」
「……鹿野さんは何か言うことないんですか? 僕たちに」と有村。
「あ? どういう意味だよ」と鹿野。
「準決勝のことですよ」と有村。
「お前怖いな」
「……準決勝のあれのことか? そうだな。俺が抗議してなきゃ退場喰らうことなんてなかっただろう。直接ではないにしろ敗因の1つになっちまった。それは認めよう」
「偉そうに言いやがってよ。お前の代表でのキャリアもこの大会で終わりだな」
「実力ですぐに黙らせてやる。アマでの実績などプロの1試合にも満たないんだ。俺たちはまだ始まってすらいない」
どっかで聞いたようなセリフだな。「んー、お次のゲストは誰かな?」
「なんの番組が始まってるんですか?」と有村。
「んーじゃ次は……はい大槌退さんに決定。いらっしゃーい」
「寝てたのに起こすなしよ」と大槌。
「その口癖どうなの? 定着させたいの?」
「ほっとけしよ」
「そうだね、話のテーマはやっぱりあれだよね。敗因」
「敗因?」と大槌。
「準優勝止まりだったこの大会、チーム日本の敗因をつくったのは誰か? っつうテーマ」
「ズバリですね」と有村。
「あやふやにしないでしっかり話しあわないとね。もう時間も経ったしみんな冷静に語れるでしょ?」
「考えうる限り今1番重いテーマだしよ」
「アッハッハッハ。地獄開始!」
「どうしてそんなのぶっこんでくるんでしょうね……敗因は選手みんなに責任があると思いますけど」と有村。
「それに選手を起用して采配をふるった監督にもあるだろ」と大槌。
俺は指を立てる。「1人、あえて1人挙げるなら?」
「それってイジメじゃないですか」と有村。「PK戦で外した」イタリアのあの人とか、日本のあの人の名前を出して。「あの人たちも不運なだけだと思いますよ」
「PK戦で外したって戦犯とは言わないよ。試合で1番良くないプレーをした人を決めたいってだけだ」
と、右横の通路に誰かが立っている。眼をむけると水上だった。「何喋ってるんですか?」
「何って」以下略。「だよ」
水上はその場に座って。「僕にも責任はあると思ってますよ。準決勝で俺と鹿野さんが退場したから決勝にも影響は残ってたはずです。ベンチにもいなかった」
「青野さんがお前を選ぶとは思えなかったけれどな」
水上は黙る。
「リードしてたときでもリードされてたときでも鹿野がはいってきたほうが良かったよ」
「当たり前じゃねぇか」と鹿野。「ん? つまり俺が敗因か?」
「間接的にはね。結局プレーできる選手で試合するしかないんだ。決勝に鹿野と水上と佐伯は連れてこれなかった。それだけだ」
「結局問題は決勝戦なわけですね」と有村。
「織部起きてる?」
「起きましたよあんまりうるさいから……」
「どうだった決勝戦。初めて先発で出場だった」
「……佐伯が怪我をしたから代役で出番が回ってきたんです。実力でつかんだとは思ってないです」
「っていうけどシュート何本も撃っていいパスも何本もあったしそれまでの佐伯よりずっと活躍してたよ」
「それは……佐伯とはプレースタイルが違うからですよ」
「お前がアルゼンチン戦からスタメンだったら結果は違ったかもしれない」
「青野監督の采配が間違っていたって言いたいんですか?」と有村。
「そうだよ。決勝の織部見たらわかるじゃん。スタメンに値するプレーだった……佐伯は眠ってるし気兼ねなく意見していいんだよ」
佐伯が吠えるように。「いや起きてるよ眼が細いから起きてるように見えないだけだろ!」
「織部はどう思うの? オランダ相手にやりたい放題やれて」
「いえ、それまでもベンチに座って試合を観て、自分が出ればある程度はやれると思ってましたから……でも俺が出られなかったのは仕方ないです」
「どうして?」
「だってメンバーが固定化してたじゃないですか。アジア予選から代わったのは近衛くらいなんでしょ?」
それはそうだけど。「だが監督はお前を選出しておきながらほとんど試合に出さなかった」
「だからそれは、チームが好調だったから、あえてメンバーをいじらなかったんでしょう。チームに競争がないから悪いって糾弾したいんじゃないですよ」
「言ってるじゃないかよ」と佐伯。
「だって現に決勝戦まで勝ち上がったんですから、青野監督に手痛いミスがあったとは言えないでしょう。佐伯の起用は間違いじゃなかったし俺をベンチに置いたのは戦術的な理由があったんですよ。もうこの話はいいでしょう」
近衛。「『問題は決勝戦』なんだろう? 有村」
「起きてたんですか」と有村。「2点しか奪えなかった。3点も奪われてしまった」
「これまで6試合で2失点だったのにたった1試合で3失点」と俺。
「ヨハンはモノが違った」と近衛。
「そんなにか?」
「お前なんか比較にならないくらいだ」と近衛。
「なんかお前話し方変わったよな」
近衛が続けて。「それでも3失点はやられすぎだ。CKからPKを奪われ、角度のないところからループシュートを決められ、サイドを崩されオウンゴールを誘発させられた……ヨハンは後半途中からあっちから見て右サイドに流れる傾向があった」
「右サイド?」
「ああ、あいつは右利きなんだからプレーしやすい左サイドに流れるっていうのはわかる。でも右に流れた。俺が担当するエリアだ。逢瀬よりも俺と対決することを望んだんだ」
左沢が手を挙げる。「それは俺も感じた。それにあと……後半途中からはなんていうか、味方を使わなくなる傾向があった気がする」
「あのゲームで引退するんだ。結局あいつについていけるチームメイトなんていなかった。連携などに頼らず自分1人でゴールするつもりだった」
「結局あいつ1人に引っ掻き回された試合だったな」と俺。「じゃあまずは同点に追いつかれた場面からだけど、CKのトリックプレーでもっとも責任があるのは誰だ? もちろんドリブルで抜かれた俺も悪いけれど……」
「11番を捕まえきれなかった俺が悪い」と近衛が申告する。
「お前だけか? その後のPKで走りだしたライカを誰も追いかけられなかっただろう?」
「PKになった時点で決着はついていたよ。11番にダイヴさせるきっかけをあたえた俺の負けだ。責任は俺にある」
「……そういうことにしよう。2失点目は……3分くらいあとだったかな? ライカのスルーパスにヨハンが追いついて、ゴールライン上からループシュートを決められた。あれは防ぎようがなかっただろう? プスカシュ賞獲っちゃうようなゴールだよ」
「相手がどんなスーパープレーでゴールを決めようと守る側に一切ミスがないってことはない。あと一歩早くあいつの前に滑りこんでいれば、シュートは止めることができたんだ。あの失点もヨハンをマークしていた俺の責任だ……」
「そう……じゃああの試合の3失点のうち2失点はお前のせいか……樋口なんか言いたそうだけど?」
「……出てない俺が言うことじゃないかもしれないけどさぁ、近衛1人のせいで負けたんじゃないだろ? 他の場面ではよく守ってた。そもそも近衛がずっと頑張ってきたからここまで勝ち上がれたんだ」と樋口。
「ごもっとも」と俺。
「近衛は雑魚なんかじゃねえよ」と鹿野。「だがそれ以上にヨハン1人が厄介だった。他の選手が問題にならないほどにな」
「サッカーは団体競技ですぞ」ここで古谷が口を開く。「たとえ近衛殿が手痛いミスをしたからといって糾弾する必要はござらぬ」
「んーまぁいいけど……ヨハンが蹴って退場したくらいだ。あいつをとことん追いつめてたのは確かだよ」ヨハン自身の事情もあったが。「じゃあ逆に良かった選手をピックアップしようか? 決勝戦だけに限ればまずお前が開始早々にゴール決めただろ」
「あれは……直前にあったミスを帳消しにしただけですぞ」謙遜する古谷。
「でもあのパスをダイレクトでシュートってなかなかない発想だったよ。だからあのキーパーも止められなかった。こっちの決定機を何本も止めたあのキーパーからファーストシュートでゴール決めたんだし……」
「あのシュートはすごかったよ」と織部。
「そこまで褒められると拙者としても悪い気はしない……」
「まぁ勝てなかったから意味ないけどね。俺の2点目のアシストもそうだ」俺はそう決めつけた。
「俺のシュートを止めて」
「そう。全然決まる気のしないシュートだったからトラップしちゃった。でもGKに読まれてたからパスして逢瀬に決めさせた」
「8割倉木さんの得点でしたよね」と木之本。
「一応俺と古谷は仕事をしたってことになるね。採点基準が曖昧だけど」
古谷はまた真顔になって俺を諫め始めた。「何度も言いますが、敗れたことでチームとして課題ができたことは承知しますが、選手1人1人を攻撃する意味はないと思ってますぞ」
「でも反省しなきゃ先に進めないだろ。ミスをした人間が反省しなければまた同じ間違いを犯すことになりかねない。いっそのことそんな選手2度と代表にいらないって結論になるかもしれない……。『次の機会』はきっとあるだろうけれど、今回ほどの好条件で戦えるとは限らない。もっと強い敵が待ってるかもしれないんだから……というかきっとそうなるよ」
有村が席を立っていた。前のほうに座っていた誰かを起こしている。立ち上がってこちらにやってきたのは……金井だ。
「戦犯を探すっていうなら話は早い」
「誰だ?」
「俺だ」
「お前か」
「最後の失点で5番を捕まえられなかったのは俺の責任だ。5番のパスからオウンゴールは生まれてしまったんだ」
「違う。その前に8番のドリブルを止められなかっただろう。俺と有村のせいだ」
近衛が指摘する。「ヨハンがいなくなったことでオランダの選手たちが自分で考えるようになったんだ。8番がしかけるシーンはそれまでなかったのに……」
「俺が中途半端なポディションをとっていたからサイドバックにパスがとおってしまった。あの失点は俺がきっかけだったんだ」金井は断言した。「敗北の責任は俺にある」
「んんーそうだな。こうなったら自己申請するようにしよう。我こそは決勝戦の敗北の原因、オランダ戦の戦犯だっていう奴はどれだけいる? はい」
俺は手を挙げるよう求める。
選手21人中挙手したのは……俺も含め8人だ。
「有意義な会話になってきたじゃないか」