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107/112

10分間

 日本

    2 - 2

           オランダ




 後半35分、日本はコーナーキックの流れから逢瀬がゴールを決め同点に追いつく。


 追いついた日本に流れがあるのかといえばそうではない。日本もオランダも残り10分でまだ試合が動くと確信している。PK戦はない。いずれにせよ次の1点で決まるはず。この試合もこの大会も。


 両チームの選手たちが試合再開までの短い時間、コミュニケーションをとる。



 日本の場合。

 有村が後ろから俺に話しかけてくる。「裏をかいたつもりだったんです。織部にパスをだしたのは」


「何分か前から織部が活躍しまくってたから、マークがつきやすい織部にラストパスがくるのは予想外だった」


「織部もおりべで軸足狩られてたのにあんなシュート良く打ちましたよ。それをよく倉木さんも止めましたね」


「絶対にあっちのGKが止めると思ってたからな。逢瀬が決めなかったら俺が後ろ指さされてたかもしれんが」

んなことはどうでもいい。俺はおれの選択を後悔しないから。


「みんな冷静だってことを確認できてよかったです。サッカーは考えるスポーツですから……最後は頭ですよ。3点目もそういう感じでとりましょう」


「抽象……ともかく残り10分だ。けりをつけよう。サッカーなだけにな。サッカーなだけにな!」


 有村がシカトしてこちらに走ってきた織部と片手でハイタッチ。そして前方のオランダイレヴンを見守る。



 オランダの場合。

 ヨハンの元にすべての選手が集まっている。

「守りにいかず3点目を奪うべきだった。ヘーシンク、お前がラインを下げて守ったのがそもそもの敗因だ。ファウルで試合を何度も止めゴール前を固めるつもりだっただろうが彼らには通じない」


「オリベはどうするんだ」とホフマンが悲痛な声でたずねる。


「ともかくパスを回せ、ボールを動かしていればオリベにアタックされる心配はない。俺だって奴との1対1(デュエル)は正直嫌だ。だが奴の住処は結局中盤だ。センターバックとセンターフォワードには関係ない。俺とヘーシンク、フィリップス、俺たち3人がしっかりしていればミスや失点にはつながらない。そもそもあのゴールだって8割クラキの頭のおかしいトラップが生み出したものだ」そう言ったあとヨハンは鼻で笑うようにつけ加えた。「だが俺はあいつの先を行ける」




 後半35分、残り時間10分。


 近衛類はヨハンの弱点を数十分前から理解している。

(奴自身が試合開始前に教えてくれたことだ。病を患ったヨハンにとってこの決勝戦が人生最後の試合。それゆえに、ヨハンは負傷退場することを恐れている)。


(普通の選手なら、怪我でベンチにひっこむことになったとしても我慢できる。試合に出られずとも自分に代わって奮戦する味方を応援できるだろう)。


(だがヨハンに限っては事情がことなる。奴はこの試合に至上の価値を見出しているはずだ。そしてヨハンは自分に比肩しうるプレイヤーをオランダチームのなかに1人も見出していない。だから敵との接触をなるべく避けフルタイム出場できるよう制限を設けている)。


(だがその制限も解除されるだろう。残り時間、そして同点である現状を鑑み、ヨハンは負傷することをいとわないプレーに走る。これまでの論旨とは真逆になるが、今日引退するヨハンは『明日』のことなど考える必要がないからだ)。


(圧倒的なスピードとパワーを有する逢瀬、あるいは中盤、ぶつかれば吹っ飛ばされかねない織部、この両名から離れ俺の前でプレーしてきたヨハン。だが今は)


 この2人と戦うことをいとわない。

 カウンター、

 ヨハンはペナルティエリア左寄りの位置で逢瀬と最終ラインのカヴァーに織部にマークされている。

 トップ下のライカからシュート性のパス、これを右アウトサイドでコントロール(トラップの技術は俺以上)、ゴールを正面に見据える。

 近衛が前方に残っている。シュートコースを消すために詰め寄った最後のDF。

 ヨハンは開いた股を抜き近衛の背後に回りこむ。

 近衛の誘導だ。角度がない位置にきりこませた。ヨハンはゴールから左斜めに離れる。

 近衛がさらに追いこみ逢瀬が右に並ぶ。近衛が逢瀬の腕をつかみ2人の間を抜くことは不可能。

 この条件で勝負できる選手はこの大会に存在しない。ヨハンの後方にオランダの18番。ここはいったん預け、

 ると誰もが思った(遅攻に状況は移行すると)。その一瞬のうち、リフティングさせたボールを頭上で蹴った!

 三度ボールがGKの頭上を越す、今度はシュートではなく、ゴール右で待ち受けていたDFを狙ったボールだ。

 喰らったか? いや、そこに有村が戻っていた。『最後は頭ですよ』。DFではなく中盤から下がってきたこいつがゴールエリアにまで戻ってヘディングでクリア、志賀が大きく蹴りだした。ここまで上がったオランダの右サイドバックは元の位置に帰るしかない。




 鮎川がキレている。色々な意味で。


 鮎川。(なぜここまで2ゴールの自分がスタメンを外されたのか、監督の判断が理解できない)。

「対戦相手あってのサッカーだ」と青野監督は答えた。「オランダは今までの相手とは違う。かなえの力は日本のために絶対必要だけれども、出場するタイミングは試合の展開を見てから僕が決める」

(今がそのとき)。後半38分、残り時間7分。

 逢瀬がボールをもって右サイドを駆け上がる。

 サイドバックとしてはスキルがないが、それでもその駿足はかなり使える。

 オランダの左ウィングは逢瀬にロングボールをいれさせてしまった。守備の崩壊は前線から発生する。

 織部がセンターサークル内でホフマンと競りあう。こぼれ球が鮎川の元へ。


(今日の私はこれまでとは違う。途中出場している以上)。


 鮎川は胸トラップ、左サイドをななめに走り始めた志賀を狙って、


(試合を決めるサッカーをしなければならない。9番をつけている以上)。


 空中で体をひねり長い足でボレー、志賀にラストパスを送る。

 ゴールまで40メートル、独走を開始する。

 下がるオランダのディフェンスライン。俺は右へ逃げ囮の役割。

 ペナルティエリア内、志賀の前にヘーシンクが立ちふさがる。

 志賀はあえてヘーシンクを引き出した。間合いが詰まったため2人ともスピードダウン。

 そこから加速するなら志賀に追いつけるわけがない。

 チェンジオブペース。

 右足で止めにいったヘーシンクを抜き、ゴール左からファーサイドにむかってシュート。


 志賀。(角度は限定されていた。あのキーパーはきっと止めるだろう)。


 志賀が左足で放ったシュートは必殺を狙ったものではない。ブルーナは右手一本でボールを弾く。高々と。

 GKを介した志賀のパス。奴の狙いは『二撃必殺』。

 こぼれたボールがオランダDF2人の間へ飛んでくる。その後方から俺が抜け駆ける。

 立ち止まり飛んできたボールを待ちかまえる2人より、俺のジャンプのほうが上だ! 上から叩きこむ……。

 だが俺のヘディングシュートはあっさりとGKにキャッチされた。

 ブルーナの弾いたボールが高すぎたため、威力のあるシュートを叩きこめなかった。

 というか志賀のシュートをパンチングで防ぐ直前、すでに俺の姿を発見し、ボールを高く浮かせることで2発目のシュートを止めにいく体勢をつくる時間をつくりやがった。このキーパーは。

 少しでもセーヴできる可能性を残していれば止めかねない。

 2ゴール奪ったというのに嫌な印象はまるで変化しない。どちらのシュートもGKはノーチャンスだったし。

……オランダ代表はとんでもない奴がゴールを守っている。

「……お前が俺の死か」

 PK戦のことなど考えても仕方がない。それでもだ。




 後半44分、残り時間1分。

 逢瀬がペナルティエリア前でオランダの18番の足をひっぱり倒す。

 数秒前、ヨハンが2人のセンターバックから離れる動きを見せたことで、ボランチ金井にマークを引き渡さず最終ラインを上げてしまった。オランダの8番から出たスルーパスに反応したウィングに対応しきれずファウルで止める守り。

 真正面よりもやや左寄りの角度、ボールに近寄るのは15分前、11番に代わって出場している18番。

 もちろん蹴れる選手だろう。

 鮎川と織部、左沢が近いサイド、その隣に逢瀬が壁をつくる。ペナルティエリアのオランダ選手を他の日本選手が見ている。おそらく直接だろう。

 笛と同時に迷いのない助走。(怖がらない3人がキックの直前1歩2歩相手に近づく)。

 オランダの18番のシュート!

 シュートの大砲音の直後、ゴールのフレームが叩かれた金属音が耳に届く。

 ジャンプした織部の頭をかすめ、ゴールの隅のすみに入りかけたボールが跳ね返り、有村のもとへやってきた。

 敵はいない。有村はそのことに気づいている。ここからたった1人前に残った志賀にむかって10時方向に低く速いパス。

 オランダの4番が距離を詰めていた。


 フィリップス。(ここはファウルでカウンターを潰す)。


 ファーストトラップで前をむいた志賀を押し倒したがもうボールはそこにない。

 右斜め前の近衛が受けている。志賀を倒したフィリップスが追いかける。


 フィリップス。(主審が流した。ワンプレーで2度の反則となれば印象が悪いが、俺も退場を喰らう覚悟はできている)。


 フィリップスは近衛の背中を二度押したがセンターバックはいとわずドリブルを続ける。

 フィールドの半分を縦断。

 そこで追いついた右横の俺にパス。

 ヨハンが奪いにきた。俺は近衛へリターン。

 近衛は最高速度に至っている中央織部へダイレクトで。

 織部のミドルシュートで決着か?

 織部の前には2人敵がいる。しかしパスワークにふりまわされシュートコースが空いている。


 織部(あのキーパーに俺のミドルはおそらく通じない、だったら勝負するのは俺じゃない)。


 織部は右前方、シュートコースを消しにきた16番の進路方向に対し垂直にパスをとおす。

 右に流した。

 鮎川。


(そう、ヤるなら今しかない……)。


 エリア内ニアサイドに俺がいる。

 織部→鮎川→俺でゴール。

 その手筋を読みきったオランダ選手が2人いる。

 ペナルティエリアまで俺を追いかけたヨハン、そしてもう1人。

 織部をマークしていたはずの16番、レーシンク。

 レーシンクは織部の眼を観察していた。ゴールから眼を離し右に流れた鮎川を見ている。

 その視線の動きはフェイントではない。

 パスが出る1秒前に織部を捨て鮎川にアタック。

 もとよりパスには追いつけない。狙いは鮎川本体。

 鮎川……というかそこ(・・)にいるだろう日本人選手の位置はレーシンクにもわからない。直前まで織部を見ているしかなかったからだ。

 レーシンクは転がるボールを眼で追い、敵がコントロールするだろうと思われる位置にむかって体を投げ出しただけだった。

 ただそれだけの原始的な守備が通用したのはレーシンクの身体能力がおかしかったからだろう。

 ペナルティエリアまで10メートルの位置、レーシンクは両足で鮎川をはさみこみ倒し、主審の笛を今度こそ鳴らすことに成功した。

 連続した攻撃は守る側の布陣を整えさせない。プレー時間が途切れればとぎれるほど守る側は有利。

 もはや美しくある必要はない。オランダチームはヨハンに勝利を捧げるため目的を一致させている。


 起き上がった鮎川が寝ころぶレーシンクを怒鳴りつけている。「何してくれてんのよこの」「野郎! サッカーやれよこの野蛮人! ああ?」


「かなえ、カードがでる」と俺。


「絶対に1点モノのプレーだったのよ」とふりむいた鮎川。「カズちゃんにアシストできたのにこいつがつっこんできて……」


「アユカワにパスが通ってもお前は俺がマークしてた。失点はなかったよ」とヨハンが口出しする。


「いやそれはないよ」俺は強い口調で否定する。「お前に俺は止められない」


 俺はヨハンに対し恐怖心を抱いていない。あいつも俺も攻撃の選手だ。めったに直接戦ったりしない。

 日本陣内に引き上げて行く近衛は違う。互いにマークすることになるDFとFW。近衛はヨハンを忌まわし気に見ている。

 入れ替わりで上がってきた逢瀬がヨハンを強く睨んでいる。

 副審がメインスタンド側、両チームのベンチの間でアディショナルタイムを表記した。残り5分。まだ時間はたっぷりある。

 ボールをセットした鮎川に告げる。「ヨハンに勝ち逃げなんてさせない。あいつのサッカー人生は俺たちに負けて終わりだ」


 ヨハンは言葉を発さない。ただ胸の内に言って聞かせる。(大会前想像していた通り、決勝戦の相手が最強の敵だった)


「もう終わりにしようか」


(終わらせてやる)。


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