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代償

 オランダの11番、ワールスはヨハンの元へ近づいていた。

 ヨハンは10番から出たスルーパスをスライディングで止めたのだ。ワールスは地面に転がった体勢からまともにプレーできるはずがない。ヨハンからボールを受け継ぎゴールへ突撃するつもりだった。

 実際にはヨハンは立ち上がりすぐさまシュートを選択している。

 だがワールスのこの選択は無駄ではない。ワールスがゴールから離れたことで逢瀬をひきつけることに成功したからだ。偶然とはいえオランダの左ウィングのこの動きがなければヨハンのシュートは阻止されていただろう。



 大槌がゴールの中からボールをかきだした。だがすでに遅かっただろう。モニターに直前のシーンがリプレーされている。

 ヨハンがアウトフロントで蹴ったとき、ボールは完全にゴールラインを割ってはいない。

 大槌がスライディングで蹴ったとき、ボールは完全にゴールラインを越境していた。

 主審は右腕をセンターサークルにむけて伸ばした。




 数分前まで1点のリードを守っていた日本が追いかける側になる。

 大槌に代えて沖が投入された。

 およそ9メートル前方でヨハンとワールスが話をしている。


 ヨハンは言う。「見ろよあの2人の顔つきを……日本の3番と4番だ。オウセは元から鷹みたいな目つきだけど今はなおさらだ。俺があいつの仲間でも殺したみたいな顔じゃないか。コノエは何考えてるかわからんけど……まぁどっちにしろ遅い。2点獲られたあとならね」


 ワールスは言う。「おい、今のはどう見てもお前の言う『特別なゴール』だっただろう? あんなゴール今まで見たこともねぇ。そういうゴールは相手の心を折るんじゃなかったのか? あっちに諦めてる奴なんていないじゃないか」


 ヨハンは応えて。「わかってないなぁ。あいつらも6連勝してここまできたんだよ。どんなゴール決めても連中の自信はゆるがないさ。しかし……これが大会の初戦だったとしても日本は折れなかったかもしれない。あの2人を見ているとそう思える……」

 キックオフ。



 ヨハン1人にやられてしまった。だがもうヨハンのことなどどうでもいい。2人のセンターバックがやらせなければいい。ここから無失点に抑えることは前提……残り17分で日本は最低でも1ゴール必要……奪えるのか?

 俺はセンターフォワード、日本選手11人中もっともゴールに近い位置でプレーする。


 現在のフォーメーションは3-4-3。俺は最前線に残りセンターバックと勝負する。

 この試合この位置でプレーするのは初めてだ。長身DFヘーシンクを残り17分で攻略しなければならない。できない仕事ではないはず。



 後半28分、残り時間17分。

 中央に俺、左サイドに志賀、右サイドに鮎川。3トップがほぼ横一直線に並んでいる。

 右サイドで鮎川、金井、代わったばかりの沖が三角形をつくる。(俺は4人目になろうと中盤に下がる)。

 沖をマークするオランダの8番がタッチライン際でつくるパスワークを警戒。わずかに距離を空けてしまう。(俺はセンターバックの4番が喰いついたのを見てから前線に駆け戻る)。

 沖は前掛かりになった4番の動きを見て俺にスルーパスをとおす、GKと1対1に。

 だがとっさに3番ヘーシンクがポディションを下げ俺の前を塞いでいる。対決。

 3番は俺をゴール右側、角度がない位置に逃がしている。もしシュートを撃ってもGKのセーブはたやすい。

(志賀や他の味方はまだペナルティエリアにはいっていない)。

 しかける直前、俺は相手の立ち姿を確認する。右腕が前、自分の背後の左(もう1人のDFがいるほう)に誘導したいのだろう。

 俺は上体フェイントで左へ進むと見せかける(死角に入った俺をとらえるため体の向きを変える)。

 右へきりかえし3番の背後で右足一閃。

 シュートは横倒しになったGKの左手に防がれた。逆サイドから志賀が飛びこむ前にDFが蹴りだす。

 最初で最後のチャンスだったかもしれないのに……決めきることができなかった。

 きりかえしの連続でDFの足を竦ませることには成功したが、ゴールという実を奪うことはできなかった。これでは単なる1人よがりだ。

 翻弄した3番がすごむような視線をむけてきた。相手のエースに最初のプレーでおしいシュートを撃たれた。奴は何を思っている……。



 ヘーシンク。(ボールを使って重心を操作された。まるで合気道でも使われたかのような。ヨハンも同じようなドリブルをする。優劣はつけられないが……。ペナルティエリアでは手が出せなかった。エリア外でヤバい場面がきたら、クラキ相手には俺が『対価』を支払うことになるだろう。ヨハンが好むやり方ではないが、俺にとってこのゲームは俺たちだけのものではない。国家の勝利のためなら手段は選ばない。汚名は俺が被ろう)。




 オランダの4番が左サイド、真横にドリブルしながら1時方向にスルーパス。

 ディフェンスラインの裏をとった11番がGKと1対1になりかけたが逢瀬が回りこみボールはマルコーニがキャッチ。

 プレーを止めた11番が立ち止まる。足を痙攣させたようだ。その場にうずくまり主審が試合を止める。

 数分前の勝ち越しゴールに貢献したワールスが試合を離れる。オランダは2人目の交代枠を使い(ともかく運動量を)試合の膠着をはかる。




 後半30分、残り時間15分。

 オランダの8番が適当にいれたボールを逢瀬がヘディングでクリア。

 ヘディングとはいえ逢瀬のそれにはスピードと正確さがある。

 センターサークル目がけ落とされたボールを下がりながら有村が触り斜め後ろの織部へ。

 織部はこのときフリーだった。右真横に鮎川、20メートル前方に俺、左斜め前に志賀。

 後方から16番が迫ってくる。中盤最速のレーリンクからは逃れられない。

 織部は接触する寸前重心を下げ、腰をぶつけ奪いにきた相手が尻もちをつく。

 織部は俺がオフサイドラインから戻る時間をつくってくれた。

「ありがとう」(織部が丁寧なスルーパスを前方に転がす)。

 俺の相手は3番だ。俺はディフェンスラインに並び同時に3番の上体に背中からぶつかる。オフサイドを回避すると同時に動きを制したつもりだった。

 だがこのプレーにおいては奴のほうが上手だ。

 ヘーシンク(強制オフサイド)。

 先に手を伸ばし倒された。俺はオフサイドラインを踏み越え右肩から地面に落ちる。


 倉木一次右肩脱臼。


 痛みなど頭がうけつけない。もちろん笛が鳴らされる。立ち上がり主審にカードを要求する。差し出されるカードの色は……イエローだ。1発退場とはいかない。ゴールまでまだ40メートルあったのも災いした。俺ならこの距離からでも独走してゴールを決められるのに。

 ……おそらく奴は、俺を倒した3番は退場覚悟で俺を止めたのだろう。勝利のためには汚名を被っても良いと。ダーティなプレーも平気で使ってくるDFだ。そういう本性をここまで隠してプレーしていた。

 オランダのセンターバック、ヘーシンクはサッカーなど愛していないのかもしれない。ボールをどれほど上手くあつかおうと、チームの勝利に喜びの色を見せようと、それはイコールサッカーへの愛を証明しない。奴のモチヴェーションはおそらく、チームメイトだったヨハンを止めることだけだったはずだ。あの怪物と日常的に戦う意味を理解した。ヘーシンクは手段など選べなかった。

 今日そのヨハンが引退する。

 そんな推測に意味はない。

 俺は外れた右の二の腕を持ち上げ肩にはめ腕を振り回した(ベンチに交代させるなとアピールしている)。やろうと思えばやれるものだ。これが決勝戦で良かった。


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