上限
『シュートまで』
以下、オランダ代表背番号17、ヨハンによる証言。
U-17ワールドカップ決勝戦、後半28分のプレーについて。
人生最高のプレーだった。直前にクラキに対して大見得を切って見せてしまったけれど、全開になった俺にとってもオウセとコノエ2人からゴールを奪うことは困難だった。
同点に追いついて、試合が再開した。
日本はクラキをFWの位置にまで上げ、シガとアユカワの3トップになった。
俺はあえて中盤に下がらなくなった。これは単に選手としての直感的にプレーしているうちにそうなった。俺は味方のパス回しに加わらず相手センターバック2人のどちらか、または両方が担当するゾーンを歩いていた。
オランダがボールを奪い、しばらくパス回しが続いた。1分半くらい……だったかな。それくらい長く続いたのはこの試合では初めてだった。こっちがボールを動かしていれば走り回るのはあちらだ。シュートが撃てなくても問題はなかった。
うちの選手たちは相手が近寄ってきてもプレッシャーを感じなかった。クラキは最前線にまで上がっていて守備に参加できなかった。味方を信用していたからなんだろうけれど、この場面に限っては正解じゃなかった。
ウィングがタッチラインを踏むほど広がってたね。日本選手が引きつけられ中央にスペースができる。今でも思い出せるよ。
日本のディフェンスラインが少しずつ下がっていった。
俺が一度も見せていない裏抜けを警戒してのことだろう。引いて守るってことは守るべきゴールに近づいてプレーするっていうこと。ミスしたら即失点だ。そのリスクを負ってまで俺のスピードを警戒しようとしたんだろう。
GKまでバックパスし、選手たちがオランダ陣地にまで戻っていった。けれどもオウセとコノエはあまりラインを上げない。ラインコントロールはコノエのほうが担当してたんだろう。この大会で一度も裏をとられたことのない日本の最終ラインだ。どうせゴールを奪うならこの2人を打破する形で決めたかった。あのゴールはそれが叶った形だったといえる……。
パスを回すなかで2度ほどしかける選手がいたけれど、奪われそうになったらキャンセルした。そういう流れだった。サイドバックのオオツチもそうだしMFのオリベもカナイもいい守りを見せていたから……。
オウセとコノエは俺が喰い止めていた。俺が最前線にいるだけで、あのセンターバック2人が引きつけられ、他の敵からボールを奪いにいく余裕がなくなってしまったからだ。
センターフォワードとして中央から離れないことで、2人の性能を劣化させる効果がある。
もちろん俺がボール回しに加われないという代償はあったけれどね。上手い選手ほどボールに触りたがるものだけど、俺にそれはない。
次に触るときはシュートを撃つときだと思っていた。2点目も俺が決めるつもりだった。
右寄りの位置から、ラストパスを送ったのはライカだった。
右のウィング……名前は忘れたけどカットインしかけてから8時方向のライカへパス、ライカがそこから10メートルドリブルしてから浮き球のパスを前方のスペースに送った。左サイドバックも釣られていたから俺の相手はコノエ1人だった。オウセはワールスが引きつけていたしね。
重要なのはオウセ、コノエの2人と同時に対決しないことだ。あのコンビを引き離した状態でなら勝負できる。2人同時は俺にも無理だ。
ライカのパスはもちろん厳しかった。ぎりぎりのパスでなければカットされるからね。あいつのパスには強烈なバックスピンがかかっていた。3度フィールドにバウンドして減速したボールにゴールライン上で追いついた。
スライディングだった。体が流れないように地面をつかみ、立ち上がると同時にこちらにコノエが駆け寄ってくるのはわかった。あいつも十分足が速い選手だ。
完全に足元のボール。蹴るために助走はできない(コノエに前を塞がれる)。ついでにいうとキック力はないほうなんだ。選手として唯一の弱点だと思っている。FKなんて決めたことはない。ともかく味方にパスしようと思うのがセオリーのはずさ。そもそも角度がまったくゼロだったし。
……だが常識に頼っていては日本の守りからゴールは奪えない。そのことはそれまでの何十分からでたっぷり学習させてもらってたからね。
シュートを撃つことにした。ワールスではオウセと勝負できない。ここは俺が決めると即断した。立ち上がると同時にボールの内側を持ち上げるように蹴った。足の甲に乗せるような蹴り方だ。こうやって口で説明できるけどあのときのプレーを再現できるかというとちょっと怪しい。
GK……マルコーニという名前か。イタリア系かな? その選手のポディショニングは間違っていなかった。ゴールポストのすぐ横、ボールとゴールの中心を結んだ線の上に立っている。
俺のシュートに対し無警戒だったわけじゃない。ゴールライン上からのシュートはもう1度狙っている。
俺のシュートはマルコーニの頭上を越えた。
『ゴールインまで』
俺はその光景をハーフウェーライン上で見ていた。
ヨハンがゴールライン上からボールを上げ、直後近衛に倒される。
マルコーニが手を伸ばしたが届かない。
だがGKより前方に立つ11番にはまるであっていない。誰も走りこんでいないスペースにボールが流れチャンスは途切れた……少なくともここからはそう見えたのだ。
ボールがネットに吸いこまれている……どうして? どうして入った? ゴールライン上からではゴールから外れるシュートしか撃てないはず。
……ヨハンが側面を斬るように蹴ったボールは近衛には当たらず、またマルコーニの伸ばした手にも当たらなかった。
カーヴをかけてゴールインを狙うには威力も距離もない。
ボールには時計回りの回転がかかっていたが、その軌道は直線的なものだった。
回転が発動したのはボールがバウンドしてから。無人のゴール前で2バウンドしたボールは軌道をわずかにゴール側へと修正しサイドネットに包まれた。
立ち上がり走りだしたヨハンは2万人の声に潰されそうになる。
日本
1 - 2
オランダ