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蛮勇

 俺はヨハンの前に立ち、拍手をしてみせた。「同点おめでとう。さっさと決めるといい与えられたゴールを。あんなデカいナリで倒されたんだ。タクの選手はうちの近衛に秘孔でも突かれたのか?」


「どけよ」


「決勝戦だぜおい。世界中の人間が観てる試合、その終盤に見えみえのダイヴでPKゲットか。俺なら恥ずかしくてスタジアムから逃げだすぜ」俺は既にエリアから出ているヘーシンクを煽った。「もちろん取り消したりなんかしないよな。貴重なきちょうな同点のチャンスなんだから。お前らに他の方法なんてありはしないんだ。フィールドに転がって主審の顔うかがわなきゃゴール奪えないんだからよ」俺は秋○醤か。


「蹴るから出てってくれよ」とヨハン。


 俺はペナルティエリアを出た。

 ボールをセットするヨハンの顔つきに、動揺の色は一切ない。

 彼以外のオランダの選手は、ヨハンが大会中に話していたあることを思い返していた。




 ……試合会場へバスで移動するオランダチーム一行。後部座席のヨハンがこう言った。

「俺たちは特別なゴールを奪わなければならない」


 8番=ボランチ=ホフマンが返事をする。「特別なゴール?」


「そうだ。何十本もパスをつないで決めるようなゴール、ドリブルで何人もかわして決めるようなゴール、20メートル30メートル離れた位置から決まるようなゴール。要するにスーパーゴールだな」


「どうしてそんなもの狙わなきゃいけないんだ? 普通のゴールだろうが相手のオウンゴールだろうが決まれば同じ1点だろ? 同じ価値だ」


「違うな」澄ました顔で見栄を切るヨハン。「俺は何度もそういうゴールを決めたことがあるからわかる。特別なゴールは対戦相手の心を折る。『あんなスーパープレーを決められるなんて』と思わせるんだ。いいか、相手の心を折ってしまえばそれで勝負は決まる。残り時間が何十分あったとしても特別なゴールを決めてしまえば、そのプレー自体が彼我の実力差を頭に叩きこませることになる。ただのゴールなどいらん。相手を翻弄しきり文句のつけようのないゴールを決めるんだ」



 スーパーゴールにはスコアを動かす以上の価値がある。

 その手のプレーを見て凄い、とんでもないと思うのは観戦する者だけではない。対戦相手もまた『自分たちには到底できないサッカーだ』、『実力が違う』と思い込んでしまう。偶然決まったようなゴール、守る側がミスをして決まったようなゴールにはない効果だ。

 だからこそヨハンは自分を中心に攻撃を組み立て、集団で崩しきるサッカーを指向した。完全にフリーな状況でシュートを撃てるようなサッカーを。逆に圧倒的な個人技を魅せつけるようなサッカーを。


 ……オランダ代表は準決勝までの6試合のうち、実に4試合でその『特別なゴール』を決めることに成功した。

例を挙げるならイラク戦でレーシングがピッチの半分を縦断して決めたドリブルシュート。ドイツ戦でヨハンがGKを浮き球でかわし無人のゴールに流しこんだシュート。

 ヨハンが口にしていたように、『特別なゴール』を奪ったあと、試合の流れは完全にオランダの側に傾いた。相手の精神に深刻なダメージをあたえ、反撃する気力を奪うことに成功している。

 ヨハンという才能がチームにいなければこの戦術は成立しなかっただろう。ヨハンは言う。「プレーの美しさが強さとイコールになる。どうせ勝つなら美しく勝たなくちゃね。俺がいればそれが可能だ。俺の前に俺いないし、俺の後に俺はいないんだから……優勝するのは前提だ。狙いは完全優勝。他を寄せ付けない偶然とはいわせない優勝を目指すんだ」




 後半25分、残り時間20分。

 オランダのペナルティキック。

 主審が笛を鳴らす。キッカーのヨハンは助走をとらない。

 ヨハンがペナルティマーク上から10時方向に短いパス(・・)を送る。

 エリア内に走りだしていたライカがGKの前でトラップ。すぐさま右横のヨハンへリターン。

 ヨハンはゴールのど真ん中にシュートを蹴りこんだ。

 2万人の反応は喝采とざわめき、沈黙に三分される。




 日本

     1 - 1

             オランダ




 ネットに跳ね返されヨハンの元に転がってきたボールをさらに蹴りこむ。ゴールのなかからそれをマルコーニがつかみ、前方に投げ返す。

「……どうしてそんなことをする必要があったんだ? 普通に蹴れば8割決まるんだぞ」


 ヨハンは答える。「リスクを侵したんだよ俺たちは。ライカがミスしたら」走る位置、トラップ、パスいずれにもその可能性はあった。「決まる確率は8割以下だっただろう。残りの2割が出れば同点のチャンスは潰えてたね」


「リスク? どういう意味だ?」


「君が言うように俺もダイヴで奪ったゴールは嬉しくなかった。全然『特別なゴール』じゃないから」


「特別なゴール?」しかし俺は瞬時に理解する。「そういうことか(・・・・・・・)


「トリックPKを狙ったのは俺たちがどれくらい狂ってるかお前たちに知らせるためだ。勝敗なんてどうでもいい。ゲームを楽しむ余裕がなくちゃ駄目だよ。お前たちにその余裕はある? 俺たちにはあるんだよ。今のPKは『運試し』みたいなものだ。今のワンプレーで試合の流れはオランダ側に傾いた。考えてもみろ、止められたら『くだらないトリックを決勝戦で狙い失敗、負ける原因になった』ところだった。だが現実には決めることができた」


 よく喋るな。「普通のPKを決められるよりダメージがある。日本は立ち直れないだろうってか? でもお前の定義する『特別なゴール』には含まれないんじゃないか?」あんなのサッカーじゃない。


「かもしれない。でも俺たちはこのチャレンジに成功して追いついた。主審の匙加減で追いつくことを潔しとせず自分たちの技術の高さ、勇敢さをしめす形で決めた。……今のプレーで確認ができたよ。俺は選手として100%に戻れた。頭も体もね。だからそもそも」


 俺はセンターマークにボールをセットする。

 ヨハンが前方でステップを踏み再開を待つ。


「ゴールなんていつだって奪えるんだ。残り時間20分でたった1点。他愛ない」


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