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搦手

(以下近衛類の視点)。



 後半14分。

 中央でパスを受けたオランダの7番がミドルシュート。ゴールの上に大きく外れた。深い位置で守っている倉木が「JAXAに紹介しようか?」とつぶやく。

枠を捉えはしなかったが観客がどよめいている。オーヴァーなリアクションだ。決まる可能性は低かった。

 どうやらスタジアムの2万もの人間はオランダの味方をしているようだ。リードしている日本が追加点を奪いこのまま試合を死んだようにしてしまうよりは、追いかける側のオランダが攻撃し続け同点、そして逆転する熱い展開を望んでいるからだ。

 アウェイならわかる。前もってブーイングを浴びることを予想して試合に臨めるからだ。

 ここは中立地、準決勝で日本を贔屓してくれたはずのこの会場で試合をして、オランダの攻撃にばかり歓声が発生する。俺はともかく他のメンバーがプレッシャーを感じなければいいが……。



 シュートを外したオランダの7番が頭を抱える。その選手にヨハンが話しかけている。ヨハンより頭1つ背の高い7番が信頼できるコーチを相手にしているかのように何度もうなずいている。




 ヨーロッパ予選ではイタリアを敗退に追いこんでいるオランダ代表だ。

 そのときのチームにはヨハンはいなかった。当時のエースは今シュートを外した7番。

 ヨハンはこの大会中にスタメンを奪いチームのエースとして現在進行形で君臨していた。

 これほどチーム全員を支配できる選手がいることに驚きを隠せない。倉木なんて比較にできない。倉木は不言実行でヨハンは有言実行。ヨハンは積極的にチームメイトを操り自分がプレーしやすい環境をつくりだしている気がする。言葉はわからないが雰囲気でわかる。


 中盤に戻っていくヨハンに話しかけられた。「病み上がりだから調子上がらなくってさ、大会中に仕上げるしかなかったんだ」


「今なんと?」


「この試合終わるまでにどうにか100パーセントまでもってこれそうなんだ。それまでは抑えてプレーしてる」

 ……どうやら信じるしかなさそうだ。奴が病を患っていたことは欧州予選に出られなかったことからまず確定。大会中徐々に調子を取り戻し、この決勝戦で選手としての感覚が戻ってきた、と。奴はまだ全力を出しきれていない。



 中盤は倉木に任せられる。ヨハンが前をむいて残りの2人のFWにいいパスを出す場面はほとんどない。それができなければドイツやアルゼンチンと同じようにヨハン以外の選手が次々にゴールを重ねる最悪な展開をむかいかねなかった。

 MFとしてのヨハンは抑えられてもFWとして次々にシュートチャンスをつくりだすヨハンは抑えられない。


 3分前、逢瀬はスライディングをキャンセルすることでヨハンの突破を止めて見せた。ヨハンが予測する以上のプレーをDFがやってみせた。

 守備する側がしかける守備をしなければオランダの攻撃を止められない。リスキーだがこの際贅沢は言っていられない。ヨハンというサッカープレイヤーは条理というか、セオリーというか、常識というものをはるかに超えた存在なのだ。

 1点のリードを守るためなら、俺たちは手段を選んでなどいられない。

 逢瀬は本能を解放し個人技でボールを奪いにいく。

 ならば俺は策を凝らそう。俺のプランは『17番を孤立させることだ』。チーム内でもっとも信頼されシュートチャンスをほぼ独占する選手。ヨハン自身がミスをすることは期待できない。それなら当然、

 ヨハン以外の選手を狙う。




 前半17分、オランダの攻撃。


 左サイドバックの5番がハーフウェーライン上からゴール前にいれてきた。つなぎにいかず、こちらの虚を突いたつもりのロングパス。

 俺はボールがくる前にラインを下げていた。裏一発は無効。ここから独走するつもりだった11番はその選択をあきらめボールとの間にはいりキープにはいった。

 ヨハンだ。

 ここからの展開は容易に読める。11番は潰れ役になるはず。後方からこちらに走ってくるヨハンにバックパス、ヨハンがマークする倉木を追い払い俺を追い抜いてドリブル→ミドルシュート。

 FWの倉木の守備はあてにできない。スピードはあってもきりかえし、フェイントには対応できないかもしれない。

 逢瀬は左に流れた7番をマークしている。奴には頼れない。

 だからこそ、今ここで止める。

 俺は11番の背中を押した。

 倒れまいとする11番は両足を広げ踏ん張る。

 俺は11番になお近づき、広げた足の間に左足をねじ込む。

 股抜きでボールに触れ、ボールの支配権を失わせる。

 転がったボールは左沢がクリアした。小さくガッツポーズ。

 ……11番はポストプレイヤーではなかった。ビデオでその点は分析済みだ。キープよりしかけるプレーのほうが得意だったはず。ヨハンを活かすためのサッカーにこいつらは慣れていない。そういうプレイヤーをそもそも選んでいない。

 俺は手を叩き味方に知らせる。「ヨハン以外の奴なら狩れる! 奴が味方を使いたくない、信じられないと思わせるようにするんだ!」

 ベンチからも同じような内容の指示が飛ぶ。逢瀬も声を出す。

「結局オランダはヨハンに頼らなければ同点に追いつけない! 17番以外なら止められるはずだ」

 いっても連中はオランダ代表だ。ヨハン以外の選手を雑魚あつかいしなければオランダの攻撃は止められないということになる。

 だが今の俺たちならそれは可能なはず。



 俺と逢瀬以外の選手もリスクを侵す。金井や織部がわずかにずれたパス、大きくなったトラップにかみつくように体を寄せる。ファウル覚悟でドリブルを封じる。俺が言ったとおりヨハン以外の選手からボールを奪う策は通じるようだ。

 倉木を相手にしてもヨハン自身は隙を見せない。

 ……いくらヨハンが優れた選手であっても、たった1人の能力でゴールはこじ開けられない。

 野郎のプレーは爆発的だ。一瞬で局面を打開できるアイディアがある。だがそのプレーを発揮する位置がゴール前でさえなければ、日本が大怪我を負うことはない。




(倉木の視点に戻る)。

 久しぶりの日本のチャンスだ。

 左サイド、かなり深い位置にまで侵攻している。

 志賀が11番をふりきり右足でゴール前にいれていく。

 古谷、4番がペナルティエリアから出ながら足を伸ばしたが届かない。

 転がるボールは右サイドまで流れ有村の元へ。

 オランダディフェンス陣は既に日本の3トップの特徴を掴んでいる。



 志賀はドリブラー。ボールを持てば1人でシュートまでもちこむ力をもっている。

 古谷はリンクマン。味方とのコンビネーションがはまればシュートアシストがある選手。

 有村はパサー。結局高い位置に残っているのは体力温存と守備負担軽減が目的にすぎない。



 そう有村は思わせている。これまで無難なプレーを続けてきたのはこの時のための伏線。

 有村対左サイドバック。

 トラップすると同時にDFが奪いにきた。

 有村はボールを引き体の下に置く。

 ターンして前をむく。

 左側をフリーの俺が疾走する。残したヨハンが怖いが攻撃が成功すれば関係ない。

 ここで試合を終わらせてやる。

 前の試合を観ている以上俺はアタッカーとして警戒されているはず。

 俺以上のエサはない。5番は一瞬俺に注意を反らし、有村の仕掛けに対応できない。

 有村の脱力しきった、これが『遊び』であるかのような立ち姿。ここからパス、ドリブル、シュートどのプレーを選ぶかは誰にもわからない。

 ボールがやや前方に転がる。それを見てルッテが奪いに行く。

 有村が時計回りにルーレット。5番の背後を突いた。

 4番が襲いかかってくる。

 有村はその前に右足で丁寧なショートクロス。だが前に残っているのは身長170センチの古谷。奴の高さではとどかない、それどころか古谷は跳ぼうともしていない。

 古谷の奥に長身の織部が上がっている! 立ち止まり正確な胸トラップ。高さという絶対長所を活かした。

 日本の21番にマークが集まっている。織部にシュートはない。しかし胸トラップは大きくなりそのまま古谷へのパスとなった。ボレーシュートを。

 4番と交錯しながら古谷が倒れる。倒れたままゴールを鬼の形相で睨む。決まらなかった。キーパーが右手1本で弾いたボールを俺が狙ったが、ヘーシンクが前に体をいれる。

「触っていたのか?」と古谷。(狙いは右上だったのに、中途半端な高さに飛んでしまった)。


「腿の下にな」とフィリップス。(あやうくやられるところだった。どいつもこいつもやっかいすぎる)。

 試合は終わらない。


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