青野健太郎その2
先制されたことで相手選手の眼の色が変わった。
アルゼンチンは過去に2度ワールドカップを制覇した強豪国。日本には確たる実績はない。選手たちが日本を見下していたとしてもおかしくはない。
だがA代表の強さなど下の世代の代表チームには何も関係ない。
所属しているクラブの格だとか、選手個人のネームヴァリューで勝負が決まるわけではない。
フィールドでは実力だけがものをいう。
アルゼンチンの早速の反撃。先制されてまだ2分も経っていない。
右サイドバックがボルヘスのスルーパスを受け、日本のペナルティエリア内へ侵入している。
しかし左サイドバック、左沢がやらせない。
クロスボールをいれさせない。ドリブルもさせずこれ以上ゴールへ近づかせもしない。
攻めきれないサイドバックは諦め長いバックパス。
これがかえって功を奏す。
アルゼンチンの10番。ゴールまで25メートルの位置でボールをもつ。
「前を空けるな!」と近衛。
自陣に引きすぎたためペナルティエリア正面にスペースができていた。
撃ってくる、撃ってくる、撃ってくる!
有村が慌てて飛びだす。ボルヘスは日本のボランチを左にかわし、
気がつけばシュートのフォロースルーを終えている。
回転のかかったボールはキャプテン逢瀬の頭に当たり外れた。
やはり警戒すべきは10番だ。
パワーがいるミドルシュートだったというのにまったく力みのないフォーム。
過程をふっとばしシュートを撃たれたという結果だけが日本選手の眼には残った。
ドリブルの軽いタッチのなかにシュートの強いキックが混入されていた感じだろうか。プレーとプレーとのつなぎめがほとんどない。
次は決められるかもしれない。どうやって守る?
10番にボールをもって前をむかせてはいけない。どんな距離だろうとマークを緩めてはいけない相手だ。
ベンチの青野は興奮して立ち上がる。「素晴らしい! いい選手じゃないかボルヘス」
座ったままの織部という選手が軽蔑した表情で。「相手を褒めないでくださいよ」
青野は振り返って。「ドリブルからシュートまでがすごく早いね」
「どう守るんです?」
「そりゃパスをカットする、前をむかせない、シュートを撃たれてもブロックするとかいろいろね。特別な方法なんてない。愚直に守るしかないさ」
「……あの2人なら」
「あのセンターバックコンビが日本の強さの拠所だ。みんなよーく見ておけよ。うちの近衛と逢瀬が猛威をふるう。今度はアルゼンチンがビビるからね」