ジアナムの少年2
更新は不定期気紛れ、書けるときに書ける分しか書きませんのでご了承ください。
また、現実のいかなる国家、団体、地名、人物、出来事と関係はありません。
一応残酷描写ありにはしていますが、それほど過激にはならないと思います。
また、誤字脱字があれば遠慮なくお知らせください。
彼には同じ歳の親友がいた。
その男の名前を「ガイラン」という。近所に住む幼馴染みでもあった。
ガイランは、彼と違って、不真面目極まりない若者だったので、人々はなぜ生真面目な「フィー」とこれほど親しいのかしきりに不思議がったが、本人たちにとってはこの上ない相利共生、そして唯一無二の関係だったのである。
「お前は真面目過ぎるんだ」
と、喧嘩騒ぎの夜、仕事を終えたフィーと賑やかな道を歩きながらガイランはがみがみ言った。
「ちったぁ融通とか、覚えたらどうだ」
「嫌だよ」
と、穏やかさを取り戻したフィーは、きっぱり答えた。
「人には誰しも、譲れないものがあるって言ったのはお前だろう。俺にとっちゃ、じいさんがそうなんだよ。分かっているだろう」
「だったら安売りするな。最後の最後に残るから、譲れないものだっての」
「違うよ。いつでも許せないから、譲れないんだ」
「頑固者め」
「何とでも」
ガイランは溜め息を吐いた。
「俺の苦労も考えろ」
穏やかな笑みが、消える。
「それは、本当にすまない」
「どいつもこいつも、てめぇが怒った時は俺を呼べば良いと思ってやがるのさ。こんだけしてやってんだ、言葉以上の見返りは欲しいもんだなぁ。今度酒場に付き合って貰うぞ。でなけりゃ次から警吏を呼ぶからな」
フィーはふと表情を和らげる。いつものこの、親友の気遣いが有り難かった。
「次」は、千年の彼方に等しい。
「酒に弱いくせに、またお前を家まで担がせようってのか。大体、前もじいさんに叱られただろうが」
もうその声に棘はない。ほとんど戯れだった。
「体がまだ出来てないのに、酒なんぞ飲むなってな。流石お前の養い親だな、頭が固ぇよ。古き良き時代ならまだしも、今じゃあ十のガキも酒の味くらい知ってるっての」
「お前のみたいなやんちゃなガキはね」
「ははっ」
とガイランは底抜けに明るく哄笑した。
「こいつ!言いやがったな!」
「おあいこだ。お前、俺とじいさんのこと、石頭って言っただろ」
と、にやにやしながらフィーは返す。
「逃げるなよ、事実だろ」
と、親友でなければ許されぬことを、ガイランはいとも容易く言い放った。
「敵わないな」
と、親友でなければ許されぬことを、フィーはあっさりと受け入れた。
「ただいま」
彼が薄暗い家の奥へ呼び掛けると、しわがれた応えがあった。
「お帰り」
家は狭い。彼はしわがれた声の元へ行くまで、大した労力を必要としない。
「遅くなってごめんよ。すぐに夕御飯の準備をするから」
短い廊下の先の、暗い奥の部屋には、みずぼらしいベッドがひとつ。四方の壁は全て棚になっていて、古い書物や、ガラス器具や、不思議な紋様や形の置物が、ぎっしり詰まっていて、床まで溢れだし、狭い部屋をさらに狭く、そして居心地よくしていた。
「なあ、フィー」
みずぼらしいベッドには、しわしわに萎んだ老人がひとり。
「いつもお前に苦労をかけて、すまないね」
「どうして」
老人のいつもの言葉に、彼もいつもの通り、にこにこと答える。
「みなしごの俺を育てて、しかも勉強に体術まで教えてくれたじいさんの苦労に比べたら、こんなの苦労に入らないよ。いや…恩返しにも足りないや」
彼は、かまどに薪をくべた。高山地帯のこの国では、日中も火を絶やせば酷く冷え込むのだ。
老人に向けた背に、痛いくらいに悲しい視線が突き刺さるのには、知らぬふりを決め込む。
「フィー、俺が死んだら、いや、そうでなくても、出来るだけ早くこの国を出るんだ。ガイランも一緒にだ。こんなろくでもない国に、いつまでもいてはならん」
「縁起でもないことを言わないでおくれよ」
彼は穏やかに、そしてきっぱり拒絶するのだ。
「俺はまだガキだからさ、じいさんがいない生活なんて考えられない」
それは、苦し紛れの言い逃れでもあった。
「じいさん、今日のお粥は肉入りだよ。しかも上等の鹿肉ときた。とっとと作っちまうから、待っててくれよな」
そう良いながら、彼はごくごく自然な動作で右目の包帯を解く。
部屋の薄暗い明かりにも、鮮やかに映える赤色が、その下からにわかに現れた。