ジアナムの少年 1
更新は不定期気紛れ、書けるときに書ける分しか書きませんのでご了承ください。
また、現実のいかなる国家、団体、地名、人物、出来事と関係はありません。
一応残酷描写ありにはしていますが、それほど過激にはならないと思います。
また、誤字脱字があれば遠慮なくお知らせください
小さな国の、小さな都。国一番の繁華街。光も影も溢れだし、鮮やかに混じり合う騒がしい場所。
「喧嘩だ」
その一角で、野次馬根性を剥き出しにした誰かが叫ぶ。そして誰かが人混みでそれに呼応する。だが大多数は、無関心に通り過ぎるか、おそるおそる、だが確実な興味を持ってそちらをのぞきこむのみ。
そんなものはこの辺りの日常のちょっとした香辛料に過ぎないのだ。
「この野郎」
「やるか」
それは、ある店の前。柄の悪い男と、前掛けをつけた若い男、それも少年と青年の狭間にあるような若い男が、今日の小さな主役らしかった。
柄の悪い男は、にやにやと卑しげに笑い、対する若い男はそれを剣呑に睨み付けていた。物好きな、退屈嫌いの野次馬どもがざわめく。若い男は右目に包帯をしっかり巻き付けていたのだ。
「兄ちゃん、頑張れ」
と、無責任に彼らは喚いた。
次の瞬間、柄の悪い男が若い男に殴りかかった。腹を狙ったその拳を若い男はするりと避ける。野次馬が歓声を上げる。そして、流れるような動作でその相手の顎を殴り付け、その大きな体を地面に倒した。
「すげぇ」
と、野次馬がどよめいた。
「兄ちゃん、すげぇよ」
柄の悪い男の顔が歪んだ。ふらふら起き上がろうとする所へ、若い男は飛びかかる。その右手にきらりと陽光に輝くものを認めた野次馬が、今度は悲鳴を上げた。
「殺す気だ!」
「警吏を呼べ!」
だが、彼らが実行に移す前に、または若い男のナイフが汚れる前に、人だかりから飛び出した人影があった。
「止めろ!!」
それは、真っ直ぐに若い男に突進し、体当たりを食らわせた。
若い男とその影はもつれあって地面に倒れ込む。人々が息を呑む。
「止めろ」
人影は、若い男を押さえつけてもう一度言った。
「警吏を呼び出されたいか。最近警吏が増えたって聞いてたろう。じいさんと店に迷惑掛けたいのか」
「けども、奴が」
「黙れ、この分からず屋」
若い男の襟首を掴んで立ち上がったその者は、地面に倒れたままの柄の悪い男を睨んだ、
「とっとと失せろ。どうせてめえがろくでも無いことをこいつに言ったんだろうが、こいつがこんなものを出した時点でおあいこだ。 見逃してやる、行っちまいな!」
次に野次馬が騒ぐのを睨む。
「てめぇら、いつまでも見てんじゃねぇぞ」
集まる時もそうだが、彼らは去る時も無責任だった。その様子を睨み付けて、やはり若い男は掴んだ襟首の先にそのままの視線を向ける。
「おい、フィー、俺に何か言うことはねぇのか」
フィーと呼ばれた若い男は、ほとんど幼い仏頂面でそっぽを向いた。相手の男の、ただでさえ鋭い眼差しがさらに細められる。
「フィー。…フィータル」
途端、「フィー」の顔が相手の男に向いた。
「すまない。悪かったよ」
「分かりゃあ良いんだ」
相手の顔がふっと緩む。
「ところで、何を言われた」
「フィー」の顔が、途端に歪む。相手は小さな溜め息を吐いた。
「またか」
「奴は、じいさんの事を役立たずの厄介者って言いやがったんだ。あんな老いぼれ捨てて、傭兵になれとさ。おお、おぞましい誘いだね」
「お前は」
と、相手は呆れたように、そして慣れたように言った。
「本当にくそ真面目だな」
右目に包帯を巻いた若い男は、正しい名前をフィータルと言った。
彼は小さな山国の、小さな王都ジアナムの繁華街の片隅で、実に真面目に働いて生きていた。彼は元々捨て子で、親切な老人に拾われ、育てられたのだと言われていた。実際彼は老人を慕い、既に老人を養う立場になっている。
その貧しい界隈の、ささやかな幸福を願う善良な人々は彼を「フィー」と呼び、血も繋がらないのに、稀に見る孝行息子だと彼を誉めた。
彼は今年18になる。
同い年の少年達よりも穏和な彼は、しかし老人を侮辱されると烈火の如く怒るのだった。
「赤ん坊の頃に、けがしちまったんだ」
と、彼は隠した右目について、詮索好きな人々に説明していた。
「その時の傷が、ちょっと酷くてね」
と。