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リプレイ

作者: 沈没船

書き出せば広がりのありそうな話を短くコンパクトな話にしてめました。


短いなりに喜怒哀楽、起承転結を詰め込んでみたので、

他人の思い出話を聞くような感じで読んでいただけたら嬉しいです。

間もなく終わる最終便の観覧車に乗ったのは、

もう合えない君との記憶を、気持ちを整理するため。



君の左手はいつも冷たかった。

だけど手を繋げば心は暖かくて、

気が付けば二人の温もりが掌に生まれていた。


僕の右手は今、酷く寒い。




星空と光の街のパノラマ。

観覧車の高所から眺めても、

一緒に歩いた場所は景色が浮かぶから、

外を眺めるのがつらくて観覧車に乗ったのを後悔した。


加速していく鼓動が響く。

どうしてかな、心臓が君の名前を呼んでいる様に聞こえる。


会いたい。

君に会いたい。


わかっている。

もう合えない。


わかっているのに。

君に、会いたい。




「またね。」


数年前、この街で君と出会った。


出会った日、

僕は日々に疲れて果て、うなだれながら海を眺めていた。

生きてれば嫌な事は沢山ある、当たり前。

小さな嫌な事が塵積もって、我慢していたらいつの間にか山になっていた。

おまけにふられた。


夕暮れに、黄昏れていた。



コツン、コツンと。

足音が近付いてきた。



「生きてるって最高ー。」



頭の後ろの辺りで聴こえた声に、

イラついて思わず舌打ちをしてしまった。


足音が止まった。

しまった、と思うのは当然だろう。

他人の幸せをひがむなんて、怒りを露にしてしまうなんて。

僕は最悪だ。


謝らなくちゃ、

と思っても振り向けない臆病な自分にまた嫌気がさした。



トントン、と。

肩を叩かれた。


聞き流してはもらえなかった、怒らせてしまったのだろうか。

僕は観念して振り向いたら、君の人差し指が僕の頬に当たった。



ホワイトアッシュ色にミディアムボブの女性が、

眼帯に包帯、腕はギブス、提げた三角斤。


すみません?ごめんなさい?

何て言えば良いのかわからなかった。


言葉に詰まる僕を見兼ねたのか、君はとびきりの笑顔で微笑んでくれた。


あまりの美しさに、

その優しい笑顔に、

息を飲んだ。



「つらい事はね、大声で空に叫んで空っぽにするの。

そしたらね、空っぽの心に今日の風が吹き込むんだよ。」



そんな事できれば苦労しないよ、

とは口に出せなかったからうつむくしかなかった。


折れていない方の腕で、

よしよし、と頭を撫でられた。



「ごめんなさい。

私、自分を押し付けちゃったね。

そうだよね、人それぞれだよね。」



こんな傷だらけの人に。

どうして謝られているんだ?


どうして優しくされているんだ?

こんな傷だらけの人に。



「何があったのかはわからないけれど。

でもね、幸せは、きっと未来であなたを待っているから。

だから、それまで頑張ろう。」



傷だらけの優しい笑顔に、

傷だらけの優しい言葉に、


塞き止めていた感情は解き放たれて、心が決壊した。


僕は叫んだ。

言葉にならない気持ちを声にならない声で。


涙がこぼれた。

全身で叫んだ。


叫んで、叫んで。

座り込んで、うずくまった。


君は隣に座って黙っていた。



やがて陽は沈み、

肌寒い夜風にハッとして顔を上げれば、

ずっと隣に座っててくれた君が、微笑んでくれた。



「じゃあ、もう行かなくちゃ。」



こんな時、何て言えば良いのか勉強しておけばよかった。



「またね。」



またね?


僕はその意味がわからなかったけれど、

翌週の同じ時間、同じ場所へ来た。



笑顔で君が歩いてきた。

約束を交わさずに会えるなんて、どんな魔法だよ?


この前は眼帯と包帯をしていたから気付かなかったけれど、

甘い瞳に印象的なえくぼ。

この人、たしかファッションモデルの…。



「こんにちは、六道マナミと申します。」



やっぱりモデルの六道さんだった。

なるほど、綺麗なわけだ。


この前はごめん、いや、ありがとう?

どっちが正しいのかわからなかった。


でもどうして…、



「この前はごめんね。

悲しそうで、なんだか放っておけなくて。

お節介だったよね。

でも元気そうな顔が見れて良かった。

じゃあ…。」



またね。

じゃなくて、じゃあ。


さよなら、したくなかった。

君の手を掴んだ。



振り向いた君は、

嬉しそうに悲しそうに、

涙で頬を濡らしていて。


僕は、なぜだろう。

ためらう事も忘れて抱きしめた。



君が泣いた。

何があったのかは知らない。

けれど胸が苦しかった。


どうすれば良いのかわからなかった。

だけど抱きしめた、陽が暮れるまで。



「どうして優しくしてくれるの?」



言葉が出てこなかったから、くちづけた。

君が泣きながら笑ってくれた。


だから僕らは、交際を始めた。




観覧車から見える。

君を抱きしめた場所。

くちづけた場所。



「幸せは未来であなたを待っているから。」



君を失った今、未来なんて。

気が遠くなって、心が重くってうずくまった。


思い出が廻る。

恋しい、愛しい、そう思う故に酷く胸が苦しくなった。



涙はこぼれた。

こぼれた涙を握りしめて胸に当てた。

涙が心の傷を塞ぐ瞬間接着剤だったらよかったのに。


なんて、そうだった。

僕はこんな都合のいい思考の馬鹿だった。

失って思い出した、君に会うまで自分が嫌いだった。



心臓が叫ぶのをやめてくれない。

君の名前を呼ぶのをやめてくれない。


だから諦めた。

涙で滲んだ夜景に、君との思い出を必死に探した。


はじめて一緒にご飯を食べた場所。

待ち合わせたカフェ。

ワインの美味しい店。


探した。


必死に探した。


けど見つからなくて涙が溢れた、止まらなかった。


だけど涙が流れるほど悲しみが抜けていく。

嬉し涙が込み上げた。


君と繋いだ僕の右手は奮えていたけど、

かけがえの無い時間を一緒に過ごせた事が、愛しく思えた。




目蓋を閉じた。

記憶の海に落ちていくのを感じた。



「初めて会った日、落ち込んでたでしょ?

好きだった人に横顔が、面影が似ていたから気になっちゃったの。」


「マナミってさ、そろそろ呼び捨てで呼んでよ。」


「どこが好きって…。

恋は落ちるものだから、理屈じゃないから上手く言えないよ。

でも一緒に居たいの。」


「モデルは暫く休業。

ストーカーがいてさ、弱味を握られててさ。

ごめん、昔ね、私悪い女だったの…。

ケガをしたのは駅の階段で後ろから押されて、転げ落ちて…。」


「今更だけど、二年前、抱きしめてくれてありがとうね。

叫んでも叫んでも、つらくて苦しくて…。」


「桜は嫌い。

綺麗だけど散るのを見るのがつらいから。」


「クリスマスは苦い思い出があったから嫌いだったけど、

でも一緒に沢山の思い出を作って、楽しみに変えていきたい。

これから、ずっと。」


「ペアリングだなんて、ふふふ、アクセとか好きじゃないのにどうしたの?

え、ペアリングじゃなくて…?」


「星が綺麗だね。」




星…。


ああ、星が綺麗だ。

よく夜空を見上げて星の歌を口ずさんでいたね。



廻る記憶、止まらない。

だけど忘れなくちゃ壊れてしまいそうだ。


笑顔も、泣き顔も。


声も、寝息も。


冷たい手も、温もりも。


匂いも、えくぼも。


愛らしい一挙一動も。



星空に君を預けよう。

もう見上げる事はないだろう。

思い出してしまうから。

二人の日々を全部預けよう。




うつむいて街を歩いた。

ぐるぐると、行くあてもなく。


うつむいていたから見えた。

海がきらきらと朝日のプリズムを反射させていた。


気が付けば、君と出会った場所に。


戻ってきた。



橙色に燃える空。


立ち尽くしていれば。

朝帰りの帰宅の人。

始発の駅へ向かう人。

昇った陽射し。


きらめく世界は僕を置き去りに、

いつも通りの日常のリプレイを始めた。



数年前。

橙の夕暮れに黄昏れた場所で。

橙の朝焼けに黄昏れていた。




「ごめん、指輪は受け取れないの。

私ね、実は乳ガンだったみたいで、もうリンパに転移してたの。」




朝陽に叫んだ。


僕は叫んだ。

言葉にならない気持ちを声にならない声で。


涙がこぼれた。

全身で叫んだ。


叫んで、叫んで。

座り込んで、うずくまった。



忘れられるわけないじゃないか。

星に預けるだなんて、無理に決まっているじゃないか。


立ち上がり、

黒いネクタイをほどいて投げ捨てた。


投げ捨てて叫んだ。

君の名前を叫んだ。


もういない君の名前を。


何度も、何度も、叫んだ。




だけど、わかっているんだ。


もう手を振らなくちゃ。



「幸せになってね。」



もう手を振らなくちゃ。



「きっと次の未来が待っているから。」



もう手を振らなくちゃ。


さようなら。



なんて、できるわけないじゃないか。




コツン、コツンと。

足音が近付いてくる。



「生きてるって最高ー。」



頭の後ろの辺りで聞こえた言葉に、

憤りが爆発して声を上げた。


叫んだ。

声にならない声で。



トントン、と。

肩を叩かれた。



「ダメだよ、気持ちはわかるけど。

でも私達は生きているんだから。」



振り向けば喪服の…。


ああ、そうだ、お通夜で少し話した…。


えっと…、



「市川アスカです、六道マナミさんの元同級生の。

ねえ彼氏さん、つらくても苦しくても、

六道さんを愛して未来に連れていって下さい。

思い出をリプレイしながら。」



未来に連れて…。



「私には、今のあなたに言える事なんて無いかもしれないけど。

でも、体は大事にしてください。

生きてなきゃ思い出す事もできないから。」



よく見たら、市川さんは目元が黒く滲んでいた。

頬にはマスカラが涙で流れたであろう跡。

目も赤く充血していて。


僕と同じ様に、泣きながら歩き回ったのだろう。



「じゃあ、また。」


え、また?



「四十九日には行けると思うので。」


ああ、そう言う事か。





それから、


幾年月が流れて。





海を眺めながらうつむいている人がいた。

横顔が、面影がどこか君に似ていた。



『生きてるって最高だなー。』



と言ってみれば。

お、険しい表情。

なるほど、横顔でもわかるんだな。



トントン、と。

肩を叩いた。


そして振り向く顔に僕の人差し指が当たった。



「あ、あの…?」


『つらい時は、大声で空に叫んで空っぽにするんだ。

そしたらね、空っぽの心に今日の風が吹き込むんだ。』


「そんな事を言われても…。」


『何があったのかはわからないけど。

今は苦しくても。

でも幸せは、きっと未来であなたを待っているから。

だからそれまで、頑張ろう。』



胸がぎゅっとして上手く笑えなかったけど、


君が笑ってくれた。





-fin-


なんとなく思い付きで、何も考えずに書いてみた話でしたが、

落ち込んでいる人に笑いかけるのが傷だらけのの人だったら何を思うだろう?


と、そんな本当に思い付きで。




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