八月
「合格できますように!」
大学入試まであと半年ちょっと。高校三年になってから、毎週日曜日、欠かさずここに参拝している。
家から徒歩三分もかからないくらいに近いこの神社は小さい。しかも何か雰囲気がおどろおどろしい。管理している人がいないのではないかってくらいに。
昔はここで小さな夏祭りをしていたはずなのに、いつの間にかこんなんになっちゃって。
新品の雑巾で鳥居を拭く。最近、成績がほんのちょっとだけ上がった。きっとここのご利益だ。神様が力を見せてくれたんだから、俺も何かお返しをしないと。そう考えた結果、ここを綺麗に掃除することにした。……と言っても水拭きしてもいいんだろうか? まあいっか。
「そこ残ってる」
「え、あ、ほんとだ」
声が示す方向を見ると、白く汚れた部分があった。一人じゃ気づかない部分もあるなぁと声に感謝しつつ拭く。……声? 誰?
周りを見ると、俺の自転車が置いてあるところに一人の女の子がいた。小学低学年くらいだろうか。もっと小さい、幼稚園くらいかもしれない。その頃の子供にありがちな奇声とか凶暴さとかはまったくなく、ただぼんやりと座ってこっちを見ていた。
「どこの子?」
「ありがとう、お兄さん」
質問には答えず、控えめに笑ってお礼を言う。ありがとうってことはこの神社を管理している家の子供かもしれない。
いたずらや邪魔をするわけではないみたいだ。あまり気にせずに掃除を続ける。
木々は夏の日差しから守ってくれて、涼しいそよ風が吹いている。季節を感じさせない体感気温だ。ここで昼寝をしたらさぞ気持ちいいだろう。
ある程度綺麗になったことを確認し、自転車の籠からペットボトルを取り出して飲む。女の子は一か所に集めたゴミを興味深そうに見ている。こんなにゴミがあったのかって、俺も驚きだ。これらは持ってきた袋に入れてお持ち帰りかな。
「お兄さん」
「なに?」
「お兄さんは、神様を信じているの?」
何やら不思議な質問だ。神様を信じるか、って字面だけ見れば何かの宗教みたいだ。ひとつの神様を熱烈に信仰してるわけじゃないけど、信じていないわけでもない。誤差とか運とかそういうのは信仰の力によって上昇する気がする。ゲームのしすぎかな。
「それなりに」
「そう」
一言つぶやいて、その子はまた一人遊びに戻った。感情が見えない顔だった。このくらいの子ってもっとうるさい印象があったけど、この子みたいに大人しい子なら好きになれるかもしれない。
そんなことを考えながら葉っぱやらガラスの欠片やらをゴミ袋に分別して入れる。ひとつの大きな袋に収まったけれど、思ったより多くて、自転車には乗りそうにない。いったん袋を家においてくるか。
「ここに自転車置いていくけど、いたずらすんなよ」
「しないよ」
口数の少ない子だ。さっきからちらちらと見ているが、何かに触ることはないから、大丈夫だろう。袋を抱えて家に帰り、分別したものをゴミ置き場に捨ててすぐに戻る。
女の子は賽銭箱の後ろの階段に座りながらぼんやりと上を見ていた。
俺もその子の近くに行き、上を見る。何かあるのかと思ったが、木々の隙間から漏れる光以外には、何も見えなかった。
「綺麗になったね」
「そうだな」
汚れは取れたし、ゴミもなくなった。そうすると雑草が目立つ。今度、掃除するときは雑草からかな。毎週は無理でも月一くらいは。焼け石に水だろうけど。ほら、息抜きも必要だし。
あー、勉強しなきゃ。