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5 サラダサラダサラダ

    5 サラダサラダサラダ


 最近、学校で食べるお昼があまり楽しくない。

 なでしこ荘のごはんが美味しすぎるせいだって漠然と考えていたけれど、それだけじゃないって唐突に気付いた。連休明けのうらうらしたお昼時、講義が終わってパラパラと出て行く人たちの背中をぼんやり見てる。そうだ、最近は一人で行動することが多くて、お昼ごはんも何となく一人……で食べてた。楽しくないはずだわ。

 ちょっと前までは声を掛け合わなくても自然に集まって一緒にお昼という流れがあったんだけど、そういえば、そのパターンが最近ないわ。皆、学校には出て来てると思うんだけど。

 いや、出てないのかも? 五月に入って、一般教養の出席率が目に見えて下がってる気はするわ。最初の日はみっしり詰まっていたこの部屋も、今日は半分近く空きがあった。

「あー……何を食べようかなぁ……」

 学食は今の時間が一番混んでる。なので、急いで行く気が起こらない。どっかお店まで遠征するのも面倒だし、お金かかるし、何よりあまり好みじゃない。味付けが濃くて、お肉と油が多くて、絶望的に野菜が少ない。

「サブウェイ……スープストック……うーん…………」

 お手頃な価格で野菜を食べられるお店はこのくらいしか知らない。けれど、ねぇ? キャンパスを出て駅前まで行くのも面倒くさい。三限も講義あるから、戻ってくるのも……。

 結局、決めきれないままのっそり立ち上がった。生協でパンのコースになるかも。教室を出ると、三崎さんとお取り巻きグループが少し離れたところで何か立ち話してた。ガーリーというかスイーツというか、ちょっと甘めで男の子受けしそうな服とふわふわした髪とナチュラルに見えるがっつりメイクで固めててすっごく可愛いグループ。たまにご一緒することはあるけれど、そういえば疎遠になったな……って距離感かな。

「あ、桃園さん?」

「……あ、ひさしぶりー。連休どうだった?」

 とりあえず、何か話さないと。そう思って当たり障りない話題を切り出す。すると、三崎さんは待ってましたとばかりににんまり笑顔になった。

「えー、別にー。旅行に行きたかったんだけどー、彼、社会人だしー、会社から頼りにされてるらしくてー。連休中も呼び出しかかっちゃうくらい忙しいしー?」

 そこまで言って、にんまり度を上げてこっちを見てる。えっと、何かコメントした方がいいのかしら?

 白けた間が数秒あって、それから別の子がとりなすように話を続けた。

「あたしはーランドとシーをハシゴしたよー」

「いいよねー、果瑠亜ちゃんの彼はマメだよねー。あたしの彼、混んでるからどこにも行きたくないとか言うよぉ、信じられなぁぃ」

 何故か私を置いてけぼりでキャッキャし始めた。なるほど、彼バナという奴を披露し合わないといけなかったのね。えぇと……、もしかして、彼がいるアピールをしたいだけだったのかな?

といっても、私には彼氏もいないしなぁ……。もしいたとしても、別に話題にするとも思えない。

別に急ぐ必要も行く宛てもないけれど、立ち止まって何の話か分からないのに付き合うのも疲れちゃうわ。……私、立ち去ってもいいかな? ダメかな? 角が立つかな?

「えっと、私、学しょく……」

「あのね、桃園さん?」

 三崎さんがにっこり笑ってぶった切る。

「あたしたち、今からクリフィーでお昼なんだけど、一緒にどうかしら?」

「あー、クリフィー……」

 クリフィーというのは駅近にあるグラタンとドリアの専門店ね。女子大生をターゲットに絞ったメニューと価格帯で、味は……うん、まぁ美味しい。チーズを気前よく乗せて焼いてて、それが受けてるみたい。カロリーとか超気にしてるのに、ここのバタートーストとドリンクとデザート付きのセットを食べたがる女子大生が後を絶たないのがちょい不思議なんだな。しばし迷うふりをして、それから残念そうな笑顔を作った。

「うーん、ごめん。今日はドリアの気分じゃないんだなぁ。学食に行くわ」

 右手をヒラヒラさせて、グループから離脱。連絡通路に向かってホールに出ようとしたところで、追いかけてくる誰かの足音に気付いた。

「春香ちゃーん、お昼、一緒にどぉ?」

 この声は……三崎さんグループじゃないわ。

「聖羅ちゃん?」

「うわっ、そっちで呼ばれるの、ダメージ半端ないからやめて」

 振り返って見ると、背が高くて髪の長いシュッとした美人さんが小気味よい足音を立てて駆けてくる。

「あれ? 聖羅ちゃん、今の比較文化、出てた?」

「うん、いたいた。前の方の右の端っこでおとなしくしてたから」

「あぁ、じゃあ真逆の場所に座ってたんだわ。ひさしぶりー……な気がする。連休はどうだった?」

「うん、実家に顔を出して、ちょっとブラブラ」

「実家は今、どこだったっけ?」

「大阪。でも、ブラブラしたのは岡山広島山口だけどね。在来線で気が向く方に適当に乗って行って……」

「すごい旅行してるのね……相変わらずだわ」

「ゴハン、どこで食べるつもり? 学食? なら一緒に食べよ」

 聖羅ちゃんこと田中聖羅さんは割に気が合う同じクラスの人。お互い、一人で行動することが多いけれど、一緒に行動する時は話が弾むかな。

「うん、学食かな……。気分じゃないって断った手前、外に出るのもあれだし」

「見てたよー」

 聖羅ちゃんがおかしそうにクスクス笑う。

「三崎さん、すっごい名誉を与えてあげるつもりだったのに、あっさり袖にされて……あぁおかしい」

「え? そうだったの?」

 正直びっくり。名誉って……何かしら? あのグループと一緒にごはん食べるってこと?

「じゃあ、何で断ったの? あの一団が苦手だったからじゃないの?」

「えぇー? いや、別に……大好きかって聞かれるとそこまで好きじゃないけれど、何度か誘われて食事やお茶にも行ったし。合コンに誘われたこともあったけど、私、お酒飲めないから断ったのよね。食事もあまり楽しくなかったかも。……話題が退屈なのと、話しながらずっとケータイいじってたのが、ちょっとね。話しながらならまだガマンできるけれど、ごはんを食べながらケータイいじる人は……うん、やっぱり苦手かも?」

「何よ、やっぱり苦手だから断った訳じゃん」

 聖羅ちゃんがアハハと笑う。

「えぇぇ……。違うよ、断ったのは本当にドリアの気分じゃなかったからで……。もっとこぉ……今日は味の幅が広いのをちょこちょこ食べたい」

 真顔で言ったら、聖羅ちゃんも笑うのをやめて少し真面目な顔になった・

「そこで、その理由で断れるのがすごい。そうよね、ゴハンくらい食べたいものを食べたいよねー。付き合いで気分じゃないものを食べさせられるってゾッとするわ」

 いったん屋外に出て中庭を横切り、学食が入っている棟に回り込む。大きなガラス窓越しに見ると、危ぶんでいたほどには混雑していない。本当に出て来る学生の数が落ちてるみたい。

「何にする?」

「A定。八宝菜って見える」

「八宝菜かぁ……」

 聖羅ちゃんはちょっと考えて、

「私はBLTプレートかな。奥の方が空いてるみたいだから、先にゲットした方が席を取るってことで」

「はーい」

 それぞれ食券を買ってカウンターに行く。定食を受け取って、お茶を二つの湯呑みに注いで奥へむかうと、聖羅ちゃんが先に窓際の席を取って待っててくれた。聖羅ちゃんの傍らにも湯呑みが二つ並んでいて、互いのお盆の上を見て笑う。

「お茶までは確認してなかったね」

「責任持って飲みましょう」

 並んで座って、手を合わせる。

「春香ちゃんは一人メシは平気な方なんだね」

 セットのサラダを口に運びながら聖羅ちゃんが話しかける。そうかな? そういえば……そうかな。

「だって、一人暮らししてるし、もういい大人なんだから、一人でごはんくらい……」

「それが! 社会人になっても、所帯持っても、一人でごはんを食べられない女の人は多いよ? こっち帰ってきてびっくりしたもん」

「何が怖いんだろうね。そりゃ、高級お寿司や中華料理は一人で行くのは気まずい気がするけど」

 聖羅ちゃんがまたクスクス笑う。

「三崎さんタイプは気になるのよ。一人メシはプライドとか沽券とかにかかわる不名誉な行為らしいよ。で、春香ちゃんがお仲間なのか、そうじゃないのか分からなくて、その分からないことがイライラしてるんだと思うわ」

「お仲間?」

「仲良しグループを作って、群れになると安心するタイプかどうか。一人で平気な私みたいなのは初めから眼中にないけれど、春香ちゃんは社交性あるし可愛いじゃない? 飲み会の面子に加えたいんじゃないかな」

「へぇ……」

 我ながら素っ気ない合いの手だと思ったけれど、こういのって感想の言い様がない。可愛いの? 私、可愛いかなぁ? その割にモテた覚えもないし、そもそも男の人と近付きになったこともない。最近接点が出来たなでしこ荘の男性方とは紳士的に何にもないし、梅に至っては…………。

「クソアマとか罵られるけど」

「えっ! 誰に?」

「えっとね、下宿先の……近所に住んでる学生さん? そういえば、どういう関係になるのかしら? 朝晩、うちのまかないを食べに通って来るの」

「男の人?」

「そりゃそうよ、女の子でそんな図々しいのはちょっといないと思う」

「へぇ……男の人との距離感が分からないって言ってたけど、少し変わったんだ?」

 聖羅ちゃんがサンドイッチを両手でがっしり持って、慎重にかぶりつく。レタスと玉子スプレッドがたっぷりなので食べ始めたら最後、その切れを食べ終えるまでは手に持ち続けなくてはならない難しい奴だ。共学だったらまずオーダーできない一品。私は八宝菜のうずら玉子をなかなか掴めなくて、いっそお箸を突き立てようかと迷っているとこ。

「別に、男の人が苦手って訳でもなかったし。ただ、間近で話した経験が少ないってだけ!」

「うんうん。で、さっきの話に戻るけど、あの断り方したら、三崎さんはもう誘わなくなると思うけれど、大丈夫?」

「大丈夫って、何が?」

 聖羅ちゃんはちょっと目を見開いて、それからクシャって笑って小さく首を振った。

「ううん、いいや。余計な心配したけれど、春香ちゃんはいい意味で我が道行くタイプって今ので分かったわ。私はほら、見るからにはぐれ者だからいいんだけど……」

 そうなんだ、聖羅ちゃんははぐれ者だったんだ。そうかなぁ?

 私としては、聖羅ちゃんはとても話しやすい。一緒に行動して、話題を探さなくても話が続く貴重な人だと思う。でも、そういえば、一人でいるところはよく見るかもしれない。

 そう言ったら、聖羅ちゃんは最後のひと口をぱくりと口に入れて、紙おしぼりで指先を拭いた。ちゃんと呑み込んで、お茶をひと口飲んでから、あははと笑う。

「私は慣れてるからね。あっちは、協力する時はサッと集まるけれど、基本は一人で考えて一人で行動するから。こっちは……同調圧力が強くて、最初はキツかったなぁ……。どこかのグループに入らないと、全部から敵視されるというか」

「グループ……」

 そういえば、中学高校の頃にはあったかも? 私はあまり気にしてなかったけれど、単に鈍いから気付いてなかったのかもしれない。ううん、そうじゃなくて、どこかに属さなくても大丈夫なタイプがどこにも一定数いて、そういう人たちで集まってたから気が付いてなかったのかも。今も、こうして聖羅ちゃんとごはん食べてるし。

「私たちが一緒にいると目立つんだよ、知ってた?」

「なんで? 聖羅ちゃんが美人だから?」

 ぶふふとかなり大きな音を立てて、また聖羅ちゃんが笑う。

「違う違う。私たち、服の傾向がまるで違うでしょ? 若い女性は似たような服を着て、似たようなメイクする者同士で集まるんですって」

 なるほど。ラフなシャツに細身のデニム、大きくて派手な、でもユニセックスなアクセの聖羅ちゃんと、ふんわりもったり明るい色合いのニットが多い私では確かに傾向は全く違ってる。

「聖羅ちゃん、もしかして私が孤立するかもって心配してくれたんだ?」

「いや、まぁ……それもあるけど……」

「ありがとうね」

 聖羅ちゃん、優しい。オリエンテーションでたまたま隣に座ったのがきっかけだったけど、さりげなく私のことを見てくれてるって分かるもの。

「最近、付き合いが悪くなった自覚はあるの。ほら、新しいアパート……下宿はまかない付きっていったでしょ? ごはん作ってるのが私と同い年の、学生もやってる男の子で。学校に行きながら十人前後の人の食事を毎日作ってるのよ。すごく大変なのが見てて分かるから、出来るだけお手伝いしようって思って、授業が終わるとすぐ帰っちゃうの。この春からは不義理しまくり」

「あぁ、そういうこと。それならいいわ」

 聖羅ちゃんは目の前のお盆を心持ち私の方に押しやって、バスケットに入ったお芋を勧めてくれる。ありがたく一本いただいて、ケチャップをたっぷりつけて口に運んだ。たまに食べるジャンクっぽい味も……実は好き。

「今日は常備菜を作りだめする日らしいわ。三限目が終わったらすぐ帰るから、挨拶できなかったらごめんね」

「そんな熱心にお手伝いしたくなるほど美味しい?」

「美味しいよ! 豚汁の話はしたでしょ? ごはんに惚れて引っ越しを決めたんですもの。あの料理の腕には恋しちゃうわよ」

 ひとしきり秋良くんの自慢をして、特に、彼の作る絶品料理の数々を自慢しまくって、私たちは席を立った。聖羅ちゃんが興味あると言うので、機会を見て秋良くんに友達を招待していいか聞いてみる約束をした。前もって頼めば、秋良くんは『いいよ』って言ってくれそう。でもって、その腕前を聖羅ちゃんにも味わってほしい。自分が美味しいって思うものを、美味しいねって同意してもらえる瞬間って快感だもん。

 

 予告通り、三限終わったら私はダッシュで駅に向かった。鈍行で三駅行って、藪駅で降りて改札通ったところで、秋良くんと偶然会ってしまった! 秋良くんは商店街で買い物した帰りみたいで、いつもに増してエコバッグが膨れてて、それを両肩にひとつずつかけている。見るからに重そう。

「秋良くーん、どっちか持つよー」

 手をぶんぶん振って駆け寄ると、やっぱりほわんと笑ってくれる。

「あぁ、お帰りなさい。随分早いけど、春香ちゃんは友達とどこか行ったりしないの?」

「え?」

 秋良くんから袋をひとつ受け取って、肩に下げる。何だかんだで軽いのを渡してくれたのはちゃんと知ってる。

「うん、もしかしたら、お手伝いしなくちゃって思って、遊びの誘いとか断ってるのかな?って……」

「あ、それはないから大丈夫! 秋良くんこそ、毎日ごはん作って待ってくれてるけど、どこか遊びに行きたいとかないの?」

 秋良くんがびっくり顔になる。

「僕が? それは……考えたことなかったな。でも、僕は料理している時が一番楽しいし……」

「じゃあ、私も同じ! 早く帰ってきてお手伝いしたり、部屋で本読んだりぼんやりしたりしてる時間がとても好き!」

「それならいいんだ」

 あぁ……やっぱり秋良くんの笑顔はいい。どうやったら、こんな風に周りも優しい気持ちにする笑顔になれるんだろう。これはなでしこ荘で過ごす間の課題だわ。

「今日はいっぱい作るんでしょう? 横で見ているとすっごく勉強になるの。秋良くんにかなうとは思えないけれど、でも、きっと将来役に立つと思うのよー」

 袋を覗くと、ニンジンとキュウリ、干しブドウに鷹の爪にクリームチーズ豆の水煮の缶詰が入ってる。秋良くんの袋は多分、お芋やカボチャ。

 ダイニングの上に並べるとなかなか壮観。

 私はカバンを部屋に置いて、自前のエプロンを着けてキッチンに戻った。早速、ジャガイモが洗われて、丸ごと大鍋で茹ではじめられている。イモにまじって、大きな人参がこれまた丸ごと一本混じってるのが妙におかしい。そして、秋良くんはカボチャを真っ二つにして、中の種をスプーンで掻き出してる最中だった。

「手伝う?」

 声をかけると、秋良くんが小さく首を振る。

「カボチャは硬くて力がいるから……。まな板と包丁、もう一組出すから、キュウリを薄切りにしてもらえるかな?」

「オッケー」

 テーブルにまな板を据えて、キュウリを流しで洗って、ピーラーで縞模様に皮を剥いて……。

「薄切りは二本くらいでいいよ。残りは浅漬けにするから、まず縦に割って、中の種をお匙でくりぬいて」

「え? カボチャみたいに?」

「そう、カボチャみたいに」

 秋良くんが得意そうにニヤリとする。

「キュウリの種をくりぬくって初めて聞くけど……」

「だろ? 皆、最初はもったいないって顔をするんだ。でもね、騙されたと思ってやってみて。味が全然違うよ」

「へぇ、そうなんだ」

 半信半疑で指示通りにキュウリを縦にふたつ割りにして、小さなティースプーンで種のところをくりぬいた。二本分は薄切りにしてお塩を一つまみ混ぜて水気が出るまで放置。これは多分、ポテトサラダの具になるのね。残りのキュウリは秋良くんの指導のおかげで乱切りになった。タッパーに刻んだ鷹の爪とキュウリを入れて、上から白だしの原液をサーッと回しかけて、フタをして器ごと振る。キュウリ全体に調味液が行き渡るように、振って振って振りまくる。一分も振れば、キュウリから滲み出た水気で調味液のかさが随分増えてる。あとは冷蔵庫に入れて、何分かおきに容器を振っていれば、半日ほどで浅漬けが出来上がり……なんだそうだ。

「え! たったこれだけで、あの美味しい漬物になるんだ!」

 びっくり。あんまり美味しいんで、てっきり市販品だと思っていたのに。

「それは……ありがとう」

 秋良くんはカボチャを全部切り分けて皮も綺麗に剥いてしまって、それを鉢に入れて蒸し始めた。

「しばらく時間かかるから、その間にラペサラダを作ろう」

「ラペ?」

「人参の甘いサラダだよ。先週作ったよね」

「あ、あれ好き! 梅に不評だった奴ね」

「うん、ラペサラダは不思議と男性に人気ないんだよね。人参が嫌いなのか、甘い味付けが嫌いなのか……。そういえば、酢の物もあまり人気ないもんなぁ、すっぱいのが駄目なのかもしれない」

「でも、女の子には人気でしょ?」

「そうなんだよねぇ……」

 秋良くんがまた笑う。

「人参が嫌いっていう人以外は、女性は割に好きなんだよね、ラペサラダ」

 人参を洗って、皮を剥いて、千切りにするピーラーで片っ端から削ってく。二人がかりでやるとすぐだけど、これを包丁で切ろうと思ったらすごい手間な気がする。これまたボウル一杯の人参の千切りが出来たところで、上からお砂糖。なでしこ荘では茶色のお砂糖を使ってて、それを結構な量入れちゃう。それに、お塩をひとつまみ、ふたつまみ。手でざっくり混ぜると、人参の表面にお砂糖が行き渡って少しザラザラする……感触だったのが、すぐにしっとりして、お砂糖の粒が溶けてしまった。人参から出る水気、すごい。そうなってもまだまだ混ぜて、時々揉むような動きも入れて。しばらく揉むとかなり水気が上がってくる。そこに干しブドウも混ぜて、仕上げにお酢をドボドボと回しかけて仕込み完了。これもタッパーに入れて冷蔵庫に。何度か混ぜて何時間が置いたら完成。

「これも……意外と簡単?」

「ね? 簡単だろ?」

「カフェ飯でこれがサラダに添えられていたら、すっごくお洒落な気がしてたんだけど、案外簡単だった……」

「その代わり、作る人によって個性がすごく出るんだ。使う素材はシンプルで作業も簡単なのに不思議だよね」

 ちょっと味見……といって手の甲に乗せてもらった人参は甘酸っぱくて、まだ少し青臭い。この人参に酢が滲みて来るとあの独特の風味になるのね。

 人参のタッパーも冷蔵庫に入れて、卵を五個取り出して、ジャガイモを茹でているお鍋にトポンと沈めた。

「さて、そろそろカボチャがいいかな……」

「カボチャが先?」

 竹串を出して秋良くんが頷く。

「ジャガイモは丸ごとだから一時間近くかかるけど、カボチャは意外と早く火が通るよ。それに、こっちは小さく切ってるし」

 蒸し器のフタをずらして幾つかに串を刺してから火を止める。

「熱いから気を付けて」

 そう言って、これもタッパーにもふっと移す。湯気がもうもうと立っていかにも熱そう。秋良くんは蒸し器を流しに移して水をかけてる。

「そのフォークで粗めにざっと潰してくれる? 粗方潰したら、うちわ……あ、あそこの棚にあるうちわであおいで……」

「粗くていいの?」

「ちょっと粒が残ってるくらいが美味しいよ。あ、仰ぐ前にこれも混ぜて」

 大雑把に潰してからうちわを手にすると、秋良くんはクリームチーズを小指の先くらいにちぎってはカボチャに放り込む。わわわ、これだけでもう美味しそう! 少し湯気がおさまったら、ミックスビーンズの缶詰を開けて、これも投入。豆とカボチャとチーズ、これも女の人が好きそうな組み合わせだわ。

「室温になったらマヨネーズを混ぜて、これも出来上がり」

「えっ? これもそれだけでいいの?」

「味見してみる? まだマヨネーズ入ってないけど……」

 混ぜるのに使っていたフォークを持ち上げて、直接口に入れてくれた。

「んんんん! 美味しい……!」

 味付けしていないからオカズとしては物足りない感じがする。けど、カボチャの美味しい食べ物と考えると、もうすでに完成されたバランスになってる気がするわ。まったり甘くて、ほんのり温かくて、上あごと舌ですりつぶすようにやんわり挟むと、熱でとろけたチーズの濃い部分が濃厚な旨みを顔を出す。

「ん……甘い」

「そう、自然の甘味だけなのに、ほんと美味しいよね」

 秋良くんがフォークをカランと流しに入れる。おじゃがの鍋で茹でていた卵をお玉で掬って流水にさらす。給湯器の時計表示に目をやっていたから、それでは、卵の茹で時間もちゃんと計っていたんだわ。さすが。

「残念なのは、これも男性には受けが悪いんだなぁ……。すき焼とか肉じゃがとか甘い味のおかずも好きな割に、素材の甘さが際立つものは嫌うっていうのは何だろうね?」

「え、カボチャサラダも嫌がるの?」

 無念そうに秋良くんは頷く。……ラペサラダといい、秋良くんは数少ない例外、ちょい甘いオカズも好き派なんだろう。

「うーん、多分だけど、ごはんのオカズにならないものが苦手なのかしら?」

「オカズにならない理由が甘さだとしたら、すき焼きもダメだと思うけどな……」

「うーん……、でも、たとえば、カボチャサラダだけをオカズにごはんを食べろって言われたら、私もいやかも?」

「なるほど……」

 秋良くん、今度は玉ねぎを薄く切り始める。ついでに冷蔵庫から塩漬けオリーブの瓶を出して、黒オリーブもこまかくみじん切りに。玉ねぎは切ったそばからタッパーの底に薄く敷き詰めるように。そこでまた竹串登場。特に大きいおじゃがに刺すと、スゥッと入った。隣りに浮かぶ人参にも刺す。こちらも抵抗なく入る。

「よし!」

 大きなザルを出してお鍋の中のもの全部開ける。カボチャの時と同様、すっごい湯気が立つ。

「お水にさらさないの?」

「とんでもない」

 秋良くんが笑う。

「あ、人参はお水で冷やしてもいいよ。僕はこれから熱いイモと格闘……」

 言いながらゴム手袋を出して装着。直にひとつおイモを取って、手で皮を剥いてはタッパーに投げ入れはじめた。

「あちちちっ」

 すっかり茹っていたから皮はスルリと剥けるけれど、でも、すごく熱そう。大丈夫かしら?

 ともかく、頼まれたので人参にサァッとお水をかけて持てるくらいになったらまな板に移して賽の目に切り分けた。中はまだ熱いので、やすみやすみ。時折り、さっき使ったうちわであおぐ。

 秋良くんは全部のおイモを剥き終えて、手袋を外した。

「はい」

 すすいだフォークを差し出したけれど、

「うん、こっちはフォークは使わないんだ」

 そう言って、秋良くんは……手で直におイモを握って潰し始めた!

「くぅぅ……あっついぃ!」

「ひゃあああ! 大丈夫? やけどしない?」

 びっくりした! そこまでやっちゃう情熱は何?

「大丈夫、大丈夫。限界来たら休憩するから」

 言いながら秋良くんは次々におイモを潰して、たまに水に手を浸して、またおイモにトライする。

「手で潰すと違うの?」

「うん。なんで違うのかの理屈はよく分からないんだけど、確かに美味しさは違うんだよ。誰か説明してくれる理系の人がいればいいんだけどね。これ、父さんが発見したテクなんだ」

「幸江さんが?」

「うん、父さん直伝。カボチャサラダと、あとキュウリの種を抜くのも父さんのレシピ」

「そっか、そんなに違うのか……」

 熱も大分引いたのか、そこまで熱そうには見えなくなった。まだイモの部分も残っていたけれど、そのダマがいいってことで、今切った人参を混ぜ、更に温度が下がったところで、塩揉みして絞ったキュウリとオリーブ。これまた手で粗くつぶしたゆで卵。それに油っ気をしっかり切ったツナフレークと刻みパセリ。胡椒と粒マスタード少々と、レモン果汁多め、そしてたっぷりのマヨネーズを入れて混ぜ合わせる。

「はい、完成」

 はぁぁ……これも美味しそう。やっぱりひと口もらって味見する。酸味とまろやかさがグワンとまず来て、玉子の滋味とツナの旨みと……そして、ジャガイモの泥臭さ?っていうとダメな表現に聞こえるけど、そうじゃなくて、お日様浴びた栄養が土の下で熟成したみたいな香りがじわじわと上がって来て、これは……本当に美味しい。もしかしたら、この微かな香りが感じられるところが手で潰すメリットなのかもしれないわ。

「うん、このくらい作っていれば、忙しくなっても主菜さえ決まれば何とかなるね」

 満足そうにうなずいて、秋良くんが流しのお鍋を洗い始める。

「今夜は鯵を焼いて、それに小松菜と揚げでお味噌汁。それに、サラダをそれぞれ好きに取ってもらって、それでいいかな?」

「異議なし!」

 これだけ作って、この上まだ主菜を作るって、本当に偉いしすごい。もうお鍋や器を全部洗い終わって、今はお米を計量して研ぎはじめてる。作業しながら、次の段取りを考えているのね。

「お父さん……幸江さんもお料理が上手なんだよね?」

「もぉ全然くらべものにならないよ。父さんのお店、オカマバーって名乗ってるけれど、実際は、料理が目当てのおじさんと、悩み相談したい若い女性が主なお客だもん」

「えええ……おじさんのお客は料理目当てなんだ」

「うん」

 秋良くんが優しい顔になる。

「ここね、元々は母さんの方の爺ちゃん婆ちゃんが学生さん相手の寮というか、まかない下宿を経営していたんだ。父さんも学生の時にここのお世話になって、そして、母さんと相思相愛になって結婚して……」

「え? お母さん方の寮……だったんだ」

「うん、それこそ、梅のアパートみたいな。昭和っぽくてレトロな外観の、それはそれでいい味わいだったって。でも、時代の流れで下宿が流行らなくなって、その頃爺ちゃんが鬼籍に入って、もう畳んでしまおうかって話になった時に、父さんが駄目だって言って。なんだかんだで説得して、建て替えて心機一転やり直しって段になって、母さんが死んじゃって。気落ちしたのか、婆ちゃんも……。それで父さん、仕事を辞めてここを引き継いで。僕たちの母親の代わりまで頑張ろうとして、その……母性というかオトメに目覚めて」

 そこで秋良くんはこらえきれずにふふふと笑い出した。

「演技なのか本気なのか、未だに分からないんだ。母さんとラブラブだったのは小さい頃の記憶ではっきり覚えてるから、性嗜好はヘテロだと思うんだけど。でも、父さんは楽しそうだし、ああ見えて父さんの女子力がMAXなのは確かだし。舞は……まだ引いてるみたいだけど」

「でも、舞ちゃん、お父さんのこと自慢に思ってるよね?」

「やっぱり? そう思う?」

 秋良くんの顔がパァッと明るくなる。

「うん、本気で距離置いてたら口をきかないもん」

「だったらいいなぁ……」

「うん」

 ゴハンはセットしたし、お味噌汁のお出汁もかけた。後は皆が揃うまでお茶でもしますか。と、私は明日の予習をしておくべきかも。

「そういえば、秋良くんは彼女いないの? デートとかするヒマある?」

「え?」

 秋良くんの表情を見るに、質問の意味が分かってないっぽい。

「彼女? いないよ。女の子は僕みたいのじゃなくて、イケメンでもっとたくましいタイプが好きなんじゃないの?」

「え!」

 今度は私の方がびっくりする番。これは……どうも本気で言ってるみたい。

 秋良くん、自分が端整な顔立ちという自覚がないの? でもって、料理上手な男の子がどれだけ求められているのかの認識もないみたい。

 これが……授業だけ出て、同年代とのおしゃべりをあまりしなかった弊害なのかしら?

 人の事は言えないわ。私も、空いた時間はなるべく誰かをつかまえておしゃべりしよう。ココロからそう思った。明日も聖羅ちゃんを見かけたら一緒にお昼しよう。固く決意する。

 お昼……そうだ。

「あのね、秋良くん?」

「ん?」

「今日作ったサラダね、明日、少し学校に持ってっていい? 友達に自慢したいの」

「うん、それはいいけど……サラダだけ? おべんとうにしようか?」

「そんな! そこまで甘えられないわ」

「それなら……」

 秋良くんが思案顔になる。

「まだ早いから、パン屋さんまで散歩しようか? ついでに生ハムを買ってきて、サンドイッチにしよう。カボチャサラダね、生ハムと一緒にパンに挟むと最高なんだ」

「それは……美味しそう」

 パンに挟むだけなら私でも出来そう。うん、明日は聖羅ちゃんと中庭でサンドイッチのランチにしよう。

「お願いします」

 ぺこんと頭を下げる。その間に秋良くんは元栓の点検して、買い物袋を取り出している。

「あ、パン代は私が……」

 財布を取りに行って、玄関で待ってる秋良くんに並んで。なんだか気分上がってる。

 ………………秋良くんに彼女いないって聞いて気分が上がるの、なんでかしら?

 何となく答えが見えるような、見ちゃダメなような。

 でも、本当になんでこんなに気分アゲなのかしら?


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