表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノロイコウモノノ哀歌  作者: 七節曲
第二夜
9/45

08 剣道場にて

 面を打つ高らかな竹刀の音。


 怪鳥がなくが如く聞こえる剣士の叫び。


 社会人組はまだ稽古を続けている。人数にして2、3人。


 そもそも流行っている道場でもなし、学生組はもう稽古を上がり、帰り支度を始めている。すでに帰路についた者も幾人か。おかげで道場の中は人気(ひとけ)がまばらだ。


 とは言え私営の当剣道場、天井は大上段に竹刀を上げてぶつからない程度、試合をすれば一組以外は皆休憩せざるを得ないこぢんまりとした場所故に、人口密度で言えばむしろ程よいと言っていい。

 もっとも、学生組が居たとしても全部で十数人程度の道場。

 別に芋を洗うようなことにはならない。


 刀川(たちかわ)美空(みそら)が愛用の竹刀を袋に仕舞っていると、今度は返し胴の音が響く。

 手元を視界の端に収めながら、彼女の視線は道場の中心で打ち合う二人に注がれている。


 見ながら、


 座波(ざは)さん間合い詰めるの上手いな〜


 だとか、


 仙波(せんば)さん、今の足捌きすごいなどうやったんだろう


 だとか、二人の動きを観察してああでもないこうでもないと考えている。


 彼女は先達の工夫を自分の技に活かせないかと、試行錯誤に余念がない。

 とは言え、学生組が去った後、居残って社会人組と稽古するほど熱心でもない。

 あくまで帰り支度をのんびり行いつつ、その合間に観察する程度の話である。


「おい、刀川(たちかわ)。」


 防具袋を背負って立ち上がろうとしたところで背後から声をかけられた。


 振り返ると、袴姿の初老の男。短髪の髭面。

 頭も顎も同じような長さの灰色の毛。

 体格は小柄ながら、鍛えぬかれた精悍さが感じられる。


「お疲れ様です、館長。」


 彼は、刀川美空の通う剣道場の館長で、瀬石(せせき)(いおり)という。

 御年53歳。

 剣道錬士七段。


「お前、清水(しみず)の奴と仲よかったか?」

「清水?」


 一瞬、誰のことかと首を傾げてみせる。

 そして清水(しみず)春香(はるか)のことかと思い当たる。

 確か一つ下の後輩だ。

 中学の時も学校が一緒で、部活で何度か顔を合わせた。


「まあ、たまに話しをする程度には仲いいですよ。学校同じですし。」


 もっとも、今年同じ高校に入学した事を知ってはいても、新学期になってからまだ一度も話していない。

 そういえば今日の稽古で彼女を見かけなかったなと、思い出す。


「清水がどうかしたんですか?」

「ああ、ちょっとな。」と溜息混じり。

「風邪でも引いてるんですか。」

「う〜ん。そういう事なら良いんだがな。」

「これ以上寂れたら道場存続の危機ですからね。」

「そういう心配をしてるわけじゃねぇよ。」

「冗談ですよ。」


 と、軽く彼女の額を裏拳で小突く瀬石。


「とりあえず、ちと様子見てきてくれんか。」

「まあ、見舞いにいくくらい構いませんよ。明日にでも行ってきます。」

「うん。面倒かけるな。」


 なんだか安心したようにはにかんでみせる。


「じゃあ、気をつけて帰れよ。」

「はい。では、お疲れ様でした。」


 手を振る瀬石の背中に軽く会釈する。

 道場の入り口前で道場の奥に向かってお辞儀する。


 ただ、礼をするものの道場によくある神棚はこの道場にはない。


 なぜないのだろうかと、疑問に思わなくもないが、改めて訊いてみるほどの関心はない。

 大した理由ではないのだろうと、勝手に予想して納得している。


「ああ、そうだ。」


 刀川が革靴のかかとを指で引き上げながらつま先を通していると、瀬石は思い出したように言う。


「この間はすまんな、わざわざアイツの顔見に来てくれて。」

「いえ、(あきら)さんにはお世話になりましたので。」

「ただの親不孝もんだよ。」


 ハハハと、瀬石は苦そうに笑う。


「気が向いたら線香でも上げてやってくれ。」

「ええ、そのうちに。」


 道場を出ると、真暗ななか、さらさらと雨が降っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ