06 母子の会話
家の”お勤め”などと言われて、なんだか淫靡な印象を受けたり、人身御供的な想像をしたりするのは、読み物から得た余計な記憶の影響なのだろう。
特に国語辞典で意味を調べてしまったことの影響が大きい。
勤行の類での意味合いの方があっているのだが、思春期にあのような意味があることを知ってしまったことは”お勤め”という言葉への印象に多大な影響を残している。
”お勤め”がそう言った類の物でなかったところで、塚森仄香が”お勤め”についてあまり好意的な印象を抱いていない事は、変わりないのだが。
塚森の家は古い。
そうかと言って、別に家が異常に裕福だったりはしない。
家の広さだって、住宅街の一般的な一軒家に比べて少し広い程度の話だ。
昨年の暮に水回りと台所をリフォームしたので、古式ゆかしい外観の割に中身はところどころモダンだったりする。
昔はもう少し土地を持っていたらしいが、明治の頃にほとんど手放したそうだ。
もっと幼かった頃に、祖父から昔はこの辺り一帯が塚森の所有する水田だったなどと寝物語に自慢されたものだが、本当のところはわからない。
それでも、お山の神社との関わりは深く、様々な祭事との関わりも深い。
お陰で長男である兄は、近々行われる祭りの手伝いで忙しかったりする。
また、”お勤め”にも駆り出されているため、最近は多忙を極めている。
やっていることは色々あるが、要するに地域的な雑事の相談を受けて、何かフォローが必要なら骨を折ると、そういう事だ。
「それで? 速水のお嬢さんはなんと?」
夕食の支度を一段落させた仄香の母、塚森香苗がエプロンで手を拭いながら座った。
「はい。最近近所の犬がやけに吠える様になった、と。」
「ご近所への苦情でも言って欲しいのかしら?」
香苗は、困った顔で首をかしげる。
「いえ。特に騒音で迷惑しているということではなく、なんだか空気が不穏な気がして、怖い、と。」
「夜の巡回を増やしてもらったほうがいいのかしらね。あそこの交番、橋木さんお一人だし、深夜巡回は頼みづらいところね。」
「そうですね。」
思案顔の香苗。
橋木という交番勤務の警察官は、すでに定年間近の老体で、早寝早起きを常としている。
緊急の際による叩き起こせば直ぐ様起きだしてくれるくらいには元気であるが、連夜寝ずの番をしてもらうわけにはいかない。
自治体の若者集に声を掛けて頑張ってもらうべきか。
などとそんなことを思案している様子である。
とはいえ、直ぐに結論は出せない。
そう諦めをつけて香苗は再び娘に視線を戻す。
「今のところはそれだけ?」
「はい、母様。」
言いながら、彼女は目をそらす。
その様子に一瞬、香苗の視線は鋭くなる。
が、それも一瞬のこと。
直ぐに瞑目して、傍らの湯のみに手をやる。
「…まあ、良いでしょう。」
ズズズっと、母は茶を一すすり。
「それで、最近、アレの様子はいかがですか?」
「…アレ、というのは、光史燈弥の事ですか?」
仄香は顔を逸らしながら言う。
「…光史燈弥。そうですね。アレは光史燈弥と、言うのでしたね。」
虚空を眺めながら香苗は独り言ちる風にもらす。
「燈弥なら、問題なく、やっております。母様が、心配しているような事は、何もありません。」
「そう。私が何を心配しているのか貴女にはみんな解っている訳ね?」
シラッとした面持ちで、母にそう言われて、彼女は奥歯を噛みしめる。
仄香は沈黙している。
ズズズっと、香苗が茶をすする音だけがする。
「…もう、行っても宜しいでしょうか?」
そっぽを向いたまま仄香が搾り出すように言う。
「私に言わなければいけないことがないなら、いいんじゃない?」
「そうですか。」
彼女はそのまま立ち上がり、部屋を辞した。
自室に入り、扉をソッと閉じると、彼女はそのままベッドに倒れこんだ。
枕に顔をうずめて、声がもれるように叫ぶのだった。
「あの人を、アレと呼ばないで!」と。




