表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノロイコウモノノ哀歌  作者: 七節曲
第一夜
3/45

02 時を待つ

 窓の外では雨が降り続いている。

 春の柔らかな雨。

 窓ガラスの上を伝って落ちる雫達。


 カッシャっと、機械式シャッターの落ちる音。


「う〜ん。」


 カメラの背面モニタを睨みながら、光史(みつじ)燈弥(とうや)は首をひねる。


「なんか、違うんだよな。」


 カシャリと、またカメラの中でミラーの跳ねる音。


「何かが違う。それは分かる。しかし、何が違うのかが分からない。」


 ブツブツと、一人で喋っている。

 そして「う〜む。」と、首を捻る。


「おい、燈弥。」と、呆れたような声が響く。

「遊んでないで少しは手伝ったらどうだ?」


 書類を睨む目線を上げて、塚森(つかもり)(いつき)はそう言った。

 コツ、コツと万年筆で机を突く音。

 少しばかり苛立たしげな調子でそれは響く。


「そうは言ってもね、先輩、そのレポートを提出した時点で、もう俺にできることって、な〜んも無い気がするのだよ。」


 机の上に散乱する書類。

 ところどころに付箋が挟まれ、メモが書き込まれている。


「まあ、そうだな。」と、樹は視線を書類に戻す。


 クルクルと、器用な動作で手の上を、万年筆と赤鉛筆が入れ替わる。

 そして書類の下に広がっている紙に彼は赤鉛筆で線を書き込む。


 紙面をうねる等高線。


 それは、山間の盆地の地図だった。

 多分、学校周辺の地図なのだろう。


 縦横に走る街路。

 幾何学図形を描いて区切られる市街。

 細い林道は山に根を張るように広がり、インターチェンジの見当たらない高速道路が、山を南北へ突き抜けている。

 ややズレて南北に通り抜ける鉄道路線と、一つきりの駅。

 町の中心部を走り抜ける国道は、大きな川沿いを通っていた。

 町を3つに分かつ川は、大地をうねる蛇の様。


 その川に囲まれた区画が中洲の町。


 川で周囲から切り離され、9つの橋でしか行き来ができない。

 その町の辺りに、赤い印がいくつも書き込まれていた。


「ひどいね、これは。」と、樹は目を覆う。

「まあ、時期が時期だからな。」と、燈弥は相変わらずカメラをいじりながら言う。

「今年の桜は散るのが早かったしな。」

「とりあえずは、祭までの辛抱だろう。」

「その準備にも駆り出されるのだがね、僕は。」

「そうかね先輩。手伝って差し上げられないのが誠に心苦しいよ。」


 白々しくそんな台詞を吐く後輩を、彼は睨めつけた。

 カチリと、壁掛けの時計の針が動く。


「…頃合いか?」

「いや、まだだろう。」


 カシャリとシャッター音。

 光史燈弥は書棚を撮っている。


「校内でカメラなんぞいじっていたら、うるさ方に取り上げられるぞ?」

「ああ、大丈夫、大丈夫。部活の備品ってことで許可は貰ってる。」

「なんだ? 写真部に入っていたのか、君?」

「そ、そ。2、3日前にね。」

「その割に、放課後写真部に通っている様子が見受けられないのだが。」

「うむ。基本的に顔を出していない。」

「おいおい。それで部員が務まるのか?」

「写真部員なんだから、写真とっていれば部員は務まるさ。気が向いたら数枚活動結果ということで、作品を提出すれば充分だろう。」


 ふう、一つ、嘆息する樹。


「そもそも、どうしたんだ、そのカメラ?」


 彼が手にしているカメラは、中級のデジタル一眼レフカメラ。

 半年前にモデルチェンジした最新機の一世代前の機種とは言え、高校生の小遣い程度で手を出せる代物ではない。

 よほどアルバイトでもして貯めこまなければ、手がとどかない代物だろう。


「うん。水守(みもり)の婆様に貰った。新型買ったとかでな。」

「気に入られているのだな、君は。」

「孫のようにとは行かないだろうけどね。」

「どうだか。」


 カチリと、壁掛けの時計の針が動く。


「…頃合いか?」

「いや、まだだろう。」


 ジジジと、蛍光灯が鳴く。


「そう言えば、燈弥よ。」

「なんだね先輩。」

「卒業の件、どうなった?」

「ああ。」


 彼の視線が中空を漂い、ポリポリと(うなじ)を引っ掻く。


「どうやら無理らしいね、やっぱり。」

「そうか。」と樹は短く答えて、天上を見やる。


 ジジジと、蛍光灯が僅かに鳴く。


「仄香には、もう言ったのか?」

「いんや。」

「黙ってるつもりなのか?」

「期を見て話すよ。そう心配しなさるな。」

「だといいがな。…あまりアイツを悲しませてくれるなよ。」

「大丈夫だよ。アイツは強いから。」

「そうだといいがな。」


 カシャリと一つ、シャッターの音。


「…なんだよ。」

「いや、なかなか画になる表情をしていたもので。」


 そして背面モニターを確認する。


「…う〜ん。もう少し望遠のレンズがよかったかな。」

「レンズはそれ一本なのか?」

「さすがに何本もねだれんよ。」

「…単焦点のようだね。」

「うむ。ズームは自分が使うとかってんで譲ってもらえなかった。ズームリングいじる前に、体動かすのを覚えろと、まあ、そんなことを言っていたよ。」

「スパルタだね。」

「まあ、嫌いな画角じゃないから良いのだがね。注視の画角といった所か。60ミリは難易度が高いらしいけど。」


 カチリと、壁掛けの時計の針が動く。


「…頃合いか?」

「うん。そのようだ。」


 ジジジと、蛍光灯が鳴く。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ