20 レイコさん
レイコさんの噂は、1年生の間で囁かれる。
4:44に廊下の突き当りにある鏡に姿を映した生徒が、遅くまで一人で残っているとレイコさんが現れてその生徒を連れて行ってしまう。
レイコさんはもともとこの学校の生徒で、家に帰れずに死んでしまった。
学校でずっとさまよう彼女は、学校でずっと一緒にいてくれる友達を探している。
葉沼曰くそういう噂だったそうだ。
平々凡々。
どこにでもありそうな、使い古しのテンプレートがごとき噂だ。
入学したての今年の一年生が既に知っているということは、誰かが噂の継承に力を注いでいるのかもしれない。
それが誰なのか探ってみても意味などないだろう。
これはただの娯楽なのだ。
大した意図も目論見もなく、ただ自分が、入学したての彼らより、少しばかり学校の「秘密」を知っているという風に振る舞える、それだけのために囁かれる噂なのだろう。
その噂の内容が、今日、更新されていた。
昼休みに4階を探索した後、刀川美空は1年生数人にレイコさんの噂について訊いてみた。
そして一年生らはいずれも、同じ解答をよこす。
「レイコさんはもう現れません。レイコさんは童子様に殺されてしまったのです。」
示し合わせたようにそう答える。
震えながら答える。
レイコさんを知っているか訊いてみても、
レイコさんがどういう噂なのか訊いてみても、
レイコさんを見たことがあるか訊いてみても、
レイコさんを信じているか訊いてみても、
解答は同じだ。
「レイコさんはもう現れません。レイコさんは童子様に殺されてしまったのです。」
それはとても作為的で、気持ちの悪い事だった。
箝口令でも敷かれているのか。
誰も彼もが同じ言葉を繰り返す。
その言葉自体が何かのまじないででもあるかのように。
そう答える事で何かから逃れられるとでも言うように。
(春香の件は関係あるのかしら?)
刀川美空は考える。
清水春香が学校で遭遇したという事件。
彼女が名前を思い出せない友達。
もしかしたらをそれはレイコさんだったのかもしれない。
延々と続く長い廊下は、レイコさんに連れ込まれた異質な次元だったのかもしれない。
そしてそのレイコさんを、童子様が叩き殺した。
(荒唐無稽かな?)
授業中、そんな事を考えて上の空。
逆に、清水春香が殺害されるのを目撃したのがレイコさんでなかったなら?
本当に誰かが殺されているのだとしたら?
事件の痕跡は誰が消した?
どうして清水春香はその被害者が誰なのか思い出せない?
どうしてその被害者が居なくなっていると誰も知らない?
まるでこの世界からその存在の記録が消されてしまったがごとき事態。
(どちらにしても、これは怪談話ね。)
清水春香が見たという殺人者。
黒い仮面に金の一つ目、黒衣を纏った何者か。
それは、昨晩刀川美空が目撃した者と一致する。
同じ者。
あるいは同じ扮装の何者か。
物思いに耽る内に一つ授業が終わり、次の化学は移動教室。
「ねぇ。」と刀川美空は廊下でまた一年生を捕まえる。
「どうしました、先輩?」
人の良さそうな一年生は愛想よく彼女に振り返る。
「童子様を知っている?」
少し切り口を変えて尋ねてみる。
「知りません!」
一年生はそう叫んで逃げていった。




