12 昼休みの事
「こないだの小テストがさぁ、もうエラい点数でさぁ、かぁちゃんにしこたま怒られてさぁ…。」
昼休みの教室で嵩山孝之がボヤいている。
「勉強しないお前が悪かろう。」
焼きそばパンを頬張りながら光史燈弥は素っ気なく応じた。
スマホ片手にパンを食べながら喋る。
あまり行儀がよろしくない。
嵩山の前の席から、嵩山の机に肘をかけながら椅子に座る姿勢も、なんだかだらしない。
「んだよヤっくん。つめてぇなー。そう言うヤっくんどうなんだよ?」
「燈弥はあなたと違って成績良いです。」
素早く光史の弁護に廻る塚森仄香。
光史の横の席に、あえて彼と向き合う風に、ピシッとした姿勢で座っている。
シャンと伸びた背筋と、手に持った上品な弁当箱から優雅に箸を運ぶ。
「いや、どうかな? だって年がら年中寝てるヤっくんなんだぜ?」
「授業中は起きてるだろう。」
「それだって半分くらい舟漕いでんじゃんか。」
「お前、”舟を漕ぐ”なんて高度な表現知ってるんだな。」
「うっさいな、ハゲ。」
「ハゲとらんわ、ボケ。」
軽く睨み合って、すぐにまた元に戻る。
塚森仄香が先程よりやや不機嫌になる。
「まあ、論より証拠だ。証拠を出せ。」
「ほれ。」と軽い調子で引き出しから小テストを引っ張り出す。
「…なんで満点取ってんだよ。」
「頭いいから、俺。」
とてつもなく腹立たしいドヤ顔を嵩山に見せつけながら光史は勝ち誇る。
嵩山はあからさまに悔しそうに机に突っ伏して震えている。
塚森仄香が先程より更に不機嫌になる。
刀川美空と葉沼千秋は、そんな彼らの様子を、すぐとなりで見ている。クラスは違っても、だいたい彼女らは一緒に昼食を取る。
「タカくんは相変わらずトウくんの一番の仲良しさんだなぁ。」
「”一番”違う。」
葉沼のつぶやきに、間髪入れず塚森が訂正を入れる。
「え〜。そうかなぁ〜。」と、
納得いかなげな葉沼だったが、不貞腐れた様子の塚森の表情を見て、それ以上掘り下げようとはしなかった。
彼らの様子をぼんやりと呆れ気味な顔で眺めていた刀川だったが、フッと何か思いついた様子で葉沼の方を向く。
「なあ、今朝の件、仄香に聴いて見るのはどうだろう?」
ちょっと内緒話をするといった様子で、葉沼に少し顔を寄せながらそう尋ねた。
「今朝の件?」
葉沼はキョトンとした様子で問い返す。
「だから、ほら、今朝の…。なんだっけ? どうじさま?」
それはあくまで内緒話の様な、小さな声だった。が…。
「童子様!」
突然、塚森が叫んだ。
「童子様、今童子様の話されていましたか?」
グイッと身を乗り出して、刀川に迫る。
「え、まあ、うん。」
刀川は塚森の変に高いテンションに気圧されていた。
さっきまで不機嫌だったのに異様に華やいだ顔をしているのも奇妙だった。
「童子様! 童子様がどうかしたのですか?」
最早押し倒しそうな勢いである。
だがそうはならなかった。
すっと、塚森の両の脇に腕が差し込まれたかと思うと、そのままグッと彼女を持ち上げていったからである。
「は〜い。仄香さん。ちょっとあっち行こうかぁ。」
にこやかな顔で、光史が塚森を引きずっていく。
「刀川、塚森の前で”童子様”の名前は出しちゃなんねぇよ。」
残された嵩山が呆れた様子で言う。
「え、そんな誰でも知ってる物なの? というか、なんで仄香の前では話しちゃダメなの?」
そう問われて、とても言いづらい様子の嵩山。
「まあ、塚森に聞かれると、とてつもなく面倒くさいんだよなぁ。いい噂しても悪い噂しても。とにかく面倒くさいんだよなぁ。」
「はぁ…。」
「昔、2時間くらいソレの話に付き合わされた記憶があるしなぁ。」
それは新手の宗教だろうか?
などと考え、そして塚森の家がそれに近いものであることに思い至る。
「”お勤め”と関係あるの?」
「あるっちゃあるが、まあ、あんまり話すことじゃないと思うんだが…。というか、刀川は知らないのか?」
「うん。知らない。千秋、知ってた?」
「童子様? 童子様、童子様。聞いたことあったかも。」
「葉沼は仕方ない。こいつはそういうやつだ。」
「え、それで済ませるの?」
「しかし、刀川が知らないのは変だな。」
思案顔の嵩山。
「…あーそう言えば、刀川は中学の頃に転校してきたんだっけか。」
「小6の2学期からこっち。」
「なら、知らないのもしかたないのか。」
嵩山が、はあ、と盛大に溜息をつく。
「じゃあ、最低限の事を教えておくが…。」
「うん、お願い。」
「”童子様”の名前は滅多なことでは口にするな。」
ピシャリと、厳しい口調で、嵩山孝之は言い切った。