表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ノロイコウモノノ哀歌  作者: 七節曲
第三夜
12/45

11 登校中の事

「それがもう、ホント汗びっしょりでね!」


 朝、登校の道すがら、しんとした中洲の町に 葉沼(はぬま)千秋(ちあき)の声が響く。

 決して大声で叫んでいるわけではないが、活発なたちの彼女の声は、静かな町によく通る。

 通りには人影まばらで、レースのカーテンで中の様子の窺い知れない住宅から、わずかにニュースの声が漏れ聞こえる。

 天気は相変わらず薄灰色をしていた。


「…クーちゃん聴いてる?」

「え? あ、うん、聴いてる聴いてる。」


 言うまでもないが、刀川(たちかわ)美空(みそら)は話を聴いていない。

 ぼんやりと傘の裏地と、灰色めいた空を眺めていた。

 正直、友人するの「仮面の人」の話は百回以上聴いているので、興味がないを通り越して食傷気味であったが、彼女は毎回、「今朝観た仮面の人」の話を真剣に聴いて欲しがった。厄介な話である。ただでさえ一昨日似たような話しをされたというのに。

 それはともかく、現在の刀川にとっての問題は頬を膨らませて睨んでくる葉沼の気をどうやって逸らすかと言うことだった。


「あ、あれ座波のおばあちゃんじゃない?」


 そんな話題の振り方でごまかせるか若干不安だったものの、彼女は考えるより先にそう口にしていた。


「あ、ホントだ。何してるんだろう。」


 刀川の心配をよそに、葉沼はなんのためらいもなくその話題に乗ってきた。

 たぶん、葉沼が比較的ご近所づきあいに積極的な人種なのが功を奏したのだろう。

 葉沼の興味は直ぐ様近所のおばあちゃんに移っていった。

 小走りに駆け寄ると、「お早うございます!」と老人に声をかける。

 刀川は急に走り出した彼女をワンテンポ遅れて追いかける。


「まったく、急に走り出すなよ。危ないだろう。」


 葉沼の傘に声をかける。

 しかし、どうも反応がない。


「千秋?」


 横に並んで、今度は傘ではなく葉沼の顔を見ながら問いかけた。

 葉沼は、唇を引き結んで、老人をジッと見ている。

 小さな声が何かをつぶやいているのが聞こえた。

 老人は葉沼の挨拶に反応していなかったらしい。

 葉沼はそのまま、凍りついた様に立っている。


 その反応を訝しんで、刀川は老人の方を見る。

 老人は、手を合わせて何かをずっとつぶやいていた。


 ジャラジャラと手の中の数珠が鳴る。


 老人が手を合わせているのは苔がまとわりついたコンクリートブロック。

 ほうぼうの欠けたそれは、昔何かを載せる土台だったらしい。


 ジャラジャラと鳴る数珠の音。


 その数珠の音の合間に、老人が呟く小さな声。


「…じ………………くだ……ど…」


 刀川の耳には、はじめは何を言っているのかわからなかった音の韻律だった。

 次第に何事かを口早に繰り返しているのだとわかり始める。


「……たす…くだ……」

 

 同じフレーズを、ただ延々と繰り返している。


「…いどう…さま…たすけ…さ…」


 やがて音律はハッキリとした母音と子音の組み合わせとして聞き取られた。


「…さいどうじさ…たすけ………いどうじさま……すけくださ……うじさまおたすけく…」


 ジャラジャラと響く数珠の音とあいまって、その口早な呪言の様なつぶやきはどこまでも不吉な音律のように聞き取られた。


「…い、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけ…」


 刀川は自分の表情が引きつるのをなんとか抑えようとしていた。

 自分の感性がこの老人を拒んでいる。

 それをこの老人に悟られるのがひどく恐ろしかった。

 悟られてしまった時、老人は彼女にどう反応するのか知ってしまうのが恐ろしかった。

 見知ったはずの老人が、異質な何かに変わってしまったようで、怖ろしかった


「千秋、行こう、遅刻する。」


 刀川は強く葉沼の腕をつかむ。


「う、うん。そうだね…。」


 腕を掴まれた感触にハッと正気を取り戻した様子で、葉沼が答える。


 二人は小さく申し訳程度に、老人に会釈して駆け出した。


 背後から、老人の声がずっと追ってくる気がした。


「…さまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたすけください、どうじさまおたす…」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ