小学生のいじめ
全話シリアスだと思います。
小学6年生のころ、私はとある少女と出会った。
出会った、というにはあまりにも壮絶な出会いだった。
自殺しようと、学校の屋上に上ってたところを、無理やり引き留めたのだ。
彼女の名前は、稲辺春香さん。
初めて会った時の印象は、「生きた人形」だった。
どんなに声をかけても、死んだような表情をした何を考えているのかわからない子だった。
しかし、自殺を止めた日。
二人で話をしながら家に帰っていた。
彼女の家がどこなのかは知らなかったが、彼女の行く方向に進んでいったから、きっとそっち側に家があるのだ。
「…………」
「少しは気持ちの整理、ついた?」
「…………」
私たちは途中にある公園に立ち寄った。
小さな公園で、ブランコと鉄棒とベンチくらいしかないが、人通りも少なかったため、私たちはそこのベンチに座った。
財布からお金を出して、二人分の飲料を買うと、彼女にも片方を渡した。
「……私……。小さなころにね、おばあちゃんを亡くしたの…。でね、私、すっごく悲しくて、一週間くらいずっとおばあちゃんの写真見て泣いてたんだ。私、おばあちゃん子だったんだよね」
「…………」
「稲辺さん、お父さんがそういう都合なのはわかるけど…。稲辺さんが死んだりしたら、お母さんが悲しむんじゃないの?」
「…………ッ」
彼女は、何かを言いたそうにしたが、グッと堪えてしまった。
「やっぱり、いじめがあったんだよね…」
お父さんが犯罪者…………。
ついでに、本人はなんだか気が弱そう…………。
いじめる側からすれば恰好のエサだ。
「私、生徒会長なのに、それに気付けなかった……ごめんね」
「…………」
「私たちも、いじめをなくすように努力しなくちゃいけない…。よかったら、教えてほしいんだけど…」
「…………」
彼女は答えない。
おまけに、身体がプルプルと震えている。
「……………………………お母さんが心配なんて、するわけがないよ。それに…いじめだって、直らないよ」
「…?そ、そんなことないよ。私が、私たちが直す!いじめなんて止めてみせる」
「…………………………………ううん。無駄だよ。だって、いじめの原因だって、私なんだもん」
「なんで?あなたは何もしてないでしょう」
「だって……私…………犯罪者の子供なんだもん……。みんなとは違うんだもん…………。犯罪は悪いことだもん……だから。だから私も、悪いんだもん」
彼女の心内を話してくれた、瞬間だった。
でも、それは間違っているのだ。
「違う。違うよ!稲辺さんは悪くない!ちっとも悪くなんかないの!!悪いのはあなたのお父さんであって、あなたではないよ!!」
「……ううん。一緒だよ。犯罪者の子供だもん…結局私は元から悪い人間なんだ。生きてちゃいけない人間なんだもん」
「誰がそんなこと言ったの!!?そいつ、ぶっとばしてくる!!!」
生きてちゃいけない人間なんて、いるわけないじゃないか!
小学生ながら、私だって命の大切さは理解していた。
お祖母ちゃんが亡くなったとき、みんな悲しそうな顔をしていた。
私だって悲しかった。
もう会えないんだ。お祖母ちゃんにはもう会えないんだ。
それと同時に、「おばあちゃんはもうみんなに会えないんだ」。
そう思うと、もっと悲しくなっていった。
病気で亡くなったのならまだしも、自殺なんて。
自ら命を投げ出すなんて、とてもじゃないが見逃せる行為ではなかった。
「みんな言ってたよ…。同級生たちも、先生も、お母さんも、時々電話でかかってくる知らないおじさんからも……『お前は生きてる価値なんてない』って」
「生きてる価値…?同級生ならまだしも…………親も、先生まで……そんなことを…!!?」
「だから……私が生きててもしょうがないの……。お願い…死なせて」
怒りがふつふつとこみあげてくる。
彼女の死んだような目つきから、わずかに物悲しそうな様子がうかがえる。
彼女は、自分の意志で死のうとしてるわけじゃないんだ。
というか、自分の心なんて持ってない。
「『あなた』は?あなたは、『死にたい』って思ってるの?」
「……………………?」
「あなたは、自分で『死にたい』って思ってるの?」
「………………!」
「あなたは、あなた自身は、死にたいなんて思ってないでしょ?」
「………………で、でも」
「私は、あなたに死んでほしいなんてこれっぽっちも思ってないわ。むしろ、生きてほしい。いじめなんて、一回思いっきり反発してみればいいのよ」
「………………………で、も……っ…………生きてたら……また、学校に、行ったら……。いじめ、られるもん…………。いっぱい、叩かれるし…………いっぱい、蹴られる…………。反発なんかしたら………………、もっと、もっと、痛いことされるよ…………」
「だからって、死ぬの?死んだら、今ここで死んだら…」
「だ、っでっ…………、だって……っ、もう、痛いの嫌だもんっ。痛いこと、されたくないもんっ!ヒグッ、もう、痛いの嫌だよおお!!」
彼女の目からは、大粒の涙が、決壊したダムのように溢れ出していた。
今までの辛いいじめを物語るかのように、みるみるうちに涙で顔が濡れた。
「ああぅぅぅうう。ああああああああああ!!!」
「よしよし……。もう大丈夫だから…………。ね?」
「うあああああああああああああああああ!!!」
私の肩に寄りすがり、大きな声を上げて彼女は泣いていた。
少し遊んでいた子供たちが私たちのことを心配そうに見ているけど、目の前の彼女の涙は、止まりそうになかった。
彼女は、今までされたいじめの数々を話してくれた。
いじめは小学3年生のときから行われているらしく、そのすべてがすさまじいものだった。
クラス全員から無視される。宿題をびりびりに破いた挙句ゴミ箱に捨てる。給食をわざと床に落とす。机に罵言を書き込む。彼女の机をわざと逆さまにして置いておく。トイレに入った時に天井から水をぶっかける。体育の時間中に、私腹を泥まみれにする。テストの点数を彼女だけ公表し廊下に張り出す。ひたすら殴る蹴る。椅子に手足を縛って、箒でタコ殴りにする。両手を拘束して吐くまで鳩尾を殴る。髪の毛を引っ張って掃除させる。何もしてないのに土下座をさせる。しかも、自分を激しく罵らせる。虫や蛙、カタツムリなどをランドセルの中に大量に詰め込んむ。
それはそれはあまりにもひどいものばかりだった。
それを彼女は4年間も耐え続けたのだ。
「よく頑張ったね……」
「う、ん」
彼女はそれでも、4年間これに耐えてきたのだ。
死んだような目つきになるのも納得してしまうようなひどい内容だった。
「今日はうちに泊まりにおいでよ。明日からの作戦会議をしよう」
「う、うん…」
明日から、私は稲辺春香ちゃんを守るのだ。