1話
けたたましいベルの音で目が覚める。
生まれてこのかた、もう何千回も繰り返した事だが、それでもやはり辛いものは辛い。朝一番、眼覚めの瞬間以上に億劫になものなど、この世に一つか二つある程度だというのがリョウゴの持論だ。
「ん・・・」
キシリと頼りない音を響かせ、ベッドから起き上がる。
こ綺麗な部屋だ。ベッド、机、クローゼットと、必要最低限の物しか置かれていないそこは広さは七畳ほど。小さいが、キッチンがついていて、風呂とトイレは別。
防衛隊に所属していれば与えられるこの部屋は、一般民から見れば十分に快適な住居と言える。それ故、正規軍とは違い採用されやすい防衛隊に志願する若者は後を絶たなかった。
ドールとの戦争は収まるどころか、お互いに技術革新を繰り返して激化の一途を辿っている。
殉職者に比例するように志願者が増えるのは、ありがたい事に違いなかった。
・・・しかし、それを心から喜ばしく思っている者などいない。早く、一刻でも速くこの戦いが終結してくれること以上に嬉しい事など、今の人類には存在しえないのだから。
「準備よし・・・と。ブリーフィングルーム集合だったか」
手早く着替えを済ませて部屋を出ると、目的の場所へと歩を進める。
アスファルトで造られた長い廊下は、真っ直ぐに伸びていて、そこに等間隔に部屋が設けられている。
ここ、宿舎棟に生活している隊員数は二百人ほど。他のエリアにも幾つか宿舎はあり、そこの人数も合わせると総勢で千人規模の一大部隊である。
部隊にいる人種は様々で、それは、数年前に国籍という概念が無くなっているからである。
世界各国に拡がったドールの侵略によって打撃を受け、疲弊しきった諸国は、大陸の一つのエリアに固まりそれこそ一丸となってドールの攻撃を凌いだのである。
そうなれば国籍など不要であるし、そこには、国という壁を取り除いて連帯感を増すという意図もあったらしい。功を奏しているのかは分からない話である。
「よう、アルト。元気してたか?」
広い講堂にパイプ椅子を並べただけの、簡素なブリーフィングルーム。同じ組の隊員がひしめき合う中に見つけた知人は、リョウゴに気付くなり白い歯を見せてニヤリと笑ってみせた。
「久しぶりだな、リョウゴ。一ヵ月ぶりくらいか? ドール部隊に編成されてからも、変わらぬ活躍みたいじゃないか」
「まぁ、やってることは変わらないからな。っと、もう時間かよ」
司令官が入ってくるのを見かけ、アルトの横の椅子につく。同時に、騒がしかった室内は水を打ったように静まり返っていた。
ドールの本拠地を把握できていない人類は防御に徹するしかなかった。
生活区域を仕切るバリケードに正規軍が配置され、侵攻してくるドールを排除する。
一方、拠点から離れ、各地に駐屯地を置いて掌握エリアの拡大に努めてはいるが、あまり大きな成果は上がっていない。
そんな、ふがいない正規軍のバックアップとして、防衛隊は着実に成果を上げていた。
ドールのプログラムを上書きし、味方として扱うというのも防衛隊で設立した研究チームの功績で、今では正規軍への技術提供も行われている。
勝利へのフラッグシップとして、人類からの期待を一身に請け負っているといっても過言ではない部隊だった。
(おおげさなことだね・・・)
ブリーフィングを終えて、今は輸送トラックでの移動中。
そんな、大きすぎる建前を並べている広報新聞を放り投げると、リョウゴは組んで一ヵ月になるバーディーに声をかける。
「レイア、調子はどうだい?」
「システムオールクリア。作戦行動に支障はありません」
ショートカットヘアーにスラリとした肢体。一ヵ月前の作戦でリョウゴが手を焼いていたヘヴィガンナータイプのドールである。
今回は任務の性質上、軽装備に変えられている。それでも、アサルトカービンとショットガンを一丁ずつ。弾薬を山盛りな時点で十分に重装備と言えるのだが。
「作戦内容は?」
「海岸線、旧市街地に認められるドールの反応を調査。及び、確認したドールのろ獲、破壊作戦となります。私はガンナーとして、バディーであるストライカーの援護にまわります」
「オーケー、よろしく頼むよ」
「こちらこそ」
ドールとのペアに編成され、今回で三度目の実践。始めは、自分の命を狙われたドールであったので、色々と思うところもあった。だが、やはり新タイプのヘヴィガンナーは優秀で、その正確無比な射撃性能と搭載火器の豊富さで、文句のつけようのない働きを見せつけてくれていた。
今までのように、無茶をしても止められないのは都合がいいが、その無茶に合わせただけの対処性能をみせてくれるのは流石と言わざるを得なかった。
『目標まで三十秒だ。準備はできているか、ガルム』
「ああ、お迎えも早めに頼むよ、おっさん」
『ははは! 任せとけって! その代わり、無事に戻ってこいよ、坊主!』
顔見知りの熟練ドライバーの声がスピーカーから流れてくる。
彼に送ってもらった時は縁起が良い。部隊の中で実しやかに囁かれている逸話だった。
「行くぞ、レイア」
「了解」
後部ハッチを開け、飛び降りる。
スピードを上げて走り去るトラックを背後に、まずは道路端のガードレールに身を隠した。
ピッタリとレイアがついてきているのを確認すると、姿勢を低いままに、海岸線沿いの家屋を目指す。
情報では、その家屋内に確認されるドールの反応は一つだけだった。
ドールは個々の性能は高いが、なぜか統率力に欠けている。まとめて数体で押し寄せてきても、好き勝手に暴れまわってみたり、今回のように一体だけでの策敵行動をとっている場合もある。
本当に人間を排除しようと思っての行動にしては、どこか詰めの甘さを感じる。
数年間ドールを相手取ってきて、最近になって気付いた些細な疑問だった。
「私が先行します」
「任せる」
外見は鉄筋造りの一軒家。遊具の置かれている庭が付いているところから見て、子供のいる家庭だったのだろう。今はその名残しか見ることはできない。
レイアがドアを蹴破って侵入する。
ライトが照らしだす玄関周りにはドールの影は見られない。
じりじりと玄関を上がり、廊下を歩くレイアの背後につく。
埃まみれではあるが家具類は無事だし、外観もそうであったように、壁や床にも損傷は無い。瓦礫の山と化した市街地の中にあって、ほとんど無傷で残っている建物は珍しかった。
リビングに足を踏み入れる。
玄関よりも暗い室内は、より一層の緊張感に支配される。
ソファーの影、テーブル下、キッチンのカウンターの裏側。ドールが潜める個所を一つずつ、確実に潰していく。
・・・そうして、リビングの安全を確定しようとした、その矢先だった。
「っ!」
突然の破裂音と共に室内にオレンジの閃光が奔る。
咄嗟にその場に伏せるリョウゴに降り注ぐ破片の雨。乱射された銃弾がリビングの小物を容赦なく破壊していく。
「そこでお待ちください」
そんな中を、レイアは気にする様子も無く進んでいく。
視認はできないが、レイアの周囲に展開されている電磁フィールドは銃弾の軌道を逸らす。余程に重くて速い銃弾でもない限り、身体に当たることはない優れモノだ。
ドールはリビングと繋がっている寝室から攻撃してきているようだった。
物陰に隠れているので中の様子は見えないが、音は聞こえてきた。
金属同士を激しく打ち鳴らす、耳障りな音。
何度も何度も繰り返し響いたそれは、やがてぴたりと収まり、その数秒後にはレイアが寝室から出てきた。
「標的の沈黙を確認しました」
冷たい声でそう告げるレイアの身体は、服が乱れていたり所々が黒く煤けているが、大きな損傷は無さそうである。
あれだけ激しい音の割にレイアの傷が少ないということは、相手のドールの惨状は想像に容易かった。流石は、信頼と安心のヘヴィガンナーといったところである。
「お疲れ様。さっさと完了報告を・・・」
インカムに手を伸ばした、次の瞬間だった。
リビングの入り口から聞こえる物音。
咄嗟にライトを向けると、そこには少女の姿。
「あ・・・ぁ・・・」
恐怖に染まった表情。ワンピースドレス。
瞬時に、彼女がドールではないと判断する。
「目標確認」
だが、レイアはリョウゴと違う判断を下したようだった。
右手に携えたアサルトカービンの銃口が持ち上げられる。
「伏せろぉ!!」
耳元で鳴り響く銃声。
少女が無事であるかの確認をしている暇はなかった。
「止めろ、撃つな! あの子は人間だぞ! 聞こえないのか!?」
リョウゴの存在を無視しているかのように、レイアは引き金を引き続ける。
マガジンが空になれば、リロードしてまだ続けようとすらしていた。
「作戦中止だ! 言っていることが分からないのか!!」
少女が居た場所は粉塵にまみれてしまい、良く見えない。
伏せろ、という言葉に即座に反応していれば命はあるだろうが、これ以上銃弾を撃ち込まれれば、どうなるかは分からない。
(仕方ないか。突然の暴走ってことで・・・許せ!)
即座にナイフを取り出す。
青白いレーザーの軌跡を残し、刃は抵抗無くレイアの背中に突き刺さった。
その場に崩れ落ちる様子は、一ヵ月前の焼き直しのようだが、リョウゴの心境は違っていた。
数回、一緒に戦場に赴いただけではあるが、でも、命を預けたバーディーだ。少しだけ、心苦しさを感じられずにはいられなかった。
「おい! 大丈夫か!」
レイアの機能停止を確認すると、すぐさま少女のもとに向かう。
もう駄目かもしれないと、そんな考えが頭を過っていたはいたが。
「ぅ・・・はい、大丈夫・・・です」
床にうつぶせになっていた少女は、粉塵を浴びて真っ白になりながら、でもしっかりとリョウゴの呼びかけに答えてくれた。
「良かった。こちらのドールが目標を違えたみたいで、すまなかった」
「いえ、いいんですよ。大した怪我もしませんでしたから」
「大したって・・・怪我をしたのか?」
腕をさする少女を見て、手当をしようと咄嗟にその腕をとってしまう。
確かに、肌が切れていた。白い肌に通る一本の筋。
けれども、そこから覗くのは真っ赤な血ではなく、肉でもなく。灰色の機械だった。
「! これは・・・?」
「へ? ああ、これに驚いているのですか? だって私、ドールですから」
さも当然のように、笑顔で言い放つ少女を前に、リョウゴはしばし思考が凍りついた。
栗色の長髪に、淡い水色のワンピース。
自分の事をドールだと言う不思議な少女との出会いは、こんな突然に始まったのだった。