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中編

「なんと述べた。今一度申してみよ」

「聖女の任を解いて頂きたいと、そう申し上げました」


 本当は帰してくれと声を大にして叫びたかった。だけど、それは私の米粒ほどのプライドが許さなかった。


 私は、自立した一人の社会人だった。

 贅沢は出来なかったが、自分一人を一生食べさせていくぐらいの稼ぎはあったし、貯金もしていた。このまま結婚するのかな、なんて思っていた恋人だっていたし、将来は子供だって産みたかった。


 こんな、ちっぽけな私にだって、プライドぐらいあるのだ。


 それなのに私はこの五年間、この国に“飼われて”いた。

 口では、態度では、どう接せられようとも、常に施される立場にあったのだ。


 惨めで悔しくて、何度も足場の不安定さを感じた。


 それでも、この五年間耐えていたのは、ここに根付くつもりがなかったからだ。


 不本意ではあるが、一時の旅行と思ってしまえばこの待遇も悪くないと思えた。自分の肩肘張ったプライドを見ないふりをして、周りに笑顔を振りまいて施しを受けることぐらい、何ともないことだと思い込もうとした。


 なのに、それなのに。

 約束した肝心の人間は、綺麗さっぱり忘れていたのだ。私の、渾身の願いを。

 帰還を願うことさえ出来る台詞を、有難いことに用意してくれて。


 そこまで、私はこけにされていたのだ。


 悔しかった。苦しかった。一言、言ってやらずにはいれないほどに。


 私にだって、自分の生活があった。気に入った場所があった。温かく大事な家族があった。

 世界の危機だというから保身と最後の良心で協力した。


 でももう、国民でも――この世界の人間ですらない私が、王の命令に従わなきゃいけない理由なんて、協力してあげなきゃいけない理由なんて……ないでしょう?


「王様、国とは何で出来ていると思いますか?」

「発言を許されていないだろうっ」

「良い。国とは何か、であったな。余にとって、国とは“人”である」

「貴方は、この国においては良い統治者なのですね。ですが、王様。私もまたその“人”だったとは、お気付き頂けましたでしょうか」

「何?」

「私もまた、“人”だったのです。この世界ではない、この国でもない――私の国で」


 自分の身を賭けるには、分の悪い賭けだった。

 浅はかな、売り文句に買い文句だったかもしれない。


 だけど、譲れなかった。


 この五年間の私の苦悩を、完全に舐めきった王の態度を、どうしても許すことができなかった。


 自分の国を救えと軽率に呼び出した私も、また違う国では一人の国民であったのだ。

 貴方が救うべき、国である“人”だったのだ。


「永の暇を頂きます」


 その言葉を最後に、私の身を2本の槍が拘束した。




***




 常世とこよの者でない、人の世界で生きていた私は、“聖女”になりえない。


 あれだけ大人数の前で、自らが人間であったと告げた私の利用価値は無くなった。


 “聖女”を謀った重罪人は、この平和に満ちる輝かしい未来に必要ない。悪しき汚点は早急に消すべし、と牢に放り込まれていた私に説明がもたらされたのは、見張りの兵が3人目に交代した時の事だった。


 王に楯突いたその見返りは、その身を誅すること。

 つまりは、処刑であった。


 遣る瀬無い気持ちしかわかず、私は牢の中で始終ぼんやりと過ごした。そんな私に憐みの目線を向ける者も、話しかけてくる者もおらず、私は最後の日をただただ待った。


 こんな女を見張るなんて、やり甲斐のない仕事だろうな。

 そんなどうでもいいことを考えていなければ、元の世界の家族のことや、神殿に残してきた仲良くなった子供たちのことを考えて、涙が溢れそうだったからだ。


「明日、刑を執行する事が決定した」


 牢の小窓から差し込む光が和らぎ始めた、昼過ぎのこと。告げてきたのは見たことのない人だった。そういえば見張りの人は一度だって、二度ついたことはない。

 罪人に情を移さないための計らいか、順が巡ってこないほどの大所帯なのかは、判断がつかない。そしてこれからも、その理由を知ることはないだろう。


 夜になり、いつもの時間にいつものように見張りの兵が交代した。

 しかし、新しく交代した見張り兵の手には、見慣れないものが握られていた。

 今まで私を見張っていた兵が、不快そうに眉根をしかめた。

「おい、違反だぞ」

「そう言うなよ。最後の夜ぐらい」

 憐れみに満ちたような声色と視線を向けられ、咄嗟に息が詰まった。

 こんな風に、私を追い詰めた人達からの同情ですら縋りついてしまいそうだった。あまりにも矮小な自分に、嫌気がさす。


「どうせ明日死ぬやつに、いい思いなんざさせなくてもいいと思うがな」

 見張りの兵は吐き捨てるように言ったが、それ以上言及はしなかった。交代の手続きを済ませると、重い牢の扉を開けて去って行った。

 その扉の向こうにも他の見張りがいることを、話し声と足音からなんとなく把握する。


「いかがでしょうか?」

 牢の向こうにいる新しい見張りの兵は、やはり初めて見る顔だ。無表情な顔と冷ややかな視線に不釣り合いなほど、紳士的な言葉で尋ねられ困惑する。

「それは?」

 ここで毒殺する必要などないとわかっているが、それでも強張る身は仕方のないことだろう。

「一般的な酒で、ギミックと申します」

 なんとなく予想がついていた答えが返ってきたことに、思いの外ホッとする。

「そう、ありがとう。最後の晩餐ね。貴方もご一緒してくれる? 酔わせて脱獄しようなんて、考えないから」

 力ない笑みを浮かべた私に満足したのか、見張りの兵は硬い表情を仄かに緩ませた。

「ご相伴に預かります」


 神殿でも酒を振る舞われることは珍しいことではなかった。

 酒は水よりも腐りにくいため、貯蔵に向いている。子供は水で薄めて、大人は原酒のまま飲んだ。私は東洋人の為か幼く見られていたようで、薄まった酒しか注がれたことはなかった。


 そんな私の手の中には、瓶から注がれたままの原酒が入っている。琥珀色のそれを木の杯で受け、そっと口に含む。日本酒とも焼酎とも違う癖のある香りを感じる。

 しばらく無言のままお互い杯に口をつける。知らない内にこの牢生活で緊張していたのか、ほんのりと熱を持ってきた体を感じていた。体の内側から心地の良いけだるさを感じる。

 心地よさに委ねたまま、ぽつりと身の内を吐き出した。


「私ね、子供が産みたいのよ」


 静寂に満ちていた牢屋に、突如響く。

 見張りの兵が瞳を軽く見開き、口元を抑え咳き込んだ。扉の方向からも、何かが崩れ落ちるような物音が聞こえる。

 しかし、酔いの回った私は、頓着せずに続けた。


「こんな風に、お酒が飲みたいの。テレビが見たいの。仕事がしたいの。漫画が読みたいの。恋がしたいの。欲求不満なの。何も考えられなくなるほど気持ちいいエッチがしたいの。おにぎりが食べたいの。たまには温泉旅行にだって行きたいの。心地いい風が吹き抜ける部屋で、あったかいふわふわ毛布に包まって、ごろごろしたいの」


 全部全部、向こうの世界じゃ当たり前に出来ていたこと――


 一度堰を切った言葉は止まることを知らなくて、止め処なく溢れてきた。そんな私の馬鹿みたいな言葉を――身の内からの願望を、見張りの兵は姿勢を正して聞いている。


「私、この世界に来たのが25の時だったの。もう30。若く見えても、身体的にそろそろタイムリミットなのよ。まぁでも、子供産みたいって言っても、この世界の人じゃ……無理だったのかな」


「どうしてですか?」

 見張りの兵が初めて口をはさんだ。

 私は驚いて顔を上げる。彼に聞かせているというよりも、勝手にしゃべり倒していただけの、ただの酔っ払いだったからだ。


「だって、この世界の人、私を人として見てくれないんだもの」

「何故でしょうか?」


 ――私、こっちに来て一度も、誰にも。名前を聞かれなかったの。


 自嘲と共に吐きだされた言葉に、彼はしばらく絶句した。そして、居心地が悪そうに呟く。


「御尊名を承っても宜しいでしょうか」

「やめてよ、もう“聖女”様でもないのに。私ね、早乙女さおとめ ひじりって言うの。この世界の人にはちょっと馴染みがないだろうけど……私の世界では一つの文字だけでいくつか意味が含まれるものがあって。私の名前が、反対から読むと“聖女”だったのよ」


『聖女様! 聖女様ですね!』

 あの時――召喚されてすぐ、咄嗟に頷いてしまったのは、あまりにも突飛な現実を受け入れたくなくて、聞き慣れたその言葉に縋ったのだ。


 “聖女”それは長年呼ばれ慣れた私のあだ名だった。


 早乙女さおとめ ひじり

 それが私の名前だ。個別なら全くもって無害な素敵な名前達は、お互いを引き合わせることによって錬金術師もびっくりな威力を発揮した。

 お調子者は、クラスに一人はいるものだ。偶々、私の名前を反対から読んだ彼が叫んだ『聖女』という言葉が、私の学生時代のあだ名となるには、十分すぎるインパクトだった。


 だから、あの声かけに、つい頷いてしまった。

 現状を把握するよりも早く――彼らの望むままに、私は頷いたのだ。


「おかげで若いころは散々からかわれたけど……社会に出てね。この名前が役に立った。名刺を差し出して微笑めば、みんなが“聖女”に引っかかってくれた。その内、どの部署に顔を出しても“企画部の聖女ちゃん”でわかってもらえるようになって――名前を覚えてもらえたら、顔を覚えてもらえた。顔を覚えてもらえたら、親しくしてもらえて、仕事のチャンスも増えた」


 ずっと重荷でしかなかった名前。ずっと何となく嫌だった名前。


「“名前”っていう初めての贈り物をずっと厭ってて、ごめんなさいって、初めて謝れた。両親はね、そんな私を……誇らしく思ってくれたみたい。私は、私も。こんな両親になりたいって、切に思った。こんな風に子供を愛したいって、すごく思った」


 だから、私は、両親のような親になりたいたかった。

 子供がほしい。子供を愛したい。

 そんな風に思える家族がほしい。

 結婚しないだろうなって思われてる兄のかわりに、孫を見せてあげたい。孫を愛させてあげたい。私がいなくなっても平気な顔してるだろう不器用な妹に、姪と甥両方抱っこさせてあげたい。


「恋人もいたのよ、前の世界には。この人と結婚するんだろうなって漠然と思ってた。身長はそんなに高くなかったけど、とても優しい人だったし、手が綺麗だった。指が硬くて長くて、私のいいとこ突いてくれた。年収も私より高かったし、生活力は高くないけど低くもなくて、大雑把だったけど雑じゃなくて、一緒にいて苦にならなかった。相手の両親も優しくて、私にも良くしてくれて、あと一年ぐらいで結婚に突入かな……なんて、そんな、そんな私の人生は」


 五年前に終わってしまっていた。


 もし私が戻れたら、家族は喜んでくれるだろう。しかし、恋人には、今更だ。

 人が失踪して五年だ。とっくに諦めがついているだろうし、次の人を探していることだろう。もしかしたら、もう次の人がいるかもしれない。優しい彼の事だから、どれほど悩んで決断したかわからないそれを、無駄にはしたくなかった。

 それに、私だってもう五年だ。思い出しても、なにがなんでも真っ先に飛んで行きたい人ではなくなった。時間は人の感情を静かに風化させる。


「では、逃げますか?」


「――え?」


 静かに私の独白を聞いてくれていた彼が、覚悟を秘めた声色で、鉄柵の向こうから語りかけてきた。


「この牢壁を抜け出し、私と駆け落ち致しませんか? 貴方と御子等おこらを養う程度の財力ならあります。きっと、何物からもお守り致します。貴方は、とても魅力的です。きっと“聖女”でなくなったサオトメヒジリ様は、数多の男が放っておかないでしょう」


 真摯な瞳はぶれることなく私を真正面から見据えている。この瞳にどこか見覚えがある気がしたが、酔っ払いの私は記憶の奥深くまで手が届かなかった。


 真剣な顔つきでそんなことを言ってくれるものだから、私はだらしなくぽかんと口を開けてしまった。

 頬に徐々に熱が灯っていくのを感じる。


 そんなことイケメンの年下に言われちゃったら、アラサー改め三十路女なんて、ころっと惚れちゃうんだから。


「ありがとう」


 こんな牢の中でみすぼらしい格好をした酔っ払いを、最後まで女として扱ってくれて。ありがとう。


 ありったけの思いを込めた言葉と共に、涙が溢れた。最後の最後に、こんなに優しい嘘をついてくれる人に会えたことが嬉しかった。


「明日はどうか、見に来ないでね」


 この優しい青年に、見苦しいところは見せたくなかった。私は今私の出来る精いっぱいの笑みを浮かべて、彼にそう告げた。




***




「神父様、どうして“聖女”様が罰を受けないといけないの?」

「“聖女”様は何をしたの?」

「なんで“聖女”様、怒られてるの?」

「“聖女”様が悪いことしたなら俺たちも一緒に謝るからさ! “聖女”様を連れて行かないで!」


 子供たちの真っ直ぐな視線を見つめ返すことができずに、神父は自分の手を握る小さな手を引き寄せて、ただただかき抱いた。





 死刑当日、周りを民衆に埋め尽くされた処刑場で、静かに私は目を閉じていた。

 目を開けると、祭りの度に自分を“聖女”だと崇めてくれていた人達からの視線で身が焦げそうで、浴びせられる罵声に身を震わせることしかできなかった。


「“聖女”をかたった不届き者をこれへ」

「これより、大罪人に刑を執行する!」


 執行人の高らかな宣言に、民衆たちは沸く。

 死刑は、一つのエンターテイメントなのだ。帰還前の数多ある祭りの、一つに過ぎない。

 これからくる未来に、人々の熱に、私は足の震えを堪えきれずに膝を折った。


 こんなこと前にもあったな、と頭の片隅が微かに記憶を掘り起こした。あれはそう――この世界にきてすぐのことだった。

 震え上がる私に誰も気付きもせず、助けてもくれず、ただ手順通りに引っ立てられて舞台へと登らされる。


 あの時から、この世界での私は、私の立場は、私の印象は、なにも変わっていなかったのだろうか。この五年は何だったのだろうと、ぼんやりと考えた。


 引っ立てられて処刑台へと登らされ、目を開けさせられた。その姿勢のまま、呼吸すらままならなくなる。この瞬間を維持するような魔法をかけられたのだと、咄嗟に気付いた時にはもう遅く、身の震え一つ起こすことすら出来なかった。


 目を開けさせられたまま、殺される恐怖の悲鳴をあげることすら出来ず、私は心底から湧き上がる恐怖に気が狂いそうになった。


 その時、一陣の強い風が処刑場に強く吹き荒れた。


 止まることなく罵声を浴びせ続けていた民衆は堪らず目を塞いだ。それほどまでに強い風が吹き荒んだ。それは国中の端から端までを、隙間なく縫うように吹き抜けた。


 突風に吹かれ、執行人たちが怯む。それと同時に、私にかけられていた魔法が解けた。


 見開かれていたまま、痛みすら伴っていた目をようやく瞑る。

 執行人によって押さえつけられる力が、何故か遠のいた気がした。しかし、今まで膠着状態だった身体は思うように動かない。感覚が戻っておらず、自分の身に起こっていることが上手く把握出来なかった。ただ、ふわりと抱き上げられるような、心地よい浮遊感を感じた。


 次に私が目を開いた時、そこは空の上だった。


「え? もう死んだの?」

 あったのは、風が吹き荒れた感覚と浮遊感のみだった。もしあれが死の世界への誘いなら、きっと女神様の加護により安楽死させてもらえたのだろうと、本気で一瞬そう信じた。


「残念。まだ生きてるよー」

「……え?」


 突然降りかかった声に驚き振り返る。誰かが私を抱きかかえていた。腰に回された手を辿り、その姿を隅々まで見遣った時、この手の主に心当たりが生まれた。


「忍者の、お兄さん?」

 それは、勇者一行の中にいた一人の男性だった。


 勝手に私が忍者と思っていただけで、本当の役回りは知らない。西洋風な衣装ばかりが目立つこの世界の中で唯一、彼だけが、和風な姿をしていたのだ。洗礼の時、その突飛な意匠に驚き、懐かしさからじろじろと見てしまった為に、顔よりもその服装をよく覚えていたのだ。


「お兄さんって言ってもまぁ、お前さんよりは年下なんだけどねぇ」

「え、」

 頼りなく唇が震える。どうして、私の年齢を知っているの。私の見開いた目を見下ろした忍者さんは、にやりと口角を上げる。

「それにしても。俺は覚えててもらえたのかな。嬉しいねぇ」

 その瞬間、強い寒気を感じて背筋を伸ばした。私だけではないようで、抱きかかえてくれていた後ろにいる忍者さんも、身を強張らせているのを感じ取った。


 忍者さんの体が揺れ、体が不安定になり、眩暈を感じた。

 どうしてこんなに不安定さを感じるのか、その理由を目にしたからだ。


 私は先ほどまでいた場所にいなかった。

 それどころか、なんと、空の上にいたのだ。それも、落ちてしまえばひとたまりも無いほどの上空。


 空を飛んでいる物体を、両膝で挟むようにして跨っていた。神々しい輝きを放つ、鱗を持つ物体。巨大な体躯の先っぽには、とかげのような尾も見える。


 空を飛ぶとかげ――まさか。


 私は息を飲み込んで、後ろにいた忍者さんにしがみついた。すると彼は、安心させるように抱きしめる力を籠める。


 ――その瞬間。先ほどの比ではない、寒気を感じた。


 あまりの恐怖に、両手を離してしまった。忍者さんが大慌てで抱き留めてくれたおかげで、竜から落ちることはなかった。


「離れろ」

「いや、不可抗力だから。それよりも、手綱! 手綱離すなよっ!」

 忍者さんの悲鳴で、ようやく彼以外にも竜に乗っている人間がいることに気付く。恐る恐る顔を上げ、声がした方――前方に視線を向けた。


「……昨日、の」


「その者が無作法を働きました。すぐに切り捨てますのでご安心を」


 そこには、昨日の優しい見張り兵がいた。相変わらずの無表情を冷たい視線で染め上げながら、抑揚のない声を向ける。その目は、私を通り越した後ろの忍者さんへと向けられていた。


「おいおーい、冗談に聞こえないってば! 真面目に殺気向けるのやめろって! おーいお前ら! 笑ってないで助けろよーう!」

「無理だって。1列に並んでんのに、どうやってあんたの後ろにいる僕たちが船頭の勇者を止めろって?」

「おい、竜、落ちてないか?」

「勇者さん、高度! 高度下がってますからっ!」!」


 なんだか私は、聞いてはいけない単語を聞いてしまった気がした。気のせいでなければ、今、私は「勇者」と聞いたのだろうか。


 この人たちが誰なのか、私はもう想像がついている。いや、想像ではなく、確信すら抱いている。過酷な旅から無事に帰還できたことを何よりも嬉しく感じた、勇者一行だ。その一行が、今私の目の前で、幼稚園児のようにキャイキャイと騒いでいる。竜の、背の上で。


 言い争う勇者一行を某然と眺めていると、列の一番後ろで我関せず下界を見下ろしていた人物が、非常にゆっくりとした動作で口を開いた。


「ん。皆、下。見て。魔法が解ける」

 悲鳴も、笑い声も、感心した声も、絶叫も呑み込むように、静かな――だけど、よく通る声が聞こえた。


 その声に導かれるように、全員が下を覗き込む。慌てて私もそれに倣ったが、あまりの高さにくらりと眩暈がした。そんな私を抱き留めるたくましい腕が、前からも伸ばされていることに、この時の私は気付けなかった。


「3・2・1、パン」


 静かな声がカウントを終えた瞬間、下界に広がっていた光景が一転した。






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