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第9話 散財作戦

 私は今、自分で付けた胸元のブローチを見て、震えている。

 手のひらほどの大きな金の石座に、そこに埋め込まれた赤い宝石。

 こんなに高価なものを身につけるのは初めてだ。


 私には不相応なような気もするけど、これも作戦のため。


 名付けて、散財する面倒な妻作戦。


 先日、もっと贅沢をしてもいいとシオン様に言われた。

 なので、呆れるくらいに贅沢をしてみることにしたのだ。


 といっても、公爵家のお金でさすがに散財はできない。


 ブローチは、街の宝飾店で自分のお金で買ってきた。

 見たこともない高額な値札に怖気づいてしまったけれど、店員さんに勧められた勢いで買ってしまった。

 

 どうして私がそんな大金を持っているのかというと、肥料作りの報酬としてそれなりのお給金をもらっているから。

 それは、前当主から結婚の話をいただいたときに条件として提示されたものだった。

 実家で貧乏な生活を送っていた私は二つ返事で了承した。

 シオン様という申し分ない相手と結婚できるうえに、お給金までもらえるなんてと。


 けれど、公爵家での暮らしは何ひとつ不自由などなく、必要なものは全て揃っていたので、お金を使う機会がなかった。

 

 まさか、こんなに大きな宝石を買うとは自分でも思っていなかったな。


「シオン様、びっくりするだろうな」


 私は、一番向かい合う時間が長い夕食時に、ブローチを胸元につけていくことにした。


 席に着いた瞬間から、シオン様の視線はブローチに向けられる。

 じっと見つめられたあと、ゆっくりと口を開く。


「ティア、そのブローチ……どうしたの?」


 さっそく聞いてきた。

 そりゃ、これだけ高そうなものを付けていたら気になるよね。

 買ったって言ったらどんな反応するのだろう。


「宝石店で一目惚れして、買ってきたのです」

「……良かった。誰かに贈られたわけじゃないんだね」


 あれ? なんか、思っていた反応と違う。


「けっこうなお値段だったのですが、とても綺麗で買わずにはいられませんでした!」

「たしかにとても綺麗だね。よく似合っているよ。でも、今度からは僕に言って欲しいな」


 それって、お金を使うならちゃんと承諾を得てからにしろってことだよね。

 笑っているけど、内心は怒ってるんだ。

 次からは気をつけてよって。

 シオン様、ニコニコしているから考えていることがわかりにくいよ。


 大きな成果ってわけではないけれど、この作戦は成功みたい。


 まだお金は残っているし、もう少し続けてみようかな。


 なんて思っていたら数日後、なぜかシオン様に客間に呼ばれた。

 私にお客様が来ることなんて滅多にない。

 誰がきたのだろうと思いながら部屋に入ると、びっくりして言葉を失った。


 ソファーは隅に避けられ、代わりにテーブルがたくさん置かれている。

 そしてそのテーブルの上には、数え切れないほどの宝飾品が並べられていた。


 ブローチに指輪にネックレス。ティアラまである。


 目を逸らしてしまいそうなほどキラキラとした空間に、いったい何が起こっているのだろうと私を呼んだ主へと顔を向ける。


「シオン様、これはいったい……」

「どれでも好きなものを選んでね。もちろん、全部でもいいよ」

「い、いりません!」


 ここにあるもの全部買うと、いくらするんだろうか。

 私には想像もできないような額なんだろうな。


 でも、いったいどうしてこんなことを?


「この中には気に入る物はない? 他にも持ってきてもらおうか」

「大丈夫です! 何も、いりませんので」

「どうして? やっとティアにプレゼントを贈れると思ったのに」

「えっと……どういうことでしょうか?」

「ティアは普段アクセサリーは付けないし、結婚式のときも最低限の装飾品しか付けなかったから、こういったものは嫌いなのかと思ってたんだ。でも先日、ブローチを買ったと言っていたからそういうわけではなかったんだと思って」


 たしかに普段はアクセサリーなんて付けない。仕事をするうえでは邪魔になるし、そもそも高価なものをただ身につけておくだなんて何の生産性もない。

 結婚式の時に、用意された物の中から一番質素なものを選んだのは、ただ、豪勢すぎて恐れ多かったから。誤って壊してしまったりなんてしたら弁償なんてできないし。


 まさか、そんな気を遣っていたなんて思っていなかった。

 でも、私がブローチを買ったからってこれはやり過ぎじゃない?!


「嫌い、というわけではないですが、たくさん持っていても持ち腐れになってしまうので、最低限で良いのです……」

「そっか。だったら、ひとつだけでも選んでくれないかな? 今度、王家主催の舞踏会があるでしょ? ティアには綺麗に着飾ってもらいたんだ」


 あ……忘れていた。

 年に一度の王家主催の舞踏会。名だたる貴族たちが一堂に会し、催される。

 グラーツ公爵家は王家の遠縁にあたる、由緒正しい家だ。

 なのに妻の私が質素な格好をしていればシオン様の顔が立たない。


「わかりました」

「良かった」


 シオン様はホッとしたように頬を緩ませる。


 期待に添えるためにもちゃんとした物を選ばないとな。

 私はたくさんある宝飾品をじっくりと見回す。

 そして、一つのネックレスを手に取った。


 雪の結晶の形をした銀細工がいくつも並んだデザインで、小さなダイヤが散りばめられている。


「それが気にいったの?」

「はい。とても上品で綺麗だなと」

「じゃあ、それにしよう」


 値段なんて確認することなく、すぐに買ってくれることになった。


「ありがとうございます」

「こちらこそ。これを付けたティアが見られるの楽しみだな」


 舞踏会、正直全く楽しみではない。

 シオン様に恥をかかせないように振る舞わないといけないと思うと気が重い。

 でも、これも妻の務め。

 頑張ろう。

 

 


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