第8話 体調不良
全っ然、眠れなかった。
繋いだ手から伝わる体温に緊張して目が冴えてしまい、気づけば朝になっていた。
シオン様はいつもの時間に起きると繋いだ手を離し、身支度をして部屋を出ていった。
部屋を出るときに「おやすみ」と聞こえたけれど、あれは私に言ったのだろうか。
本当にそのまま寝てしまいたかったけれど、起き上がり窓際へ移動した。
きっと、あと少しでお二人の様子をこうして見ることができなくなる。
できるだけ、目に焼き付けておきたかった。
「はぁ、今日も尊い……」
シオン様は最近、以前にも増して鍛錬を積んでいるように思う。
何度もクラウド様に手合せを申し込み、剣の振り方や身体の動かし方の指導をしてもらっている。
剣術に関しては、やはりクラウド様の方が上だ。
それでも、必死に追いつこうと頑張っている姿はなんとも健気で尊い。
私も、お仕事頑張らないとな。
眠い目をこすりながら調合室へと向かった。
「マシューさん、おはようございます」
「ティア様、おはようございます。顔色が優れないようですが、大丈夫ですか? お体つらいようでしたら今日はお休みしてもよいかと」
すごく気にしてくれているけれど、寝不足なだけで仕事を休むなんてできない。
今日の分が終わってから少しお昼寝でもすればいい。
「少し寝不足なだけですので大丈夫です」
「そうですか……無理はしないでくださいね。何かあればすぐにお声かけください」
マシューさんはそう言い、心配そうにしながら戻っていった。
そして私は肥料作りを始めた。
とりあえずいつもの肥料を作り、その後改良品の調合にとりかかる。
野菜はみずみずしさが肝心だ。美味しく食べられるように旨味の詰まったものにしたいけれど、ビーツのように栄養が損なわれたら意味がない。甘味がある方が食べやすいけど、そうではない野菜もある。
ちょうどよく育ってくれるためには私の魔力の濃さを……どうしよう。
ああ、なんか頭が回らない。
体が火照ってるように感じるのは気のせいかな。なんだかだるいような気も……。
なんとなく、手を額に当ててみる。
ちょっと熱い? いや、そうでもないか。
うん、気のせいだ。ただ寝不足なだけだな。
気を取り直し、薬草や堆肥を混ぜ合わせ、魔力を込める。
込める、込める……あれ? やっぱりなんかおかしいかも。
頭がクラクラする……と思った瞬間、視界が傾く。
ガシャン! と大きな音を立てながら倒れ込んでしまった。
本能的に頭を庇いながら倒れた私、すごい。
でも、動けない。起き上がりたいのに体に力が入らない。
朦朧としながら、バタバタと足音が聞こえたところで、意識を手放した。
――目が覚めると寝室だった。
そうか私、調合室で倒れたんだ。なんて思う暇もなくシオン様が抱きしめてくる。
「ティア、良かった」
「シオン様……」
「あ、ごめんっ」
すぐに腕は離され、お水を飲ませてくれた。
それにしても、いきなり抱きしめられてびっくりした。
そんなに心配してくれていたのだろうか。
「体調悪いこと気付いてあげられなくてごめん」
「そんな! 謝らないでください。自分でも気付いていなかったので」
本当にただの寝不足だと思っていた。
けれど、相当な熱があったらしい。丸一日眠っていたそうだ。
「マシューも、申し訳ないことをしたと言っていたよ。体調が悪いときくらい仕事はしなくてもいいからね」
マシューさん、私の体調が悪いこと気付いてくれてたもんね。
無理して倒れてしまっては元も子もない。現に二日間休んでしまっている。
体調には気をつけよう。
「すみませんでした……」
「謝らないで。これ、ティアのために買ってきたんだけど食べられる?」
渡されたのは、鮮やかなオレンジ色をしたプルプルのデザート。
「これ、マムアンプリンですか?」
「そうだよ。好きでしょ?」
大好きだ。嫌いな人なんていないだろう。けれども、滅多に食べられるものではない。
マムアン自体希少価値の高い高級フルーツで、なかなか手に入らないのに。
「ですが、マムアンプリンなんてお高いのでは?」
「値段なんて気にしなくていいんだよ。体調が悪いときは好きなものを食べないとね。そもそもティアはもっと贅沢するべきだよ」
「そんな、贅沢だなんて……甘やかさないでください……」
貧乏子爵家で育ったため、贅沢なんてほど遠い生活を送っていた。
それに学園時代、家族全員が散財をして家が没落した生徒をみてから、やはり贅沢はするべきではないなと肝に銘じたのだ。
「甘やかすくらいさせてよ。ティアは大事な妻なんだから」
「大事な、妻……」
そうだ。私はグラーツ公爵家の妻だ。
領地を繫栄させるために、この家にお嫁にきたのだ。
だから、こんなに心配もしてくれる。
体を壊してお仕事ができなくなってしまっては、私と結婚した意味がないから。
妻としての役割を全うするために、ある程度の贅沢も必要ということか。
まあ、そんな急に贅沢しろと言われても難しい話なのだけれど。
いや、これは使えるかもしれない。
いくら贅沢してもいいといっても、さすがに限度ってものがあるからね。




